19話「異世界に雇用機会均等法はない」
花お化けが落とし穴に帰ってきた音で、目が覚めた。
焚き火に薪を焚べて、朝食の鍋を作りながら小川で顔を洗い、マンドラゴラを鍬で収穫する。10体ほど収穫後に朝食を食べて、再び収穫に戻った。畑の石は取り除き、雑草は引っこ抜いて火吹草に放り投げる。火吹草は雑草を灰に変えて、栄養に変えていた。
トレントの低い枝が邪魔だったのでチェーンソーで切り、葉っぱはコカトリスに与え、枝はすべて乾燥させて薪棚に積んだ。
「ファームは、やることが多い」
「おはよう」
「おはよう。あの毒蛙の駆除なんだけどさ」
「なに? 行くの?」
「いや、毒蛙にマンドラゴラの麻痺毒が効くなら、これ樽なんだけど売りに行ってきてくれない?」
「ええ? 私が?」
「無料で宿に泊めてるだろ?」
「んん……、私の分の食事も取っておいて」
「うん。どうせ屋台とか出てるだろ? 売れたら安くなってるのを買ってきてくれ」
お使い頼み合戦は、こちらが勝利して渋々キャスは毒を背負って沼へと向かった。
販売員を獲得し、俺はコカトリスが作った石臼で小麦粉を作った。
「なんでも粉々に出来るな。もっと溝を作れば荒く挽けるのか」
骨粉ももう一つの石臼で粉々にすると、やはり固い。ある程度、金槌で砕いてからでないと粉にならないようだ。
「でも、かなり楽だな」
基本ミキサーで砕ける技術があると石臼を回すという行為自体が文化的作業に思えるから不思議だ。石器時代の生活を再現している動画はいくつも見たので、そういうコンテンツにすら見える。
「何をやってるんだ?」
頭巾姿の作業員が水を汲みに来ていた。
「おっ、ブラウニーさんでしたか。ご苦労さまです。今、パンの小麦粉を作れないかと試しているところです」
「パンの元を作れるのか?」
「ええ。やってみます?」
頭巾姿のブラウニーが石臼を回している姿は様になっていた。
「面白い。またやらせてくれ。水を汲みに来ただけだからよ」
「ああ、はい」
持っていた小麦のほとんど小麦粉にしたブラウニーは、水瓶に水を汲んで洞窟採掘へと向かった。
俺はブラウニーの背中を見ながら、魔物農場の作業員が増えていることに気づいた。すでに運用が始まっていて、利益も出ている。ゆっくり着実にお金や魔石という資産を増やしていけばいい。
「後は輸送系を育ててしまえば、もっと回るんだよなぁ」
「なんかブラウニーになにか上げたか?」
ミーロスがやってきた。
「ああ、石臼を回すのを手伝ってもらっただけだよ。なにかあったか? 洞窟を掘るのがつまらなくなったとか?」
「いや、そういうことではなく、ブラウニーはワーカホリックなんだ。仕事があるというだけで、迷宮を掘り終えても、ここに残ってしまうぞ」
「ああ、じゃあ、なにか仕事を見つけておきますよ」
「ブラウニーを雇うつもりか。どっちにしろ運用は必要ですし、洞窟だって修理することもあるでしょう?」
「そりゃあ、確かにそうなんだけど……」
ミーロスは納得いかないようだ。
「労働力がヘリますか。ブラウニーに、働く自由はないんですかね? 魔王軍だから?」
「魔王軍にはいろいろある。魅力的な現場があると取り合いになるから」
「なるほど、考えて行動します。すみませんでした」
「いや、いいんだ。魔王軍というだけで抜けていく魔物もいるから。もうすぐアルラウネの婆さんが来ると聞いたけど、彼女たちも魔王軍と付き合いはあるんだけど別に組織を作っている。詳しくは知らないけどね」
人間側にもいくつかの国があるように、魔物の中にも派閥があるらしい。魔王というくらいだから専制君主制だと思うが、どこの星でも共和制などもあるのだろう。魔物の世界も一枚岩とはいかないようだ。
「魔王軍から出ると、種族ごと仲間外れにされたりするんですか」
「いや、そんなことはない。魔物は能力主義なところがあるから、仕事と能力が噛み合っていれば魔王軍で生きていくことは可能だよ」
