第8話 配下
「これからは、帝国の指示なしで戦うことになる。皆の力をどう使うか、改めて話しておこう」
最初に口を開いたのは、アイリスだった。
「私は《影》で身を潜め、先に敵の様子を探れます。近づく必要があれば、そのまま潜入を」
彼女が、壁際へ下がった。
そこへ落ちた影に、黒い服の輪郭が溶けていく。今いた場所を知っていなければ、俺でも見落としかねない。
次の瞬間には、また顔が見えた。
「偵察と接近戦は、私にお任せください」
腰には2本の短剣がある。
こうして力を見せ合うだけなのに、少し楽しい。誰を殺せと命じられたわけでもない。あの影をどこへ伸ばすか、俺たちで決めていいのだ。
彼女の戦い方は知っている。相手が侵入に気づいた時には、もう刃が届いている。10歳の俺を守っていた頃より、はるかに鋭くなった技だ。
「ぼくの《特殊眼》は、遠くも暗い所もよく見えるんです。ほら、あそこ」
リリーが窓のすき間へ目を向ける。
「手前の木じゃなくて、その奥。枝に小さな鳥がいます。くちばしが黄色いの、見えます?」
俺も同じ方角を見た。普通に見ると、枝が重なっているだけだ。
共有している《特殊眼》を使う。奥の枝が近くなったように見え、そこに止まった鳥の姿が分かった。
「見えた」
「あ、ずるい。それを使えば、そりゃ見えますよ」
負けず嫌いな言い方は、前から変わらない。俺がうなずくと、リリーは口元を緩めた。
得意そうに顎を上げる顔まで、いちいち可愛い。もう少し見ていたい気持ちをしまい、俺は窓の向こうへ視線を戻した。
ずるいと言われても、使えるものは使うだろ。そう返したくなるくらいには、こちらにも余裕が戻っていた。
「……遠くの見張りと弓なら、任せてください。相手の持っているスキルも、この目で確かめられますから」
「ただ、分かるのはスキルの名前までです。力や速度の数値は見えません。ぼくより明らかに格上だと、スキルも読み取れないので」
「その時は、俺も確かめる。同じ目でも、使う本人によって見通せる相手は変わるからな」
読み取れないからといって、スキルを持っていないわけではない。見えない相手ほど、慎重に動く必要があった。
「頼りにしてる」
ローズは、腰の鞭へ手を添えた。
「わたしは《再生》で皆さんを支えます。鞭も使えますから、離れた敵の足止めも任せてくださいね」
「近づかれた時は、無理せず呼んでくれ」
「はい。でも、皆さんもです。治せるからといって、けがをしてもいいと思わないでくださいね」
柔らかい声だったが、そこだけは譲らないらしい。
分かった。分かったから、こっちを見て念を押すな。
治す力があると、つい多少の無理を計算に入れてしまう。そこまで見抜かれたようで、心の中では少しばつが悪かった。
俺も含めて、全員がうなずいた。
『わたくしの能力は《念話》です』
最後の声は、耳から聞こえなかった。
マリーは口を閉じたまま、こちらを見ていた。
『声を出さずに連絡を取れます。これまでどおり、移動中や潜入先での連携に使えます』
「話したくないことまで、伝わったりしないよね?」
リリーが確かめる。
「伝わるのは、送ろうとした言葉だけだよ。考えていることを勝手に読む力ではないから」
「よかった」
「何か、聞かれたくないことがあるのかな?」
「今はないけど、これからはあるかもしれないでしょ」
マリーの口元が、わずかに緩んだ。
「それはそうだね。……戦闘では、わたくしは槍で援護します」
マリーは、壁に立てかけた槍へ手を添えた。
「敵の動きを見ながら、間合いを保ちます。踏み込む時の合図は、《念話》で」
俺は4人の顔を見渡した。
能力も、武器も、話し方の癖も、以前から知っていた。今はそれぞれが、これから自分の力をどう使いたいかを話している。
「俺は剣が基本だ。そこに、皆から借りた力を組み合わせる」
「《配下》ですね」
アイリスにうなずき、表示の説明を読み直す。
「ああ。皆のスキルを、本人と同じレベルで使える。扱い方も、皆が身につけた技量まで自然に分かる。成長すれば、俺が使う分にも反映される」
「では、わたしの《再生》が伸びれば、ユグリス様の治す力も強くなるのですね」
「そうなる。それと、能力の補強もある。皆の基礎ステータスの20%ずつが俺に加わる。そして、その加算を含めた俺のステータスの10%が、皆それぞれに加わる」
皆に加わった補正を、さらに俺へ戻して足すことはない。配下から俺へ、強くなった俺から皆へ。その順で計算する仕組みだった。
今後の戦いに備え、《配下》の登録一覧を開いた。番号に代わって、選んだばかりの名前が並んでいる。
