第4話 再会
装備をマジックバッグに収め、4人と地下通路の入口へ向かった。
待っていたのはクロイツだけだった。
「顔を見せなさい」
検査具は持っていない。以前から受けている、傷跡の確認だ。
そう分かっていても、指先が冷えた。
黒布を下ろすと、冷たい空気がほおに触れた。
4人も、頭巾と黒布をずらして顔を見せる。
No.26のほおには、何本もの傷が重なっていた。No.37は口の端が火傷の跡に引かれ、表情がないのに笑っているように見える。No.41とNo.52の顔にも、元の顔立ちが分からないほどの傷跡が残っていた。
隠そうとする者も、下を向く者もいない。見られたくないという思いがあったとしても、命令に背いて顔を隠すことはできない。
クロイツが俺のあごをつかみ、顔を横へ向けた。指が食い込み、歯がほおの内側に当たる。口の中に血がにじんでも、味はしなかった。
「古い傷に変化はありませんね」
クロイツが、火傷の跡を白い指でなぞる。
「この傷が残っている方が、洗脳も長く持ちます。勝手に治さないように」
傷を見るたびに、触れるたびに、あの恐怖を思い出させる。こいつらは、そのためにも傷を残していた。
手が離れる。俺は顔を動かさず、次の指示を待った。
クロイツは4人の顔も順番に確かめ、最後にNo.41の前で止まった。
「自分の顔を治せるのに、命令どおり残している。結構です」
「ありがとうございます」
No.41は、礼を言った。
仲間の足を気遣うのと同じ声で、自分の傷を残したことを褒められ、礼を言っている。
俺は奥歯をかみしめかけ、力を抜いた。こいつの手を払いのければ、彼女自身が俺を押さえるだろう。
治さなくてよかった。
そう思わなければならないことが、たまらなく腹立たしかった。
「よろしい。戻しなさい」
顔を隠し直すと、クロイツは4人へ告げた。
「任務中はNo.8の指示に従うこと。帝国への奉仕を最優先に」
「承知しました」
そして、俺を見る。
「働きに期待していますよ、No.8」
「任務を遂行します」
頭を下げ、クロイツの横を通って地下通路へ入る。
明かりのない通路を進み、城壁の外まで抜ける。出口を隠す石の扉の先には、夜明けの森が広がっていた。
◇
枝の間から、朝の光が差していた。
きれいだ。
そう思ってから、足を止めずにもう1度見上げた。以前なら任務へ意識を戻していた。今は、あの空の下で好きに生きることを考えている。
4人と間隔を空け、街道を避けて森へ入った。
まだ、逃げ切ったわけじゃない。
俺たちは帝国の命令で移動している。その形を借りて、外へ出ただけだ。
木々のすき間に、遠くの村の屋根が見えた。煙突から、細い煙が上がっている。
あの家では、朝食の支度をしているのかもしれない。父と母と食卓を囲んだ朝が浮かんだ。
いつか、俺たちも。
復讐を終えた後の暮らしを思い、今は村に背を向けた。4人の足音を確かめながら、森の奥へ進む。
昼前、目印にしていた岩場に着いた。
「予定の休息地点へ向かう」
「承知しました」
4人は何も尋ねなかった。
斜面を下ると、廃屋に見せかけた狩り小屋があった。中には休む場所と備蓄がある。
《影》で先に内部を調べたNo.26が戻ってきた。
「誰もいません。侵入の跡もなし。備蓄は無事です」
マジックバッグから5人分の保存食を取り出し、No.41へ渡した。
「No.37とNo.52は、来た道と斜面の上を調べろ。No.41は小屋で食料を分けておけ。火は使うな。終わったら報告」
「承知しました」
4人が動き出し、俺も周囲を調べた。人の気配はない。
追っ手がいないとは言い切れないが、施設の中よりは動ける。
報告がそろうのを待ち、俺はNo.26を呼んだ。
「中へ来い」
「はい」
残る3人に周囲の警戒を命じ、彼女と小屋へ入った。
扉を閉める。傾いた窓から、日の光が差していた。
No.26は入口の近くで立ち止まった。黒いフードの端から、紫色の髪が少しのぞいている。
「これから、お前にスキルを使う」
「何か、確認なさるのですか」
「ああ。その場を動くな」
「承知しました」
何をされるのか分からなくても、彼女は従う。任務中の指揮を、帝国から俺へ任されているからだ。
彼女の前に立つ。
彼女なら、王宮での記憶も戻るかもしれない。父と母のことを、あの国のことを、もう1度話せるかもしれない。
その期待が、伸ばしかけた手を鈍らせた。
