双方の言い分
「じゃあ、川向かいの村とは、話し合いはしたの?」
「話し合いはしました。しかし……」
どうやら、うまくいってないようだ。マカの反応からしても、そうだろうことは予想できる。
立ち話でする話ではないと考え、僕たちはもう一度店に入る。店主は再び茶を入れようとしたが、先ほど飲んだばかりなので断った。話を聞くため店主にも座るよう促す。
マカは逃げられないように、クラウスが捕まえたままだ。茶を飲むか聞いてみるが、「オレだけ飲むわけにはいかない」と店主を睨む。おう、僕より年下っぽいけど男前なことを言っている。
「……で、どういうことかな?」
ジグの問いに、店主が諦めたように口を開く。
「……この村には一つだけ溜池があります。川向かいの村は、その溜池のせいで川の水が減ったと主張しているのです」
「そのとおっ、ふがっ」
店主に噛み付くマカの口をクラウスが塞ぐ。君が騒ぐと話が進まないから、少し我慢してもらおう。
ジグが続けて質問をする。
「溜池は、自分たちで作ったの?」
「いえ、自然にできたものです」
「川向かいの村はそれを知ってたの?」
「いえ、知らなかったようです。私たちも、雨が降らなくなるまで気づかなかったくらいです」
「なるほど。川向かいの村は隠されていたとでも思ったのかな?」
「その通りです」
ジグと店主が一問一答する中で、僕は気になったことをジグに尋ねた。
「池に気づかないなんてことあるの?」
「そうだねえ。実際の池を見てないから何とも言えないけど、ありえない話ではないよ。草が生い茂り深く覆われて、人が近づかないような場所だと気づかないかもね」
店主が嘘を言っているようには見えない。きっと、タイミングの悪い時に発覚したんだろう。
自分たちの意見を信じてもらえたと思ったのか、店主が安心したような溜息をつく。
「なら、溜池を共有すれば解決するのでは?」
「でも、そうはなっていない」
安心したのも束の間、クラウスの言葉に、店主は痛いところ疲れたようで渋い顔をする。つまり、共有したくない理由があるのか。
「……そうか、今は水がないから」
僕の言葉に、店主の顔がますます歪んだ。
「……溜池の水にも限界があります。そうなれば……」
溜池は、それほど大きくないのかもしれない。とすれば、店主の心配も分からなくもない。まして店主は村長だ。村の存続を優先に考えてしまうのだろう。
「とはいえ、このまま川向かいの村を見放すのは、あまりいい策とは思えないねえ」
「あなたの村は、かなり厳しい暮らしなのですか?」
ルカが、子どもに質問する。
「…っ、こほっ、……畑にやる水が厳しい。話し合いで決めた水汲の時間じゃ、生活に使う分だけで終わっちまう」
塞がれていた手を外されて少し噎せたマカが、村の現状を語る。店主もその状況を知って渋い顔をする。
「うーん、取水量の上限とか使用方法とか、お互いが納得できる妥協点を探るしかないと思うよ。仲介者が必要なら、領主に入ってもらえばいいんじゃないかな」
「……そう、ですね」
ジグが話を纏めると、店主は俯きながら頷いた。ジグ自身が仲介者にならなかったのは、単純に面倒事を避けたに違いない。
マカにも村に戻って、今の話をするように伝える。はじめは敵意むき出しだった態度を改め、ジグに軽く頷くと勢いよく店を飛び出ていった。
思いのほか話が長くなり、次の宿への移動をあきらめた僕たちは、村から離れた川沿いに馬車を停めた。
残念なことに、この村には宿がなく、僕たちは野宿するしかなかった。幸い、馬車の中の荷物に被害はなく、食材も水もあるので問題はない。
まだ日が明るいうちに、クラウスが辺りを警戒しながら火起こしをする。ルカは、いろいろこまごまと動いている。
「昨日の宿に風呂があって良かったよ」
ジグが芋の皮を剥きながらぼやく。
僕も、ジグと一緒に芋の皮を剥いている。城の外に出るようになって、少しずつできるようになった。というより、ルカの強制によりやらされた。働かざる者食うべからず、らしい。おかげで、ルカほど早くはないけれど、随分手慣れたと思う。隣のジグは……僕より器用だ。
「村の近くでなくてよかったの?」
「おこした火が建物に移っては危険だからねえ」
いわれてみればと納得して、僕は視線を川の方に移す。
川の幅はそれほど大きくない。大人の身長で三人分くらいだろうか。川岸では、所々川底がむき出しになっている。
「確かに、水の量が少ないね」
「そうだねえ。深いところでも俺たちの膝に届かないくらいかな。川岸の様子からすると、膝の高さ分くらいは水位が下がっていそうだねえ」
僕は、剥いた芋を鍋に入れていきながら、茶屋でのやり取りを思い出した。
「三ヶ月でこれだと、確かに不安になるね」
「魔法つかいが魔法を使ったとしても一時しのぎだよねえ」
「雨が降る土地で、雨が降らなくなる、か……」
思いつくまま独り言ちる。すると、ジグが僕の顔を見て目を見開いた。
「そうか……」
起こした火が安定したのか、クラウスが僕たちを呼ぶ。でも、ジグは聞こえていないのか、動く気配がない。え、この鍋、僕が運ぶの?
「ジグ殿、考え事もいいがな。せめて手は動かせ」
「え? あ、ごめんごめん」
結局、僕は鍋が重くて運べず、クラウスに運んでもらった。決して非力な訳ではない。三人より少しばかり背が低いせいだ。
クラウスは、運んだ鍋に、積み荷から出した干し肉を入れていく。そこにルカも後から加わって、次々と切り分けた野菜を鍋に加える。そのスピードに呆けていると、あっという間に具沢山スープができあがった。
「で、何を考えていたんだ?」
「あー、ひょっほわぁっふぇえ」
ジグが、肉を口に入れたまま答える。ルカが、僕とジグを見比べて、眉間にしわを寄せている。言いたいことがあるのを我慢しているようだ。
肉を飲み込み、スープで一息ついたジグが、視線を上げて僕たちを見る。
「ふう。結論からいうとね、雨が降らない原因がある可能性かな」
「雨が降らない原因?」
「うん、もしかしたら既に天候を変える魔法が使われたのかもしれないってこと」
「何のために?」
「さあ? それは、わからないねえ」
「……」
「そんなに呆れないでよ。ただ、その可能性も否定しないで考える必要があるなと思ったんだよ」
確かに、既に魔法が使われている可能性は考えていなかった。理由はわからずとも、魔法が使われた痕跡があれば、雨が降らない状況を解決できるということだ。
「俺は、魔法が使えないからわからんが、後から追えるものなのか?」
「魔法を使っていれば、その残滓が残るからね」
「なるほど……で、誰がそれをやるんだ?」
訝しげな表情を崩さないクラウスが不思議だったが、その理由がわかった。そうか。クラウスは知らないのか。




