19.和解
マリオン一行が到着して四日後、領内を見回っていたディルクたちが帰還した。
代官邸に巣食っていたカラタユートからの逃亡兵たちが奪略を繰り返していたので、領内はやはり深刻な食糧不足に陥っていた。栄養不足のため町や村には病人も多い。
食料が手に入らず町や村を逃げ出して野盗に身を落としてしまった者たちは、ディルクと最強部隊の手で捕らえられていた。労働力の確保と共に、新領主が慈悲深く領民思いであることを知らしめるために、なるべく殺さず連行することにしたのだった。
領内唯一の町の町長がカラタユート兵と結託して甘い汁を吸っていたので、財産を没収した後町長邸に勾留している。野盗たちとは違い贅肉にまみれた町長は強制労働には向かない。彼の刑罰を決めるのも新領主のマリオンの仕事だ。
マリオンは平和を取り戻しつつある町へと向うこととなった。新しい町長を選定して速やかに自治権を委譲し、町の治安を守るために自衛団を組織しなければならない。親を病気で亡くしたり殺されたりした子どもたちの保護も必要だ。領主の仕事は思った以上に多い。
軍医であるゲルティも病人や怪我人が待つ町へ同行する。
自称ニコラの父親ブルーノは、カラタユート兵や野盗たちを率いて、新しく領主邸となった旧代官邸の裏に広がる森へと行くことになった。代官の狩場として手付かずで放置されていた森は、様々な食材の宝庫でもあり、新しく農地を開墾することもできるだろう。この領地の食糧事情は彼らに託されたといっても過言ではない。
ヴァルターは司令官代理として領主邸に居残り、将来の領主夫人となるエルゼは残された代官の書類の確認のため、ニコラは薬草を乾燥させたりすり潰したりと、ゲルティに教わった薬作りを続けるため、やはり領主邸に残ることになった。
翌日の早朝には、カラタユート兵が領内各地から奪略してきた食料や酒と、エルゼが用意した砂糖と塩を馬車に積み込み、出発の用意ができた。エルゼが一緒ではないためマリオンは馬車ではなく騎乗で街へ向かう。マリオンと積み荷の護衛はディルクと最強部隊の二十人。
最強部隊の十人は隣の領地まで不足する物資の買い付けに向かっている。
残りの最強部隊はブルーノたちの監視として森へと行くことが決まっていた。
「ニコラ、十分気をつけてください」
玄関先まで見送りに出たニコラの手を握りながら、ゲルティが心配そうに声をかけた。
「お兄様、大丈夫ですよ。最強部隊の騎士の皆様もいることだし、何の心配いりません」
マリオンが既に騎乗して待っているのにも拘らず、中々出発しないゲルティにニコラは焦り始めている。
「騎士とはいえ男ですから、絶対に信用してはいけませんよ。特にヴァルター殿のような若い男には不用意に近寄っては駄目です。隙きあらば若い女を口説こうとする生き物ですからね」
同じく見送りに来ているヴァルターを指差しながら、ゲルティはニコラに言い聞かせている。
「ゲルティ殿、私はそんなことは考えていない!」
まるで不実な男のように言われてヴァルターは反論した。
「そうだ、騎士なんか信用ならん。田舎育ちの世間知らずなニコラなんて、都会から来た騎士に遊ばれ捨てられて泣きを見るのが落ちだ。甘言に騙されては駄目だぞ」
ブルーノもゲルティに加勢した。彼もまた出発の準備ができている森へ行く騎士や、縄で繋がれたカラタユートの残兵や野盗たちを待たせていた。
「ニコラ嬢を誘拐したお前が言うのか!」
ヴァルターが不機嫌そうに怒鳴る。
「本当だ。誰のせいでせいでニコラが田舎育ちになったと思っているんだ。私の屋敷は王都にあるのだぞ。お前が誘拐しなければ、ニコラは王都育ちの令嬢だったんだ」
ゲルティもブルーノの方を向いて怒っている。
ニコラは深いため息をついた。
「お兄様、領主のマリオン様を待たせるなんてありえないわ。さっさと出発してね。お父さんも仕事でしょう。監視の騎士様が待っているわ。早く行って」
「ニコラ嬢の言う通りだ。さっさと行け」
ヴァルターが最強部隊の騎士が並んでいる方を顎で示す。
「ニコラ、お兄様が帰ってくるまで元気で過ごすんだぞ。ヴァルター殿、ニコラには近付くなよ」
ゲルティはニコラには甘い声で、ヴァルターには脅すような低い声でそう言った。
「ニコラ、本当に騎士には気をつけろな」
ブルーノも心配そうにしてその場を動かない。
「お兄様もお父さんも早く行きなさい!」
ニコラに怒られたゲルティとブルーノは、渋々とニコラの傍から離れていった。
「しょうがない奴らだ」
軽く首を振りながらため息をつくヴァルターに、ニコラは頭を下げる。
「済みません。騒がしい兄と父で」
「いや、ニコラ嬢のせいではない。ゲルティ殿とブルーノがあれほどニコラ嬢を心配するのは私が悪いからだ。本当に済まなかった。貴女には酷いことを言って、酷いことをしてしまった」
片膝をついて頭を深々と下げるヴァルター。騎士の謝罪の作法だ。
「ヴァルターさん、立ってください。将軍閣下の命を狙った私が悪かったのですから。私はあの弓があんなに威力があるものだと知らなくて、本当にごめんなさい」
跪いてしまったヴァルターに驚いたニコラも深々と頭を下げる。
「それはブルーノを人質にしたカラタユートの奴らが悪いのであって、ニコラ嬢の罪ではない。あのような時こそ冷静に対処しなければならなかったのに、我を忘れてしまった。私は本当に駄目な男だ」
立ち上がったヴァルターは辛そうに項垂れていた。
父と母に厳しく鍛えられたディルクやツェーザルと違って、十三歳で戦争が始まってしまったヴァルターは参戦はしたものの、父や母に鍛える余裕などなく、戦場で守られているばかりで過ごしていた。
伸び盛りの年齢に放置されていたこともあり、ヴァルターの剣の腕は平凡で筋肉もさしてつかないままだった。参謀について勉強したかったが戦場ではそんな余裕すらなく、結局見よう見まねで得た知識しか持っていない。
役に立てないとの焦りだけを感じながらヴァルターは十七歳まで戦場で過ごし、そのまま戦争が終結してしまった。
ディルクの英断もありブランデスは勝利を収めることができたが、ヴァルターは勝利に何の貢献もできなかったと後悔している。
「将軍閣下もマリオン様も随分とヴァルターさんを頼りにしているようだけど。それに、マントを貸してもらえて私は嬉しかったの。お兄様も大概慌てていたものね。ヴァルターさんより歳上なのに」
今でこそ笑い話だが、あの時のゲルティは本当に怖くて、ヴァルターが救いの神に見えたとニコラは思い出して、ふわっと微笑んだ。
ヴァルターはその笑顔につられるように笑顔になった。女性に笑いかけたのは初めてかもしれないとヴァルターは思っていた。




