18.それぞれの想い
「マリオン様って、とっても可愛いですよね。まるで天使だわ」
夜になりベッドに入ったニコラは、警備の関係上で同室とになり隣のベッドに横になっているエルゼに小さな声でそう言った。新しく領主になるマリオンがまだ十三歳の少年で、婚約者のエルゼは五歳も年上だと聞いて、ニコラはとても驚いた。
貴族なので政略的な婚約をしたのだと少し気の毒に思っていたニコラだったが、マリオンとエルゼはとても仲睦まじく見え、少し不思議に感じている。
「確かにマリオンさんは可愛くて天使のようだけど、とっても頼りになるのよ。私を暴漢から助け出してくれたの。あの時のマリオンさんは本当に格好良かったわ。それにね、犬のギーナも助けてくれたの。私にとってマリオンさんは誰よりも素敵な騎士様よ」
光を落としているのでエルゼの顔を見ることはできないが、ニコラにはエルゼのきらきらした目が見えるようだった。
「確かにそうだわ。あの闘神と呼ばれている将軍閣下はともかく、喧嘩ばかりしているうちの父やゲルディお兄様、そして、あのヴァルターさんなんかより、マリオン様の方がよほど頼りになりそうね。あんな素敵な婚約者がいて羨ましい」
今はまだ少年のマリオンだけれど、数年も経てばたくましい青年へと変わっていくのだろう。ニコラは本気で羨ましいと思っていた。
「ニコラさんはゲルディ様と一緒に王都へ行かれるのでしょう? 王都で素敵な男性にめぐり逢うかもしれないわよ。それに、ここには最強部隊の方々が揃っていますしね。独身の騎士様も多いですよ。皆さんはあの大陸最強の武神と呼ばれる将軍閣下に選ばれるほど優秀な方たちですから、結婚相手としては不足はないと思うわ」
「最強部隊の方々は甲冑を着ていたのでお姿は拝見できなかったけれど、確かに優秀な騎士様は素敵ですよね。でも、あまりにも雲の上の方すぎて、畏敬の念は抱いても、恋愛感情はどうでしょうか?」
ここは山に囲まれた小さな場所で、他の地域とそれほど交流がないが、それでもニコラはこの国を守った偉大な将軍と最強部隊のことを知っていた。
彼らはあまりにも伝説すぎて現実味がないとニコラは感じている。
「ニコラさんだって貴族の令嬢ではないですか。最強部隊の方々が雲の上なんてことはありません。そうそう、ヴァルター様なんていかかですか? 社交界一の貴公子と呼ばれているので、彼を射止めると社交界の話題を一身に集めることができますよ」
半ば本気でエルゼは言った。
大柄で筋肉質の兄たちとは違い、容姿の整ったヴァルターは社交界の女性にとても人気があった。そして、国のために戦い続けた兄たちを差し置いて、自分に言い寄ってくるような女性をヴァルターが嫌っているのもエルゼは知っている。
ディルクを尊敬しているニコラならば、ヴァルターも納得するのではないかとエルゼは思っている。
「ヴァルターさんなんて、とんでもないです」
ベッドに横になりながら首を横に振るという器用な仕草を見せて、ニコラは全力で否定した。
「やはり、ヴァルター様に酷い扱いを受けたことが許せない?」
「そうではありません。どんな理由があろうとも、私が将軍閣下の命を狙ったのは事実ですから、ヴァルターさんの扱いは妥当です。お兄様を誘惑したというのは誤解ですが、状況的に誤解されても仕方がなかったですしね。ヴァルターさんに酷い扱いを受けたとも思っていませんし、怒っているなんてこともありません。ただ、社交界で一番の貴公子といわれているような方が、田舎者の私なんかとの結婚を望むなどととても思えませんので」
田舎育ちのニコラが見たこともないほどヴァルターの容姿は整っている。ディルクやツェーザルと違ってそれほど筋肉がつかない体質のヴァルターは、細身の体に劣等感を抱いているが、二人の兄より女性に好まれるのは事実だった。
服を脱がそうとしたゲルティを止め、マントを貸し与えたヴァルターにニコラは確かにときめきを覚えた。
しかし、その整った容姿を見ると、自分に釣り合う相手ではないとニコラは感じる。
