第14話 追跡
【帝国・暗部地下施設 ヴォスの執務室】
No.8の班から報告が途絶えて、数日が過ぎていた。
皇帝直属暗部統括官ゲルハルト・ヴォスは、西の連絡拠点から届いた書類を机へ置いた。
「続報は、これで全部か」
「はい。現地から届いた報告は、これですべてです」
書類を運んできた暗部が答える。
ヴォスは退室を命じ、書類の中からNo.8が残した最後の報告を抜き出した。
対象の処理完了。帳簿を回収。写しの確認を継続。
末尾には、No.8の番号が記されている。
見慣れた筆跡だった。だが、その後2晩、指定の隠し場所に報告はない。
現地の回収役は、周辺の隠れ拠点も確かめた。だが、5人の姿はなく、連絡を残した形跡も見つからなかった。
「写しを追って、別の町へ移ったのではありませんか」
机の横に立つ暗部管理責任者セヴェリン・クロイツが言った。
「移動するなら、その旨を残す。No.8が知らない手順ではない」
「報告を残す余裕もなかったのでは。急に対象を追う必要が生じたなど……」
「その後の2晩も連絡がない。一時的に急いでいた、では説明がつかん」
ヴォスは、後から届いた書類を指で押さえた。
現地の暗部は、護衛がハーゼンの遺体を運び出すのを目撃していた。その後に調べた工房には、帳簿も大きな争いの跡もなかった。
「対象は死んだ。帳簿も、報告どおり持ち出されたと考えてよい。そこまでは任務を果たしている」
ヴォスは2枚の書類を並べた。
「任務を果たした班が、なぜ連絡だけ絶つ」
クロイツは答えなかった。
No.8の班には、潜入を得意とするNo.26がいる。遠くの敵を見つけるNo.37、負傷者を治すNo.41、声を出さずに連絡できるNo.52もいる。
さらにNo.8自身が、そのすべての力を使う。
町の護衛や、街道の盗賊に遅れを取る部隊ではない。少々の負傷で全員が動けなくなるとも考えにくかった。
「王国側に捕らえられたのではありませんか」
「否定はできん。ヴァルディアには、あの5人を相手にできる強者もいる」
西の大国ヴァルディアは、帝国も容易には攻め込めない相手だった。
「だが、王国が捕らえたという証拠はない。あの5人が報告も残せず動けなくなったのなら、その理由を確かめる必要がある」
「現地の回収役には、どこまで調べさせるおつもりですか」
「工房と周辺の拠点までだ。No.8の班を止めた相手がいるなら、単独で追わせるわけにはいかん。深追いはするなと伝えてある」
ヴォスは背もたれに体を預けた。
クロイツが白い手袋の指をそろえた。
襲撃か、拘束か。彼が挙げるのは、命令に従えなくなった理由ばかりだ。
ヴォスは話を変えた。
「最後に洗脳状態を調べたのは、いつだ」
「出発の前日です。前の任務の報告に来る直前、5名とも検査しました。記録に異常はありません」
「弱まっていた者もいないのか」
「いません。全員、正常に維持されていました」
クロイツは即答した。
「弱まる場合も、通常は徐々に兆候が出ます。5名そろって、わずかな間に命令へ背くようになるなど考えられません」
「それは検査した時の話だ」
眼鏡の奥で、クロイツの目が細くなった。
「私の管理を疑っておられるのですか」
「お前の検査記録だけで、今の5人の状態まで決めつけるな」
ヴォスは机から身を起こした。
襲撃されたのか。誰かに拘束されたのか。あるいは、自ら連絡を絶ったのか。
証拠はない。ただ、帝国の金の流れを記した帳簿が戻らない。その事実は変わらなかった。
「No.17を呼べ。調査のために、別の班を出す」
◇
部屋へ入ってきた女は、片ひざをついて頭を下げた。
「お呼びでしょうか」
No.17。
黒装束の右腕に銀の「17」。灰色の髪の下には火傷の跡が続き、顔の下半分は布で覆われていた。
ヴォスは、No.8の班との連絡が途絶えたことを告げた。
女の顔が、わずかに上がる。
「No.8が、ですか」
「5名とも所在が分からん。お前の任務は足取りを調べ、何が起きたかを突き止めることだ」
「承知しました。あたいが調べます」
返事は早かった。
ヴォスは、彼女がNo.8を快く思っていないことを知っていた。若い男に先を越されたという思いは、訓練の時の態度にも表れている。
だが、No.8が指揮する任務でも命令には従っていた。
それでも、今回は任務の範囲をはっきりさせておく必要があった。
「No.64とNo.94をつける。今夜、出発しろ」
「《聴覚強化》と《追跡》の使い手ですね。現地では、どこから調べればよろしいですか」
「まず回収役と連絡を取れ。最後の報告場所と、ハーゼンの潜伏先へ案内させる。その先の痕跡をお前たちで追え」
No.17が地図へ目を向ける。
彼女の《念糸》は、強度や細さを変えられる糸を生み、自在に操る力だ。拘束や切断だけでなく、敵を足止めして調査役を逃がす際にも役立つ。
No.17はダブルナンバーでも上位の精鋭だが、No.8には及ばない。送り出すのは調査のためだ。
