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前世社畜の俺は転生したら皇帝直属暗部序列8位でした〜帝国を裏切って今度こそのんびり生きようと思います〜  作者: 雅


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第12話 住処

 昼は旅人に紛れ、夜は交代で見張りながら野営した。


 マリーの案内で南へ進むこと数日。大きな商業都市に着いた。南門には荷馬車と旅人が列を作っている。俺たちもその中へ加わった。


「リヴェルトです」


 マリーが言った。


「南門の近くに、貸し部屋を扱う店があったはずです。まだ営業しているか、確かめましょう」


「昔使っていた場所からは、離れてるんだな」


「はい。あちらは北側です。近づく必要はありません」


 リリーが人の列を見つめた。


「これだけいたら、ぼくたちが増えても分からないね」


「はぐれないようにしてくださいね」


「ローズこそ。さっきから、食べ物の屋台を見てるでしょ」


「いい香りがするんだもの」


 小さな笑い声を聞きながら、俺は門へ目を向けた。


 帳簿はバッグの中にある。帝国のことを、忘れたわけではない。


 だが、今、探すのは5人で休める部屋だった。


 帰還を命じられる施設でも、任務のために一晩だけ使う小屋でもない。


 鍵をかけて眠り、朝になれば、自分たちで行き先を決める。そんな暮らしを始める場所が欲しい。


「行こう。まずは、俺たちの部屋を探すぞ」


 4人がうなずいた。


 列が動き、俺たちの番になった。


     ◇


「名前と、滞在の目的は?」


 門番が帳面から顔を上げた。


「ユグリスです。5人で旅をしています。こちらでしばらく滞在して、仕事を探そうと思っています」


 軽く会釈し、聞かれたことだけを答える。仕事を探しに来た旅人だ。それ以上の印象は残さなくていい。後ろの4人も静かに待っていた。


 門番は俺たちの武器へ目をやったが、それ以上は聞かなかった。周りには剣を下げた護衛も、槍を担いだ旅人もいる。


 入城料を払うと、脇へ通される。


「街中で抜くなよ。もめ事は衛兵を呼べ」


「分かりました。ありがとうございます」


 門を抜けると、串焼きのにおいと客引きの声に迎えられた。


「今朝届いた布だよ! 見ていきな!」


「そこの兄さん、串焼きはどうだ?」


 声をかけられるたび、つい相手の手元を見てしまう。隣のアイリスも同じだった。周囲を警戒する癖は、服を替えただけでは消えない。


 その後ろで、リリーが小さく息を吐いた。


「……普通に、入れましたね」


「ああ」


「ぼく、もっといろいろ聞かれるかと思ってました」


「荷を売りに来る商人も、仕事を探す旅人も多いからね」


 マリーが、荷車を避けて道の端へ寄る。


「次の角を曲がりましょう。探している店は、そちらです」


 マリーを追って通りを曲がる。買い物客に紛れれば、俺たちもただの旅人だった。


 道を譲れば、向こうも少し脇へ寄る。


 それだけのやり取りに、いちいち嬉しくなる。こんなことで足を止めていたら、店へ着くまで日が暮れそうだった。


「前にいた時も、こんな街だったのか?」


「店は少し変わっていますが、人の多さは同じです」


 マリーは通りの先を見て、わずかに口元を緩めた。


「こうして歩くのは、初めてですけれど」


 以前の彼女は、物陰から街を見ていた。俺たちと同じ黒装束で、誰にも姿を見せずに。


「今日は、店の中も見ていけるな」


「はい。……その前に、住む場所を見つけないといけませんね」


     ◇


 マリーの覚えていた店は、通りから1本入った場所で営業していた。


 出てきたのは、灰色の髪を後ろで束ねた女だ。5人で住める場所を探していると伝え、まずは1ヶ月、家具のある部屋を借りたいと頼んだ。


 女はこちらの人数を数え、手元の紙をめくる。


「5人で、1ヶ月ほど。家具付きがいいんだね?」


「はい。できれば、炊事もできる所をお願いします」


「それなら、部屋を何室も借りるより、小さな家の方が安くつくよ。見てみるかい?」


 俺は4人を見た。マリーがうなずく。


「見せていただきましょう。周りの道も確かめたいです」


「じゃあ、案内しよう。あたしはベルタ。家のことで困ったら、この店へおいで」


 紹介されたのは、大通りから少し離れた2階建ての家だった。近くに店もあり、人通りはある。