「他の派閥だと難しい?」
「アルラウネ婆さんたちは、魔法に対してなんていうかプライドみたいなものが強いから、獣系の魔物に対しても人間に対しても批判的な目で見ている事が多い」
「随分、古い思い込みね」
ミーロスの背後から声がした。
ドルイド爺さんに連れられて、人型の植物の魔物が滑るようにこちらにやってくるのが見えた。
「今どき、そんな考えのアルラウネはいませんよ。それに魔法に対するプライドではなく、魔獣たちに対して知識の驕りを戒めていただけです。まぁ、ところ変われば視点も変わるでしょうけどね」
「年老いたというのに全く口が減らない婆さんだろ?」
ドルイド爺さんがアルラウネ婆さんを紹介してくれた。
「あなたが噂の宇宙人ですか」
「どうもセラ・ゴーゾーと名乗っております。宇宙で磁気嵐に巻き込まれて、この惑星までやってまいりました」
「そうですか……。そちらではこの世界とは違う知識体系のようですね」
「ええ。魔力もない世界からやってきました」
「それはそれは随分不便な世界から」
魔力を効率的に考えている魔物なのだろう。魔石文明について知っているかもしれない。
「もしかして、この世界ではかつて魔石の文明ってありませんでしたか」
「ご存知ですか?」
「いえ、ここまでエネルギー効率がいい力があるなら、魔石の文明があってしかるべしだと思っただけです」
「魔石の文明と呼ぶかどうかはわかりませんが、いくつか魔物側でも人間側でも文明は勃興し衰退しました。過激な派閥では、魔王城こそが魔物が生まれた土地という者もいますが、魔力がなかった時代もあるという考古学者もいるくらいですから、深層はわかりません。わからないからこそロマンはあるのでしょうけどね」
「誰も知らないくらい古いから、領有権も主張できないだろうということですね?」
「その通り。で、私を呼んだということはどなたかに教育をしろということですか」
「そうです。今、トレントの木材を収納する倉庫を作っているんですけど、管理者を立てて運用をしようとしているので、その方たちを雇い、建材全般に関する管理について教えてあげてほしいということです。あと、これは希望ですが浮遊植物の繁殖の研究をしていただきたいです」
「もうほとんど絶滅したと言われていますから、難しいですよ」
「ええ。ただ、可能性があれば運搬に関してかなり楽になるので」
「なるほど倉庫と輸送を担わせるわけですね」
「そうです」
「でしたら、ワイバーンなどを雇ったほうがいいかもしれませんよ」
「それでも構いません。ただ、持続できないと運用として短期的な利益しか出ませんから、ワイバーンの費用対効果を考えると、自分に餌を調達できるかというのが疑問なんですよね」
「宇宙から来たのに空を飛ぶ技術はないんですか」
「基本的に宇宙は真空なので推進力に使うエネルギーは少ないんです。ましてトレントの木材のような重い建材を運ぶとなると莫大なエネルギーが必要になってくる。時間がかかっても少ない魔力で運用できないと採算が合わないというのがこちらの結論です」
「わかりました。綿毛などとは違い、魔力によって浮く植物がいいわけですね」
「はい。小さい植物でも魔物であれば、交配も育てることもサイクルが早いんじゃないかということです。マンドラゴラはサイクルが早いので」
「実験済みですか。わかりました。仲間の雇用についても理解しました。住環境も用意してくれると聞いたのですが?」
「今、洞窟内に作ろうとしているのですが、希望があればミーロスさんに伝えておいてください。ミーロスさんは作業が増えるようなら、追加で魔石を渡します」
「わかりました」
「うむ」
魔物たちは納得して、洞窟へ向かっていた。
考えてみると、魔石が穫れる畑なんて、紙幣を刷っている銀行のようなものだ。チートというのは、どの世界、環境でどうやってスキルを使うのかによるのかもしれない。