「発見した場合、帰還を命じてもよろしいですか」
「まず所在と状況を報告しろ。敵対する様子があれば接触を避け、増援を待て。連れ戻すために戦うことは許可しない」
No.17の指が、ひざの上でわずかに動いた。
「……承知しました」
「No.8の班を倒した相手がいるなら、お前たち3人も危うい。No.8自身が敵に回っていても同じだ」
ヴォスは、彼女を見据えた。
「調べたことを持ち帰れ。報告できずに終われば、何を見つけても無意味だ」
「はい」
クロイツが、机へ薄い記録簿を置いた。
「5名の資料です。スキルと武器、最後の検査結果も入っています」
No.17が受け取る。
「武器と体格、動き方を照合しなさい。顔は覆っているはずですが、見えている傷跡も目印になります。記録と違う点があれば、それも報告を」
「承知しました」
ヴォスが、No.17へ視線を戻した。
「No.8は、配下の力を自分の力として使える。あの能力の特性を考えれば、このまま順調に育てば、絶対的な強さを誇る序列4位以内にも入れる素材だ。ここで失いたくはない」
No.17の指が、記録簿の端を握り込んだ。
「だからこそ、無理に連れ戻そうとするな。5名の状況を確かめ、判断に迷ったら退け」
「……承知しました」
「帳簿も探せ。戦わずに回収できるなら、原本と写しを確保しろ。無理なら所在を報告するだけでよい。中身は開くな。一般の兵や役人にも、この調査を知られるな」
「はい。皇帝陛下のために、必ず」
その声に、迷いはなかった。
No.17が退室した後、ヴォスはNo.8の最後の報告を手に取った。
帳簿を開くなと命じた。あの男は、いつもの声で承知した。
命令は守られているのか。
書類の短い文からは、何も読み取れなかった。
◇
【帝国・暗部地下施設 地下通路】
出発の支度を終えたNo.17は、地下通路の入口へ向かった。
合流した2人も、黒い服と布で顔や手足を隠している。
No.64は25歳の青年だった。腰にレイピアを下げ、姿勢を崩さず待っている。その隣では、14歳の少年、No.94が渡された地図を畳んでいた。
「No.8の班の捜索だ。任務の内容は聞いているね」
No.17が言うと、No.94は地図から顔を上げた。
「はい。No.17は、No.8と組んだことがあるんですか?」
「あるよ。あの若さで、よく人に指示を出す男だった」
「その時も、今の4名を連れていたのでしょうか」
No.64の問いに、女はうなずいた。
「ああ。5人そろってたよ。今回も同じ班だ」
No.17は手を開いた。指先から生み出した細い糸を短く張り、すぐに消す。
序列4位以内。
ヴォスの言葉が耳から離れない。後から来た若造が、序列8位に上がった。それだけでも面白くないのに、さらに上へ行くという。
あたいには、一度もそんなことを言わなかったくせに。
4人分の力を使えるからといって、そこまで違うのか。記録簿を収めた胸元が、ひどく重かった。
それでも、任務で前を歩くNo.8の背中に、隙が少なかったことは知っている。敵の矢をかわし、すぐに射手の位置を指示した時も、声は乱れなかった。
嫌いだというだけで、弱いと思える相手ではなかった。
「どこかで動けなくなってるなら、見つけた時の顔が見ものだね」
「ご無事なら、連絡が途絶えた理由も確かめられます」
皮肉に乗らないNo.64へ、女は目を向けた。
「本当に、誰かにやられたと思うかい」
「まだ何とも。まず現場で、報告にない手がかりを探すべきかと」
No.94が地図を荷袋へしまい、口を開いた。
「工房の周りは人が通ります。古い足跡ほど見分けにくくなるので、できるだけ早く調べたいです」
《追跡》は、地面の足跡や、物に残ったこすれた跡を見分ける助けになる。だが、ここから遠い国にいる5人の位置を知ることはできない。
No.17も、それは理解していた。
「まず工房と報告場所だ。その先を調べるよ。勝手に離れるんじゃないよ」
「はい」
No.64が、通路の先へ顔を向けた。
「出発の時刻です。準備はできております」
3人は地下通路へ入った。
街道を避けて西へ進み、食料は指定の拠点で補う。いつもの任務と同じだった。
歩きながら、No.17は預かった記録簿を服の上から確かめた。
番号、武器、スキル、傷の位置。5人分の記録を、自分の記憶と照合すればいい。
だが、No.8が自分の意思で帝国を離れたとしたら。
考えた途端、胸の奥に怒りが湧いた。
皇帝陛下から高い序列を与えられ、優秀な配下まで任された。それを裏切るなど、許されるはずがない。
まだ、そう決まったわけではない。命じられたのは調査だ。
No.17は前を向いた。
生きているのなら、居場所を突き止める。何をしているのか確かめ、ヴォスへ報告する。
遠くで、出口の石扉が開く音がした。
冷たい夜風が、通路へ流れ込んでくる。
No.17はフードを深くかぶり直した。
今度は、自分があの男の足取りを追う。
手元の記録に、新しい名前は1つもなかった。