「ハルフォーフハ家の方々は優しくて強くて、本当にお勧めだと思うわよ。それにね、お義母様だって素敵な方なの。手の甲に口づけされたら舞い上がってしまうほどよ」
マリオンの兄であるヴァルターが未婚のままでは、自分たちの結婚も遅れてしまうのではないかとエルゼは思い、かなり強引に勧め始めた。
「でも、私は貴族の行儀作法も知らないし、侯爵家の方と結婚なんて無理ですから」
ヴァルターに好かれる要因など少しもないのに、なぜこれほどエルゼが彼を押すのかニコラは理解できない。
「大丈夫よ。ヴァルター様は子爵位をお継ぎになるの。ニコラさんは高名な医師を輩出している名門の令嬢、しかも、お兄様は国を救った最強部隊の軍医ではないですか。ヴァルター様と身分的にも釣り合うわ。礼儀作法なら、それほど得意なわけではないけれど、私が少しぐらいなら教えて差し上げられると思うの。一ヶ月間はこの屋敷に滞在するのだから、一緒に頑張りましょう」
「ありがとうございます」
ゲルティと一緒に王都へ行くのであれば礼儀作法を知っておきたいと、ニコラは思わず頷いていた。
ヴァルターとマリオンもまた同じ部屋を使っていた。
「ヴァルター兄様、どうかしたの?」
マリオンはベッドに座り浮かぬ顔でため息をついているヴァルターを心配していた。
「ニコラ嬢に謝ろうと思うけれど、ゲルティ殿も、あの自称父親のブルーノも二人きりになるのを邪魔してくるんだ」
尊敬するディルクとゲルティを狙われたと思い、かなり冷静さを失っていたとヴァルターは反省していた。女性のニコラを馬の上から放り投げるような真似は、理由の如何に拘わらず騎士として許されない行為だと思い、彼はニコラに謝ろうとしているが、ゲルティとブルーノに阻止されていた。
ブルーノなど無視して構わないとゲルティは思うが、肝心のニコラが父として扱っている以上、無下に扱えないのが癪に障る。
「ニコラ嬢はディルク兄様の命を狙ったのでしょう? それならば、あれぐらいの扱いをしても仕方がないと思うけど。兄様たちは甘すぎる」
ディルクが大好きなマリオンは、ニコラを処刑したいとまでは思っていないが、もう少し罰を与えてもいいのではないかと感じている。
「しかし、私の行いでニコラ嬢が怪我をした可能性もある以上、謝るのが礼儀だと思うぞ。それに、マリオンだって、ブルーノやカラタユートの奴らに随分と甘いと思うけどね」
「だって、カラタユートの奴らがあんなにのさばっていたということは、抵抗した若い男性が殺されてしまっている可能性が高いから、この領地には労働力が不足しているかもしれないじゃないか。それなら、あいつらを殺すより働かせた方がいいかなと思って。駄目だった?」
マリオンは自信なさげに俯く。彼はディルクのことを尊敬はしているが、政策のことならばヴァルターの方を信用していた。
「いや。あの混乱の中での裁定、本当に格好良かった。さすが新しい領主だと皆思ったはずだ。中でもエルゼ嬢はマリオンのことを惚れ直したのではないか? 熱い眼差しでお前のことを見ていたぞ」
「そ、そうかな、エルゼさんは、僕のこと、す、好きになってくれたかな」
真っ赤な顔をして嬉しそうに訊いてくるマリオンは、弟としては可愛いが、男としては少し憎らしいとヴァルターは思う。
「五歳も違うからな。恋愛感情はどうだろうか?」
ヴァルターはついそう言ってしまった。
「五歳も年下の僕なんて、やっぱり頼りないかな」
そう呟くマリオンの声はかなり低くなっている。もう少年の声ではない。
「エルゼ嬢のことを暴漢から助けたんだろう。マリオンのことは頼りがいがあるって思っているのに違いない。それに、お前もすぐに男性らしくなり異性として意識してもらえるようになる。その時にはエルゼ嬢は益々綺麗になっているぞ。楽しみだな」
「うん」
まだ少年のあどけなさを残した笑顔でマリオンは頷いた。
自分だけが取り残されてしまうような気がして、ヴァルターはまた一つため息をこぼす。




