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前世社畜の俺は転生したら皇帝直属暗部序列8位でした〜帝国を裏切って今度こそのんびり生きようと思います〜  作者: 雅


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第13話 休息

 荷物を置き、戸締まりを確かめてから、昼飯を食べに出た。


 皆で食堂へ行こう。


 道中でした約束を、ようやく果たせる。


 マリーが選んだのは、大通りから少し離れた食堂だった。入口から中が見え、客の半分ほどは旅人らしい。


「5人だ。席は空いてるか?」


「奥の大きなテーブルが空いてるよ」


 店の女に案内され、そろって腰を下ろす。


 アイリスは俺の隣へ座ったものの、入口へ何度も目を向けていた。腰の短剣に触れかけた手を、ひざへ戻す。


「落ち着かないか?」


「……はい。楽しみにしていたのに、周りが気になってしまって」


 俺も、客が立ち上がるたびに視線を向けていた。


「俺もだ。すぐには慣れないな」


 彼女の前へ、水の入ったコップを置く。


「気になる時は俺にも教えてくれ。まずは、何を食べるか選ぼう」


「……はい」


 アイリスがコップを包むように持った。


 壁の献立には、肉の煮込みや鶏、魚の料理が並んでいた。


「ユグリス様、どれにします?」


 リリーが板と俺を見比べた。


「俺は鶏にしようと思ってる。リリーは?」


「肉もいいですけど、魚も気になるんですよね」


「じゃあ、別々に頼んで、少し分けるか」


 彼女の目が輝いた。


「それ、いいですね」


「わたしは煮込みにします。皆さんも、食べてみてくださいね」


 ローズが続くと、マリーが板の下を指した。


「小皿の料理もあるね。野菜は、それを1つ頼めば分けられると思う」


「では、私は……煮込みにいたします。パンも一緒に」


「わたくしは鶏にします。野菜の小皿も頼みましょう」


 ようやく決めたアイリスに続き、マリーも料理を選んだ。その様子を見ていると、俺まで楽しくなってきた。


 敵をどう倒すかなら、すぐに決められる5人が、昼飯を前に頭を悩ませている。


 ずっと、この程度のことで悩んでいたいものだ。


 魚か、鶏か。さっきから俺も迷っている。ここまで楽しみにしていた昼飯を、選び間違えたくなかった。


 注文した料理が運ばれてきた。鶏の皮は香ばしく、噛むと肉汁が広がる。もう次のひと口が欲しかった。


「……うまい」


「こっちもです。外がカリッとしてて、中は柔らかいんですよ」


 リリーは魚を切り分け、小皿へ乗せた。


 皿を差し出す前に、小さく首を傾けて俺を見る。料理の感想を待っているだけだと分かっていても、その顔には弱い。俺は先に小皿へ視線を落とした。


「どうぞ。鶏と交換です」


「ああ」


 ローズの煮込みも、皆で頼んだ野菜も、少しずつ回ってきた。アイリスはパンを割り、皿に残ったソースをつけて食べている。


 誰かがひと口食べるたびに、隣が感想を聞く。


 交代で見張りながら急いで食べた小屋のスープとも、道端で分けたパンとも違った。周りの客と同じように座り、温かいうちに料理を食べている。


「マリー、ここの魚、食べたことある?」


 リリーが小皿へ魚を取り分けた。


「初めてだよ。店があるのは知っていたけれど、入ったことはなかったから」


「じゃあ、食べてみて。おいしいよ」


 マリーは差し出された皿を受け取り、ひと口食べた。


「……本当だ。次は、わたくしもこれにしようかな」


「ぼくは鶏。さっきもらったの、おいしかったから」


 マリーが、柔らかく笑った。


 いつもの端正な顔が、少し無防備になる。思わず見とれそうになり、皿へ視線を戻した。料理はうまい。だが、隣でこんな顔をされると、食事に集中できない。


 食後に甘い焼き菓子も頼んだ。リリーが気に入ったのは、薄く蜜を塗ったものだった。


「これ、持って帰れますか?」


 店の女に自分から尋ねて、紙に包んでもらっている。


 俺たちには、持って帰る場所がある。


 テーブルの下で、ポケットの鍵に触れた。


 食べ終えた後に、次の食事を楽しみにできる。まだ少し信じられない。明日もここへ来られるように、まずは今日を無事に終えたかった。


     ◇


