9話「宇宙では知らない被害」
宇宙にいるとほぼ電子決済だが、この星だとちゃんと銀貨や銅貨を使うので新鮮だ。それだけにゲームの世界にいる感覚に近く、散財してしまう。自分が買い物依存症になるかも知れないリスクを考えつつ、芋と斧を買って森のタイニーハウスへと帰った。
今日は獣の魔物は捕まっていなかった。穴を掘って鹿の燻製肉を作ってみる。サーバーに繋がっていなくても、ローカルなAIにも緊急時用の情報が残っていてよかった。
地面に燻製を作るにしても、温度を上げるための大きさが必要だということがわかったことで、落とし穴を掘るにしても深さと仕組みが重要なことも理解した。ただ単純な落とし穴を掘ればいいというわけでもない。捕まえる魔物の大きさに合わせて作らないと抜け出してしまう。猪は捕まえられても横穴を掘って逃げ出すかも知れないし、鹿はそもそも飛び越える。簡単じゃない。
蔦の加工や杭を上手く使わないと森だけで生きていくのは難しいだろう。そうやって罠を考えながら、トレントの死体を観察しに向かった。
相変わらず、周辺には動物もマタンゴもいる。胞子を吸い込まないようにマスク代わりの布で鼻と口を覆い、トレントの死体を斧で割り一部を採取。持ち帰って、成分を分析する。
カメラを固定して、トレントの一部をいろんな角度から細かく分析していくと、魔力の含有量が多い事がわかった。
「これ表皮に擬態して色が違う魔石だってことか」
「たぶん、細胞の隙間に魔石が埋め込まれていて軟化したり、硬化したりしているんじゃない?」
AIも案を出してくる。
「つまり結晶化した魔石は硬化で留まって結晶化しているってことか。でも、意思みたいな指示を受け取って、動き始めるってことだろ。マンドラゴラは踊るくらいには動けると……」
かつてミトコンドリアが意思を持って、人体発火現象を引き起こすゲームがあったがそんな感じだろうか。でも、この仮説であれば、死んだ人間が動き出す説明もできる。
「軟化しすぎると溶けるってこと? いや、気化している場合もあるのか」
「性質変化に富んでいるエネルギーだということかもしれない。惑星の水分全体が意思を持った生物だった話があったよね?」
「ケイ素生物の死体を取り込んだり吐き出したりしているってことかも知れない。とにかく仮説はたくさん生まれるけど、効能、機能だけを考えてみると、硬質化、軟質化の効果はあるみたいだな。トレントだって動いていたからこそ魔物だったわけだろうし」
トレントの死体には動き出しそうな根がそのまま残っていた。
「強制的に魔物の魔石を硬化させるような魔道具があると勝てそうだよな」
「指示の上書きってことか。ゴルゴンとかコカトリスがいないか探してみたらいいんじゃない?」
「それはそうだな。後は魔石を多く含んだ土で、若木を育てたりしてみよう。トレントという種族が周囲の樹木から擬態して自然発生するのか、それとも周辺の土から魔石を取り込んでトレントになっているのか、調べたほうがいいよな」
「そうだね。近くに死体があるくらいだから、実験はした方がいい」
落とし穴のような穴をいくつか掘って、森から若木や芽、種などを採取。マタンゴの生息域にある土や腐葉土と一緒に、砕いた魔石と骨粉を混ぜ合わせる。
「もっと魔石が必要だよな」
「魔物が捕れたら、追加していけばいいんじゃないか。そんなに成長に影響するかな」
「マンドラゴラの成長には影響しているからな」
結果、野生のマタンゴや火吹草から魔石を回収することになった。いや、どちらも魔物だから討伐か。やり方さえわかってしまうと収穫に近い。
火吹草は冷やして収穫し、マタンゴは逃げ出して転んだところを熱の棒で一突きだ。マタンゴの体はすべて毒薬の材料になるらしいので干しておく。火吹草は細かくして、ミミズの餌にしてからマタンゴの菌株近くにばら撒いておいた。
取り出した魔石はすべて砕き、トレントの育成実験を見ながら追加していくことにした。
マンドラゴラも成長中で花が咲いている個体もいる。明日には収穫だろうか。
日が暮れれば、焚き火を熾し、燻製肉を食べながら、酒場で売っていた蜂蜜酒を口にする。正直、酒など初めて飲んだが、美味すぎて酩酊する感覚もわかった。酒で人が集まり、街ができたと言われる所以も納得した。宇宙にいれば、酩酊状態などほとんど起きないし、危険性も幼い頃から叩き込まれてきただけに、背徳感のある飲み物のイメージが強い。
美味さと酔う感覚を考えると、確かに歴史上酒に溺れる文学者が多かったのも理解はした。
「初めての酒だろ。宇宙農家としての感想はどう?」
AIが勝手に俺の体温を測ったらしい。
「体も火照って、自然に吹いてくる断続的な風も気持ちいい。でも、サトウキビとかを育てて、種植えから流通まで通して自動サイクルを作ったときの方が多幸感はあるかな。俺のオリジナルがそっちの思想が強かったんだと思う。安価に気持ちよさを追求するよりも、行動と思考を組み合わせて利益を出して社会的繋がりを持つことのほうが、変動幅は小さくても精神的な楽を手に入れられると思ってるんじゃないかな」
「クローンっぽい考え方だな」
「そうかも。でも、挑戦することについては、思考の大部分を割かれているよ」
「計画を立てて挑戦して、修正していくか。君のオリジナルもそういう人生だったみたいだな」
「どのクローンもそうだと思うよ。わぁ眠たい」
そう言って、操縦室ことタイニーハウスで寝てしまった。
次に起きたのは、深夜過ぎ。モニターが明るく動くものを映し出していた。
湿気が多いためか、急激にマタンゴが成長しているらしい。それを大きな熊が食べていた。ドキュメンタリーを見ているようだが、熊が動くと振動が伝わってくる。マタンゴの味に気を良くしたのか、今度はマンドラゴラの畑に向かった。
直後、耳栓を通しても聞こえてくる絶叫が響き渡る。
カメラを遠隔操作で動かすと、大熊が倒れていた。夜中に重い熊を運ぶのは面倒なので、解体は明日にして寝入ろうとしたら、耳を前足で掻きながら立ち上がっていた。数秒、気絶して鼓膜が破れたことに気がついたのか。
大熊はふらふらと歩きながら、そのままタイニーハウスに手を付いて揺らし始めた。
「勘弁してくれ」
そう言いながら、俺はドアを開けて転がり出た。
大熊は覆いかぶさるように俺を襲ってくるが、転がりながら逃げ出す。俺がいた場所に熊の爪が振り下ろされる。どうにか駆け出して逃げたが、タイニーハウスが横転していた。
グォオオオッ!
大熊が雄叫びを上げる。
ボッ!
直後、大熊は燃えていた。