「隊商の連中が、まとまって借りていくこともあるんだ。前の客は先週出たよ」


 ベルタが鍵を回し、扉を開けた。


 1階には居間と台所、水場と小さな浴室。裏口は路地に面している。2階には2人部屋が2つと、1人部屋が1つ。古いが、寝具は清潔だった。


 アイリスが窓の留め具を確かめる。マリーは裏口へ回り、リリーは2階から通りの様子を見ていた。


 ローズだけは、ベッドの端を軽く押している。


「どうした?」


「皆さん、ゆっくり眠れそうだと思って」


 彼女は手を離し、ほほ笑んだ。


「わたしは、ここがいいです」


『以前の潜伏先とは離れています。裏の路地からも、大通りへ出られます』


 戻ってきたマリーの念話が届く。


『窓の留め具は使えます。夜の見張りも、この間取りなら交代でできます』


 アイリスに続いて、リリーもうなずいた。


 俺は1階へ戻り、ベルタに家賃を確かめた。1ヶ月分を先に払っても、当面の生活費は十分に残る。


「こちらを借りたいです。よろしくお願いします」


「分かった。家具を壊したら、そこは別に払ってもらうよ」


 書面を確認し、ユグリスと名前を書く。


 ベルタが金を数え、俺の手に鍵を乗せた。


 小さくて、少し古びた鍵だ。これが5人の帰る場所になる。


 早く皆に見せたい。全員ここで見ているのに、そんなことを思った。


「それじゃ、今日から使っていいよ」


     ◇


 ベルタを見送って、扉を閉めた。


 鍵が回る音が、居間に響く。


 俺は取っ手から手を離し、振り返った。4人が、食卓のそばに立っている。


「今日から、ここが俺たちの拠点だ」


 リリーが、もう1度部屋を見回した。


「……今日から、ここへ帰ってきていいんですね」


「ああ。まずは1ヶ月。住みやすければ、その先も借りよう」


 彼女は窓際へ行き、置かれていた椅子を引いた。座ってみてから、こちらを見る。


「……日が当たる」


 黄色の袖へ、窓から入る光が落ちていた。


 ローズが台所をのぞく。


「鍋はありますね。お皿は、少し買い足したいです」


「わたくしも街の地図が欲しいです。知らない店も増えているので」


 マリーは持っていた荷物を、壁際へ置いた。


 アイリスが俺のマントに手を伸ばす。


「お預かりします」


 マントの留め具に、彼女の袖口が引っかかった。外そうとした拍子に布が引かれ、アイリスがこちらへ半歩よろめく。支えた腕に、柔らかな身体が触れた。


 近い。髪が頬をかすめる。普段なら届かない距離にある唇まで、すぐ目の前だった。


「失礼しました」


「大丈夫だ」


 留め具を外し、彼女が立ち直ったところで手を離した。声がいつもどおりだったか、自分では少し怪しい。もう1度触れたいと思ったことだけは、知られたくなかった。


「ありがとう。アイリスも、楽にしてくれ」


「はい」


 自分のマントも脱ぎ、俺の隣へ掛ける。並んだ2枚を見た後、彼女は少しだけ笑った。


 その小さな笑い方が、妙に目に残った。見せようとしていない時の方が、かえって綺麗に見える。声をかける理由を探しかけて、やめた。もう必要な礼は言った。


 部屋割りも、その場で決めた。


 俺が小さい部屋を使い、アイリスとマリー、リリーとローズがそれぞれ同室になる。


 同じ家で、毎朝あの4人と顔を合わせる。髪をほどいた姿や、寝起きの顔まで思い浮かべてしまい、俺は荷物の留め具を確かめた。部屋の広さより先に、何を考えている。


 廊下へ出る時の顔だけは、いつもどおりにしておく必要がありそうだった。


「明日の朝、起きる時にぼくも呼んでくれる?」


 リリーに頼まれ、ローズがうなずいた。


「ええ。出かける支度の前に声をかけるわ。それまでは、ゆっくり寝ていていいのよ」


「……起きて、すぐに出発しなくてもいいんだね」


「朝ごはんも食べてからにしましょう」


 リリーが苦笑した。


 俺にも分かる。休んでよいと言われても、体が先に起きようとする。眠っている間に何か起きるのではないかと、考えてしまう。


 慣れるには、少し時間がいるだろう。


「夜の見張りは交代で続けよう。自分の番が終わったら休んでくれ。明日は、全員が休めてから出かけよう」


「ユグリス様もですよ」


 ローズに先回りされ、俺はうなずいた。


「分かってる」


 今は休める家がある。そのことを確かめるように、居間を見渡した。急いで次へ行かなくていい。まだ、その嬉しさに慣れそうになかった。

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