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32話-2 精霊

 森の中は静かだ。


 前と後ろから茂みをかき分ける音が聞こえるだけで、それ以外は無音。


「すみません‥‥。豆電球なんて思って‥‥」

「その前に私を散々子供だなんだと思いましたよね。そっちの方が心外ですよ。私は精霊でもう1000年以上は生きてます」


 やっぱり長生きなんだなと思う。でもおじいちゃんが10万年と言っていたからか、そこまでの驚きがなかった。


「すみません‥‥。その、レコメラさんの姿は小学生くらいに見えたもので‥‥」

「これでもレコメラが22歳の時の姿ですよ。貴方よりは年上なんですから」

「そうなんですね。大人‥‥ええ!? 成人されてるんですか!?」


 目の前の男の子をじっと見つめる。


(キャットさんみたいな獣人もいるし、ドワーフもいるっていうし。ならおかしくはないのかな。でも、人間に見えるのに‥‥)


 などと考えると、精霊が振り返った。顔に皺が寄っている。


「そういうのも全て口に出してください。この子は普通の人間です。私のお気に入りなんです! 悪口は許しません!」

「あっ! 悪口では‥‥ないつもり、でした‥‥」


 頭を下げ、ちらりと見た精霊はむっとしたまま。そのまま進む。


「レコメラの容姿は、妖精にいたずらされたから時が止まってしまっただけなんです。それ以外は、普通です!」

「妖精に、いたずらで‥‥」


 妖精と言えば可愛いイメージがあったが‥‥。


(この世界では妖精やら精霊やらには、あまり近づかない方がよさそう)


 草木をかき分ける音に加え、落ちた枝を踏む乾いた音が鳴る。


「だから、そういうことも全部わかっちゃうんですよチトセ。悪かったですね、近づかない方がいい存在で!」

「わっ! すみません! そんなつもりじゃ‥‥」

「そんなつもりじゃなければどんなつもりですか」

「あ‥‥う‥‥。その‥‥。す、すみません‥‥」


 尻切れトンボみたいに小さくなっていく声。再度下げる頭。


(私、ほんとに失礼なことばかり言っちゃうんだな。言うというか、考えるというか‥‥)


 頭の先で、精霊が「ふぅん」と鼻を鳴らした。


「余計なことをあれこれ考える割には素直ですね、貴方。そういうのは嫌いじゃないです」

「あ、ありがとうございます」

「さっ! もし他に聞きたいことがあるのでしたら、どうぞ!」

「あ‥‥えと、‥‥私たちの名前も、記憶を読んで‥‥?」


 せっかく質問の機会を与えられたのに、咄嗟に出て来たのはそんなことだった。目的地とかルクスナの事とかたくさんあったはずなのに、出て来なかった。


 精霊はきょとんと私を見上げる。


「それはあなた方の話を聞いていれば分かることでした」

「あ、そっか」

「ではね、行きますよ。ちゃんと付いて来てくださいね。リュカもですよ」

「‥‥はい」

「はぁい」


 間違えたなぁと考えながら小さな背中を追いかける。


 でも、正直ここまでのやりとりで精霊に対する認識は大きく変わった。本当に彼らは魔人の言うようなこわい存在なのだろうか。


 口調は不機嫌だし、言い方はきつい。だけど不思議と恐怖は感じない。むしろ人間味あふれる性格で、親近感がわいてくる。


(レコメラは人に憑りつくってよりは、直接文句を言ってすっきりしそうだし)


 彼のはっきりものをいう所は、気持ちの良い性格に思える。


「チトセ。不敬ですよ。私はそんなに文句を言いそうですか」

「え? あ‥‥っ!?」


 まずいと思ったがもう遅い。レコメラはメガネの奥の小さな瞳で私を見上げ、眉を寄せていた。


(頭の中を読まれるって、すごくやりにくい! ごめんなさい! 憑りつかないでください! エルダーさんの命が懸かっているんです!!)