 帰りに食器と食材を買った。マリーは街の地図を選び、リリーはコップの色で迷っている。


 店先の鏡の前で、アイリスが足を止めた。


 俺は隣から、その顔を見た。彼女は鏡の中の自分に触れかけ、そっと手を下ろす。


「何か、欲しい物があったか?」


「いえ。ただ……人前で、顔を隠さずにいるのだと思って」


 鏡の中で目が合った。


「まだ、少し不思議です」


「俺もだよ」


 背後からリリーが、選んだコップを見せに来た。鏡の中へピンクの髪が入り、続いてローズとマリーも映る。


 アイリスは今度こそ、はっきりと笑った。


 家へ戻ると、買った物を食卓に並べた。


 5つのコップは、形も色も少しずつ違う。リリーが自分の物を窓にかざし、ローズは鍋へ水を入れた。


 マリーと地図を広げ、家と南門、今日歩いた通りを確かめた。


「帳簿に名前があった商会は、この街にもあるか?」


「今のところ、見覚えのある名前はありません。ただ、別の商会を通じて取引している可能性はあります」


 俺はうなずいた。


 帳簿を見せて回れば、向こうにも伝わる。調べるにしても、先にこの街を知る必要がある。


「まずは生活を落ち着かせよう。金はあるが、使えば減る。ここで働けるようにしておきたい」


「では、冒険者ギルドで仕事を探してみませんか」


 マリーが地図の一角を指した。


「商隊の護衛や、街の外の魔物退治も扱っています。詳しい条件は、窓口で確認する必要がありますが」


「ぼくたちなら、戦う仕事はできますね」


 リリーがコップを置き、こちらへ寄ってくる。


「今は、この街の周りを覚えられる仕事がよろしいかと」


 アイリスも地図を見た。


「商隊の護衛では、何日も家を空けることになりかねません。まずは近場から探しませんか」


「ああ。近くでできる仕事から探そう。明日、話を聞きに行ってみるか」


 追手への備えも、鍛錬も必要だ。だが、これからはそれに加えて、暮らしを続けるための仕事を選べる。


 少なくとも、働く理由と、終わった後に帰る場所は自分たちで決めたい。


「明日なら、賛成です。今日はもう、休みましょう」


 ローズが、湯の入ったコップを置いた。


 机へ身をかがめた拍子に、赤い髪が肩から滑り落ちた。その下に見えた胸元へ、つい目が向く。ローズの胸は特別に大きい。胸の谷間が視界に入る。おっと、余計な事は考えるな。本人は休めと言っているのに、俺の頭だけ余計に働いている。困ったな。前世の思考の影響だろうか。この4人と一緒に過ごすと、目のやり場に困る。


「皆さん、ずっと歩き続けてきたんですから」


 地図を見たまま考え込んでいた俺は、顔を上げた。


「……分かった。今日は、ここまでだ」


「はい」


 満足そうな返事だった。


 仕事を切り上げて褒められるとは、前世の俺に教えてやりたい。


 いや、あの頃の俺なら、休める職場があるのかと真顔で聞き返すかもしれない。少し笑いたくなって、代わりに温かいコップへ手を伸ばした。


     ◇


 その夜、体を洗って着替え、自分の部屋へ入った。


 窓の留め具を確かめ、剣を手の届く場所へ置く。帳簿を収めたバッグも、そばから離さない。


 最初の見張りはアイリスだ。俺は夜中に交代する。


 ベッドに腰を下ろすと、下から小さな話し声が聞こえた。リリーが焼き菓子を食べきろうとして、ローズに明日の分も残すよう言われている。


 マリーの笑う声が混ざった。


 俺も口元を緩め、背中を倒した。布団には、干した布のにおいがする。


 皇帝も、ヴォスも、クロイツも生きている。奪われたものは多く、やるべきことも残っていた。


 それでも今夜は、扉の向こうで仲間が笑っている。


 控えめに戸がノックされた。


「ユグリス様。これから見張りに入ります。何か必要な物はございますか」


「大丈夫だ。ありがとう、アイリス。交代の時間になったら呼んでくれ」


「承知しました。おやすみなさいませ」


「おやすみ」


 足音が階段の方へ遠ざかる。


 俺は目を閉じた。


 明日は、皆で仕事を探しに行く。帰ったら、あの食卓で飯を食う。


 命令書にはない予定を思い浮かべ、肩の力を抜いた。


 明日、帰ってくるのはこの家だ。


 階下の笑い声を聞きながら、柔らかなベッドに体を預けた。

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