【配下:4/10名】
【登録配下:アイリス、リリー、ローズ、マリー】
そこから、4人の詳細を順に開く。
登録した仲間なら、能力値もスキルも、洗脳や成長限界の状態も確認できる。相手との実力差で見えなくなることもない。《特殊眼》とは別の、《配下》の機能だ。
4人とも洗脳は解除済み。成長限界も、どちらも解放済みになっている。続いて、基礎能力と加算を確かめた。
【アイリス】
【生命力:78+16】
【力:65+14】
【防御:45+12】
【速度:86+15】
【器用:70+15】
【戦闘力:344+72=416】
【リリー】
【生命力:62+16】
【力:50+14】
【防御:35+12】
【速度:70+15】
【器用:76+15】
【戦闘力:293+72=365】
【ローズ】
【生命力:86+16】
【力:57+14】
【防御:54+12】
【速度:58+15】
【器用:50+15】
【戦闘力:305+72=377】
【マリー】
【生命力:74+16】
【力:68+14】
【防御:46+12】
【速度:66+15】
【器用:64+15】
【戦闘力:318+72=390】
速さならアイリス、細かな動きならリリー。ローズは生命力と防御が高く、マリーは4人の中で最も力が強い。
俺自身の基礎能力の合計は468。皆からの加算で、戦闘力は720になっている。
ただ、合計だけで勝敗が決まるわけではない。どの能力が高いか。どんなスキルを、どう使うか。その違いは、俺たちが一番よく知っていた。
マリーが、自分の表示へ目を戻す。
「いつも確認していた補正も、皆が成長すれば大きくなるのですね」
「誰か1人が強くなれば、ほかの仲間にも意味がある。俺だけを鍛えるより、全員で伸びた方がいい」
「それと、《配下》の人数制限も解放された。今までは4人が上限だったが、今は10人まで登録できる」
リリーが、弓から手を離した。
「あと6人、増やせるんですか?」
「ああ。表示も変わっている」
俺は視界の端にある《配下》の説明を確かめた。登録数は4人。上限は10人になっている。
「だったら、強い仲間を増やしたいですね。珍しいスキルを持っている人とか」
リリーの言葉に、マリーもうなずいた。
「ユグリス様の力が増すうえに、取れる手段も増えます。今のわたくしたちに足りない能力を持つ方なら、特に心強いですね」
「俺もそう思う。《特殊眼》でスキルを確かめながら、仲間になってくれそうな相手を探そう」
4人とも、配下が増える意味は分かっている。俺が新しい力を使えるようになれば、皆を援護する方法も増える。得意なことを補い合えば、この5人だけでは難しい戦い方もできるはずだ。
「優秀な相手なら、あてはある」
アイリスが、俺を見た。
「帝国の暗部ですか」
「ああ。俺たちが戻らず、報告も途絶えれば、いずれ追手が来る。外へ漏らせない話だ。差し向けられるのは、おそらく暗部だろう」
奴らのやり方は、よく知っている。逃げた者を連れ戻すにせよ、口を封じるにせよ、秘密を知る者だけで片づけるはずだ。
「シングルナンバーが来る可能性もありますね」
アイリスの声に、全員の顔が引き締まった。
「ああ。だが、ダブルナンバーでも油断はできない。順位が下でも、能力の相性によっては厄介な相手になる」
ダブルナンバーには、索敵や拘束などに秀でた者がいる。正面から剣を交える強さだけでは、危険は測れない。
シングルナンバーとなれば、さらに話が変わる。炎や氷、土など、自然そのものを操る者もいる。近づく前に周囲を焼かれたり、足場ごと凍らされたりすれば、剣だけではどうにもならない。
その上位には、重力や空間に干渉するスキルを持つ者までいる。今の俺では、正面から挑んで勝てるとは言えなかった。
「ぼくたちの戦い方を知っている相手なら、なおさらですね」
リリーが弓へ触れた。
「ユグリス様を嫌ってた連中も、張り切って来そうです」
18歳で序列8位。俺より長く暗部にいる者の中には、それが面白くない奴もいた。4人の力を借りているだけだ、と言われたこともある。
「皇帝への忠誠と、俺への好き嫌いは別だったからな」
「ええ。でも、嫌っていても任務中は指示に従ってました。今度は、堂々と狙えるわけですから」
「誰が来るかを見極めよう。知っている相手なら、能力や癖を思い出せる。ただし、向こうも俺たちを知っている」
マリーがうなずいた。以前一緒に働いた相手でも、帝国に命じられれば敵になる。俺たちがそうだったように。
「その暗部を、根こそぎ解放して仲間にする。どうだ?」