俺は何度も、この声で彼女に命令してきた。自由になった後も、そばにいてくれるとは限らない。
それでも、選ぶのは彼女だ。
俺は手を伸ばした。
自分の手袋を外し、彼女にも片手の手袋を外させる。傷跡の残る手に触れて、《解放》へ意識を向けた。
対象はNo.26。取り除くのは、彼女の心を縛る洗脳だけだ。
手を重ねたまま、意識を絞る。
すぐには何も起こらない。傷のある彼女の手を包み、接触を保つ。離せば、最初からやり直しだ。
外で枯れ葉を踏む音がした。確かめたい気持ちを抑え、目の前の彼女を縛るものへ集中を続ける。警戒は3人に任せるしかない。
数呼吸が、ひどく長い。
やがて、張っていた糸が切れるような手応えがあった。
光も音もないまま、彼女の指がぴくりと動いた。
その息が、不意に止まる。
「……っ」
No.26は自分の手を見て、それから俺を見た。
次の指示を待つ目ではなかった。眉が寄り、俺の手から剣の柄へ、視線が動く。
彼女は半歩下がり、腰の短剣へ手を伸ばした。もう片方の手で、俺に触れられた手首を強く握っている。
俺が動くと、肩が跳ねた。
足を止め、触れていた手を下ろす。今の彼女にとって、俺も命令を出し続けてきた相手だ。
俺は剣を抜かなかった。
「声を抑えてくれ。外に3人がいる」
彼女は閉まった扉を見た。次に、俺の腰の剣を見る。息は速いままで、いつもの返事はなかった。
「……何を、したんですか」
かすれた声だった。
その声を聞いて、ようやく息ができた。
命令を果たすための確認ではない。俺を疑い、自分のために答えを求めている。
「洗脳を解いた」
彼女は俺の顔を見つめた。黒布の下で息が乱れ、何かを言いかけて止まる。
「王宮の……廊下……」
フードの陰で、彼女の目が見開かれた。短剣を握っていた指が、少しずつほどけていく。
「……アルヴィン、殿下」
8年ぶりに聞いた呼び方だった。
覚えていてくれた。
それだけで、胸の奥がいっぱいになった。戻ってきた声を何度でも聞きたかったが、彼女はまだ戸惑っている。俺まで取り乱してどうする。
「ああ。リゼット」
名前を呼ぶと、彼女の肩が震えた。
「私を……覚えて、いらっしゃるのですか」
「王宮の廊下を走るなって、よく叱られた」
泣き声とも笑い声ともつかない、短い息が漏れた。
「何度申し上げても、お聞きにならなくて……」
声が途切れた。俺の手元を見て、何かを確かめるように、自分の手を重ねかける。
だが、傷跡に気づくと引っ込め、口元の布を強く押さえた。
「こんな姿を、お見せして……」
「俺も同じだ。お前が恥じることじゃない」
彼女はうつむいた。布の端から、涙が落ちた。
「ずっと、おそばにいたのに……殿下だと、分からなかった。どうして、忘れて……」
「俺も、洗脳が解けるまで分からなかった。自分が誰だったのかも、お前が誰だったのかも」
謝らせたくはなかった。彼女も俺も、帝国に奪われた側だ。
謝る奴が違うだろ。
彼女が泣くたび、白い手袋の男の顔が浮かぶ。あいつが今も平然と誰かを傷つけていると思うと、腹が煮えた。それを彼女へ向ける声に混ぜたくなかった。
顔を上げるのを待って、俺は言った。
「俺は帝国から逃げる。ほかの3人も自由にする」
「……はい」
「その後、皇帝と上層部を殺す。俺たちからすべてを奪った帝国を、終わらせる」
彼女の目が、まっすぐ俺を見た。
「だが、お前が付き合う必要はない。もう、俺の命令に――」
「命令ではありません」
俺は口を閉じた。
任務中、彼女が指示を遮ることはなかった。今は、俺が言い終えるのを待たずに、自分の答えを口にしている。
「陛下も、王妃様も、あの城の人たちも。私にとっても、大切な方々でした」
布を押さえていた手が下がる。震えはまだ止まっていなかった。それでも、彼女は目をそらさなかった。
「私も、許せません」
小さな声だったが、はっきり聞こえた。
「殿下と共に参ります。私自身の意思で」
涙の残る目に、怒りがあった。俺の復讐を手伝うだけではない。彼女も、自分から奪った者たちを討とうとしている。
胸の奥に詰まっていたものが、少し緩んだ。
「……頼む。そばにいてくれ」
「はい」
返事の後、彼女は扉へ目を向けた。
「残る3人も、解放なさるのですね」
「ああ。力を貸してくれ」
彼女は涙をぬぐい、俺の隣に立った。
いつもは、俺の半歩後ろにいた。
今は肩を並べ、同じ扉を見ている。
扉の向こうには、まだ3人が待っていた。




