第11話 決別
「子供を集める連中に、お前が金を払っていたんだな」
帳簿を示すと、ハーゼンはうなずいた。
「クロイツから、必要な年齢とスキルを指定されていた。私は、その条件に合う子供の代金を払っただけだ」
「さらわれた子供だと、知っていてか」
男が口を閉じる。俺が返事を待っていると、やがて視線を落とした。
「……人数をそろえろと、急がされていたんだ」
「集めた連中とのやり取りも残っているな。どこにある」
男が答えるまで待ち、机の別の引き出しを調べた。
出てきた書類には、手段を問わず子供を集めるよう命じた、ハーゼンの署名がある。支払った金の一部を、自分へ戻させていた記録もあった。
「払った金の一部を、自分へ戻させていたのか」
「手配には手間がかかる。私だって、それくらいは……」
「子供の代金から、自分の取り分を抜いたんだな」
「もとは上の命令だ! 私は、言われた人数を――」
「声を落とせ」
アイリスの短い声に、男の言葉が止まった。
「人数を集めろとは命じられたんだろう。だが、自分の懐に入れた金まで、命令のせいにするな」
ハーゼンが黙る。アイリスも、冷たい目で男を見ていた。
「なぜ帝国から逃げた」
「私が扱った金を、調べ直すことになった。あの書類を見られたら、処分されると思って……」
「それで帳簿を持ち出したのか」
「これを渡せば、誰かが守ってくれるかもしれないだろう」
子供を助けるためではない。自分の命を守るために、取引の証拠を持って逃げたわけだ。
俺は続けて、取引相手と子供の引き渡し先を聞いた。
ハーゼンが知っていたのは、いくつかの商会と、帝国内にある倉庫だった。その先の施設には入ったことがなく、子供には特殊な訓練を受けさせると聞いていたらしい。
商会の名と倉庫の場所を紙に控えた。
「帳簿の写しはあるか」
「全部ではない。取引の一部を写したものが、そこの荷袋に……」
言われた袋を開き、紙束を取り出す。元の帳簿と照らし合わせると、日付も金額も一致していた。
「誰かに渡したか」
「まだだ。誰に頼めばいいか、決められなくて……」
「ほかには」
「ない。それで全部だ」
聞き出した場所と取引の記録を照らし合わせ、食い違う所を聞き直してから、紙を畳んだ。
帳簿と書類をまとめると、ハーゼンがベッドの下を指した。
「金なら、そこにある。全部やる。だから、見逃してくれ!」
俺は男を見た。
子供がさらわれると分かっていて金を出し、自分も儲けていた。不正がばれそうになれば、今度はその金で命を買おうとしている。
その金があれば帰れた子供が、何人いただろう。
怒鳴ったところで、こいつがその人数を考えることはない。聞くべきことは、もう聞いた。
帳簿をバッグへ収め、剣を抜いた。
ハーゼンが叫ぼうとする。その口を押さえ、胸へ刃を突き入れた。倒れかけた体をアイリスが支える。
息が絶えたことを確かめて刃を抜き、アイリスと共に体を床へ下ろした。
『終わった。撤収する』
外の3人へ念話を送り、刃の血をぬぐう。
これで子供たちが救われたわけではない。
俺たちが逃げ出した後も、帝国は次の子供を集めている。今度は、そいつらから名前も顔も奪うつもりなのだ。
帳簿を収めたバッグを握り直した。分かったからといって、今すぐ助けに戻れるわけではない。それが、腹立たしかった。
ベッドの下にあった硬貨の小箱も持ち出した。この金は、俺たちが生きていくために使う。
『ユグリス様、こちらへ』
アイリスにうなずき、2人で部屋を出た。
◇
護衛たちは、雇い主の死に気づいていなかった。
彼らが取引に加わっていた証拠はない。近づかず、入ってきた経路を戻って工房を離れた。
川から離れた林で3人と合流し、聞き出した内容を伝える。リリーはしばらく黙っていたが、やがて自分の腕を抱いた。
「ぼくたちの時も、あんなふうに数えられてたのかな」
俺は、すぐには答えられなかった。
ローズが彼女の隣へ座る。
「……あの人たちには、お金とスキルしか見えていなかったのね」
「うん」
リリーは短く答え、腕をほどいた。
マリーが、俺の書き留めた紙を読んでいる。倉庫の場所を確かめたところで、顔を上げた。
「記録にある倉庫は、どれも帝国内です。調べに戻りますか?」
「いや。今は予定どおり、リヴェルトへ行く」
施設へ踏み込めば、洗脳された暗部と戦うことになる。子供を連れ出せたとしても、休ませる場所すらない。
焦って4人を危険にさらすわけにはいかなかった。
置き去りにするようで苦しい。その苦しさを消すために突っ込むなら、それは俺の都合だ。
「帳簿は持っていく。子供たちの行方を調べる手がかりだ。まずは拠点を作ろう」
「はい。先に、安心して休める場所を確保しましょう」
マリーが紙を畳んだ。
俺は報告を書き直した。
対象の処理完了。帳簿を回収。写しの確認を継続。