 思ってから、これも口に出せばよかったのだと気づいた。だけど怒っている相手に対して何かいうなんて私には難しい。


 レコメラは頭を振って「あー、もう」と苛立ったように呟いた。


「憑りつきませんよ、こんなことで。あなた方と仲良くする方が私もやりやすいですから、親近感程度ならいくらでも感じてくれて構いません」

「あ、ありがとうございます」

「ですが、不敬なことは考えないように」

「はい‥‥すみません‥‥」


 妙な緊張感はあるけれど、それでも精霊の存在が頼もしいことにかわりはない。


 暗い森に私たちのがさがさ音が響く。


「ねぇ、レコメラ。ふけーって何?」

「失礼なこと、という意味です」

「そっかぁ。僕気を付けるね! ね、チトセ!」

「そう、そうだねあはは‥‥」


 リュカが呼び捨てで精霊を呼んだことにはらはらしながら、この程度なら怒らないんだなと安心する。


「でも、協力いただけて助かります。私とリュカだけじゃどうにもできなそうだったから」

「そうでしょうね。今、ここは大分面倒くさいことになっていますし。とはいえ、私も助かりました。私たちとてこのままでは魔力を消耗するだけでジリ貧でしたから」

「本当に、ありがとうございます。レコメラさん」


 森は進めば進むほど草木が生い茂っていく。蔦が垂れている視界は広いようでいて狭い。


 出口どころかどんどん深くなっていくなぁと思っていると、前を行くレコメラが唐突に足を止めて振り向いた。勢いでズレたメガネの位置を直してから、私を凝視する。


(あれ、なんだか光が弱まったような‥‥)


 どうかしたのかと見た精霊の瞳が先ほどよりずっときつい傾斜をつくっているのに気が付いて、心臓がはねた。


(もしかして怒ってる? でもなんで?)


 私は何かしただろうかとついさっきの会話を思い出しながら見つめあう。しかし、原因は不明だった。


「今、何と言いましたか」


 声は低い。口調もきつい。


「あ、ありがとうございますって言いました‥‥」


 まさかこれではないだろうなと思ったが、レコメラは「違います」と言った。


「その前です。私の名前を何と呼びました?」

「レコメラ、さん‥‥?」


 すると、小さな目がカッと開いた。


「なんて気持ちの悪い響きでしょうか! 不敬です! 今、貴方に憑りつき呪いたくなりました!」

「え‥‥。 ‥‥えっ? ええっ!」

「チトセを呪うなんて絶対だめ! だめだからね!」


 背後から叫ぶリュカへ向け、精霊は射殺すような睨みをきかせた。


 私は動けないでいる。


「ええ! しませんよ! 今回は!」


 その声を聞いて、なんとか肩から力が抜けた。


 しかし、レコメラと目が合うとまた全身に緊張が戻る。


「チトセ、私に呪われたくなければ、2度と私の名前に勝手に変な音を足さないでください! 私の名前はレコメラ。レ、コ、メ、ラ! です! ふんっ」


 怒鳴り終えると、精霊は大きく肩を揺らしながら進みだした。


 怒りは収まっていないようで、行く手を阻む枝をばきばきと折る音が聞こえる。


「ほんっとうに失礼な輩ですね、人間は。サンとかサマとか、おかしなものを付け足して呼ぶなんて、名というものを馬鹿にしているんでしょうか」

「け、敬称です。敬ってます‥‥」


 もちろん馬鹿にした意図はなかった。


「そんなこと知ってますよ! 長年見てきましたが、あなた方のする意味のない行為の1つです。あなた方はよく平気でいられますね。名前にそんな得体のしれない音を混ぜるだなんて! 不愉快で仕方ない」


(人間のレコメラさんの事をさんづけするのは良いのに‥‥。どういう基準なんだろう)


 頭の中を覗いたらしいレコメラが「それは!」と声を張り上げる。


「人間同士の呼び方だからです! 私の事でなければそんなものどうだっていいんですよ!」

「すっ! すみません!」


 謝りはしたが、理不尽だと思った。言えないけど。


 だってまさか、呼び捨てが正解だとは思わないじゃないか。


 けど、ここは異世界で、精霊は人間じゃない。彼らには彼らのルールがある。ここでイレギュラーなのは私の方だ。


「本当に、ごめんなさい‥‥」

「次やったら貴方の頭から敬称を消してやりますからね」

「はい‥‥以降気を付けます」


 レコメラは茂みを大きくかき分けた。


 前言撤回。やっぱり精霊はこわい。何が彼の怒りに触れるのか全く予想がつかない。

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