3話「クローン・エラー53番」
「憲兵に殺されますかね」
俺は恐る恐る門兵の顔を見た。
「いや、だって薬草採取していただけだろ?」
「確かに」
門兵の言葉に励まされて、とりあえず冒険者ギルドに寄ってみると、確かに鉄鎧姿の人たちがいた。ギルドの職員が問い詰められているので、嫌な雰囲気ではある。とりあえず、酒場の隅に座って様子を見ておこう。
壁際のベンチに座って憲兵たちを見ていたら、隣に疲れ切った犬顔の若い女性が座った。大きな荷物を背負っている。何度もため息を吐いているので、一応声をかけておいた。
「大丈夫。止まない雨はないさ」
俺は生まれてから一度も雨という現象を生で見たことはないが、古くから伝わる決まり文句だ。
「そうですよね。いやぁ、田舎の魔道具工房から来たんですけど、てんで売れなくて」
「ああ、そうなんだ。俺も採取屋としてきたんだけど、ギルドもやってなくて困ってるんだよ」
「なんか腕から音楽を出す人を探してるみたいですね。はぁ……、あ、魔道具屋のキャスです」
唐突に自己紹介をされた。
「Cエラー53だ。つまりクローンのエラーの53番目ってこと」
「はい?」
わからないか。翻訳したほうがいいな。
「セラ・ゴーゾーだ」
「ああ。採取屋のセラさんですか」
「薬草ばっかりだけどね。音楽でも聞く?」
俺は腕のデバイスから音楽をかけてみた。
「ええ!? この人です!」
キャスの声で憲兵たちがこちらを向いた。いや、デジタルな音楽が流れたからかも知れない。
「バカ、言うなよ」
大きな憲兵たちがこちらにやってきて、俺を囲んだ。
「空から降ってきた男がいると聞いて来たんだが……」
「ええ。近くの森に不時着しました。採取屋のセラです」
「なにやら腕から音楽をかけて惑わせると聞いたのだが、この音楽か」
「そうです。別に惑わせる効果はなく、落ち着くと思うんですけど」
「確かにな」
「俺の能力はそれくらいです。別に力が強いわけでもなく、友だちもいて普通に暮らしているだけですよ」
勝手にキャスを友だちにしておく。
「こちらもそう見えているが、確かめさせてもらえるか」
「はい」
俺は、憲兵たちに連れられて冒険者ギルドの奥で、水晶のようなものの前に立たされた。
「水晶に手を置け」
俺は素直に水晶に手をおいた。どういう判定なのだろうか。
「やはり王宮魔道士の言うとおりだな。魔力が極端に少なく、レベルも低い。スキルもほとんどないようだが、農業に特性があるのか」
水晶に手を置いただけで、何もかもお見通しなのか。すごい技術だ。
「たぶん、そうです。いや、この地域の観測レベルには驚かされます。空から来たとはいえ、技術レベルは足元にも及びません」
「そ、そうか……。まぁ、文明はこちらのほうが優位なのかもしれないな。精霊から勇者の使命など聞かされていないか」
「全くありません。精霊がいることも今知ったくらいです」
「隊長、嘘は言っていないようですよ」
水晶をじっと見ていた兵士も言っていた。
「特に危険はなさそうだが、魔物が化けている可能性もある。もう少し調べさせてもらうぞ」
その後、身体検査等があるかと思ったが、普通に質問に答えるだけでよかった。
「んー、怪しい見た目なのに、まるで怪しくないな。冒険者としての仕事もすでにこなしているようだから、とりあえずこの街で住民登録をさせてもらうぞ」
「はい。よろしくお願いします」
「窃盗や暴力、商売の邪魔などしないように生活していれば、特に問題なしとする」
「ありがとうございます」
俺はただ腕から音楽が流れる宇宙人として受け入れられたらしい。
「おい、そこの魔道具屋。とりあえず、この男が不審なことをしないか見届けろ」
「え!? 私ですか!?」
友だちのキャスは、俺の教育係になった。酒場の隅でため息を吐くからだ。
「それじゃあ、あんまり変なことをしないように」
調べ終わった憲兵たちは、街から去っていった。
「私、セラさんのお目付け役になったんですか」
キャスはなにがなんだかわからないまま戸惑い続けている。
「そうみたいだな。まぁ、たまに会いにくればいいんじゃないか」
俺は猪の魔物の討伐部位を冒険者ギルドに聞いてから、金物店に向かった。
意外とキャスは責任感があるらしく、ずっと付いてくる。何度か「大丈夫だよ」と言っても、見張りを続けていた。
「たぶん、そんなに変わったことはしないよ」
金槌を買っただけだ。
「いえ、宇宙人に遭うのは初めてですから」
「でも、トイレまで来ちゃダメだと思うぞ」
「え? あ、すみません」
キャスはトイレから出ていった。
「あと、宿に帰るだけだから」
「わかりました」
宿に向かうキャスをまいて、俺は逆方向の森の不時着現場へと向かった。門兵も宇宙人だとかクローンだとかであんまり差別しない。住民のほとんどが何らかの獣人だから、差別意識が低いのかもしれない。いい世界だ。
ただし、酒場で見た冒険者の装備と利益率がどうも合わない気がする。中年女性が辺鄙な場所と言っていたし、生物多様性のある森だから魔物は多いし、畑などへの被害もあるはずだ。だからこそ装備は使えるものに変わっていくが、鍛冶場では月額で剣を貸し出したりしていた。憲兵のような固い鎧を身につけた者は一人もいなかった。魔法使いらしき冒険者もほとんど見なかった。
ほとんどがシーフっぽい格好で、罠を仕掛けて害獣の魔物に対処しているのではないか。で、あれば冒険者ギルドの評価軸は強さではなくなる。移動可能範囲と確かな依頼達成率だ。
それがファンタジー世界への思い込みではなく、現実の観測から出た結論だった。わざわざ本当に強い魔物を倒している冒険者は辺鄙な街まで来ない。来るとすれば、希少な竜でも出てきたときくらいだろうか。竜が希少かどうかはわからないけど。
ひとまず不時着現場に戻り、生きているAIとカメラを起動して、周辺の土を観測する。魔力という不確かなエネルギーも指定しておいたので、しばらく時間がかかりそうだ。
その間に、猪の魔物の骨を砕き、焚き火で肉を焼いておく。地面を耕し、灰と骨粉を混ぜて、マンドラゴラの種を植えた。
夜になると魔物の動きが活発化するとギルド職員が言っていたのを思い出し、スコップで周囲に落とし穴を掘っておく。木製スパイクを掘った穴に投下した。サンドボックス系のゲームを思い出した。この世界でゾンビが出てくるのかわからないが、出てきたら骨粉にしてしまおう。
翌日は雨だった。ゲームや映像以外で、初めて雨を見た。臭いもするし、ちょっと興奮する。宇宙船の残骸に雨水を溜めた。産業革命以降は汚くなったという雨だが、多少ろ過をすると飲めることがAIの鑑定でわかった。
「すごい。宇宙にずっと住んでたら、惑星の気象がいかにチートなのかよくわかるな。ただで水が手に入るなんて……」
ろ過した水をタンクに溜めたが、すぐにいっぱいになった。貨物室以外の生活設備は意外と修復可能だった。
「もっと溜めたほうがいいかもしれない」
AIがそういうので、防水シートをタープのように広げ、水瓶代わりの壊れた貨物室に流し込んでいった。水が泥だらけでも、ろ過装置が生き残ってくれているので問題はない。
タープの下に足のない座席を置いて、その日はずっと雨の音と匂いを嗅いでいた。
その日立てたのが「ファーム最強計画」だ。