見つけた写し以外に、まだ残っている可能性はある。だが、町に残って確認を続けるつもりはない。
指定の隠し場所で、未回収の報告を差し替えた。周囲を確かめ、皆のもとへ戻る。
これで時間を稼げても、長くはない。明日の夜、次の報告がなければ、いずれ異常に気づかれる。
その時までに、できるだけ南へ離れる。
◇
夜のうちに町を離れ、翌朝、小さな村の近くで休んだ。入口を調べていたマリーが戻ってくる。
「街道沿いに店があります。店先に古着と食料が並んでいました。旅人も立ち寄っています」
「俺が買ってくる。皆はここで休んでいてくれ」
覆面と手袋を外し、水で顔の汚れを落とした。フードを下ろして髪を整え、予備の布を肩から掛け、上着の右腕にある番号の刺繍を覆う。武器は剣だけを腰に残した。
「おかしなところはないか?」
鏡の代わりにローズへ顔を向ける。彼女は俺を見て、小さく笑った。
「大丈夫です。でも、もう少し肩の力を抜いてもよいかと」
図星だった。
建物へ忍び込むより、店の正面から入る方が落ち着かない。服をくれ、と言えばいいだけだろ。頭の中で何度も練習している自分に、内心で呆れた。
周囲を見回したいのをこらえ、店へ向かった。
「いらっしゃい。旅の途中かい?」
店番の女に声をかけられ、足が止まりかける。
「ああ。服を探してる。仲間の分も」
「なら、中にあるよ。動きやすい物がいいかね」
「ああ。5人分、見せてほしい」
「5人分ね。大きさは分かるかい?」
聞かれたのは、それだけだった。
番号も、許可も聞かれない。女は棚へ向かい、畳まれた服を引き出した。
それだけか。
当然のことなのに、嬉しかった。金を払い、品物を選ぶ。前の人生でもやっていた買い物が、今はずいぶん遠くから帰ってきた習慣に思えた。
5人分の旅装と水袋、針と糸、食料を選んだ。
最後に、棚の端にある淡い黄色の上着が目に留まった。
「それも見せてくれ」
◇
「黄色だ」
受け取った上着を、リリーが両手で広げた。
「明るい色がいいって言ってただろ。どうだ?」
「はい。こういうのが着たかったんです」
「薄い緑もある。合う方を選んでくれ」
彼女は2枚を並べ、顔へ近づけてみた。それから黄色の方を抱える。
「ぼくはこっちにします。……似合うかな」
「似合うと思うぞ」
「じゃあ、着たところも見てくださいね」
「ああ。楽しみにしてる」
リリーが笑った。
俺は荷物を置き、着替えの間、少し離れた場所で見張りを引き受けた。木々の向こうから、布を広げる音が聞こえる。
「ローズ、そっちの方がよさそう。胸のところ、苦しくない?」
「ええ。ありがとう。リリーは、裾を少し短くしましょうね」
「わたくしの分もお願いできるかな。足元が引っかかる」
「マリーの分は、私が。針をお借りしますね」
俺も木の陰で買ってきた服へ着替え、灰色のマントを羽織った。それから道へ目を戻す。
着替え終えた4人は、まるで違って見えた。
アイリスは紺色の上着に、薄い灰色のマント。長い髪を後ろでまとめ、袖口を丁寧に整えている。ローズはゆとりのある茶色の上着を選び、荷物を持っても動けるか腕を回していた。
マリーは淡い緑を選んだ。裾の長さを確かめてから、髪をマントの中へ収める。
うなじが一瞬のぞき、俺は荷物へ目を戻した。動きやすい服かを確かめるだけのつもりだった。余計な所まで見ようとするな。
最後にリリーが、俺の前へ出てきた。
「今度は、着ました」
黄色の上着にピンクの髪。こちらを見上げる目が、答えを待っていた。
「ああ。やっぱり似合ってる」
「よかった。……大事に着ます」
うれしそうな声に、俺も口元が緩んだ。
彼女は満足したように、袖をなでた。
着ていた黒装束は畳んでバッグへしまう。必要な時には使うが、そろって着て歩く必要は、もうない。
買ってきたパンを配ると、リリーが半分に割った。
「中、柔らかい」
俺もかじった。温かくはないが、保存食とは違う柔らかさがある。口の中に、穀物の甘さが残った。
「リヴェルトに着いたら、皆で食堂へ行こう。温かい飯が食いたい」
言うと、アイリスがパンから顔を上げた。
「5人そろって、ですか?」
「ああ。服もそろったし、向こうなら旅人も多い。普通の客として食べに入ろう」
アイリスは手元のパンへ目を落とし、それから俺を見た。
「……はい。楽しみにしております」
俺は残りのパンを食べ、指についた粉を払った。
前世では、昼飯を急いでかき込む日ばかりだった。店を選ぶ時間も、誰かとゆっくり話す余裕も、ほとんどなかった。
今度は、もう少し味わいたい。
食べ物も、一緒にいる時間も。
急いで食って仕事へ戻る生活は、もう十分だ。皿が空になってから、もう少し座っていようかと思える食事がいい。
今度こそ、そのくらいの贅沢はしてやる。




