町を出て
町を出てから、二日ほど過ぎた。どのくらい走っただろうか。立ち並ぶ建物が間延びし、その間を木々が埋めるようになった。山を近くに感じる。木々の合間から、斜面に沿って低木が整列しているのが見えた。
「この辺りは、どんな作物が採れるのかな」
「あれは茶畑だねえ」
「ああ、確かこのあたりの茶は果物のような香りがするらしく、御婦人方に人気があるらしい」
「そうなんだ! クラウス、詳しいね」
「妹がそう言っていた」
クラウスには、六歳下の妹がいる。周囲からも可愛らしいと評判の妹を、クラウスは溺愛しているようだ。僕の護衛として地方へ調査に出るたびに、妹への土産を人生の選択をするように選んでいる。
「へえ、なら僕も母上に買っていこうかな」
「いいねえ、きっと喜んでくださるよ」
ジグが笑顔で同意してくれる。
御者席で話を聞いていたルカが、僕たち三人に振り返った。
「この先に村があります。そこで休憩がてら、茶葉を購入しましょう」
村に入り、ルカが馬車止めに馬車を止めてから茶屋を覗く。
小さめの店内は少し古めかしさを感じる誂えだが、清掃が行き届いていた。店主が僕たちの人数を確認して、座席に案内される。
まずは、評判のお茶を試してみようとメニュー表を手に取る。示された価格を見ると、随分高額だ。
「茶一杯の値段にしては……高いですね」
ルカも目を見開いている。つい口に出てしまったものの、すぐに失言だと気づき口元を手で覆う。
「「すみません」」
ルカの謝罪と重なるように、店主であろう初老の男性が、眉を下げて謝った。表情から察するに、価格が高いことを気にしているようだ。
「何か理由でも?」
「はあ、実は今、水が不足しておりまして」
店主が語るには、この辺りは割と雨が多いにもかかわらず、ここ三ヶ月ほど雨がないらしい。
その影響で、川の水がどんどん目減りしているのだそうだ。急な水不足に村の対応も追いついてないらしい。
「この辺りの地形は、山と海の距離が近いから、水の滞留時間が短かかったねえ」
ジグが情報を補足してくれる。
「よくご存知で。それでも、雨が降るので然程困ってはいなかったのですが、こうも雨が降らなくては……」
「作物にも影響が?」
「ええ、ええ、その通りです。雨が降らないと茶葉が固くなるのです。二つ隣の町では少し前に大雨だったようですが、こっちでは全く降らなくて……」
その大雨は僕も知っていた。洞窟調査に向かう途中、その町で大雨に当たったからだ。町が冠水して大変だったことを記憶している。
その町からそこまで離れているわけでもないのに、こんなに天候に差があるのに驚きだ。
「魔法つかいに頼んではみたの?」
「領主に申請はしていますが、まだ返事はない状態で。かといって、こんな小さな村単独では、魔法つかいに払えるだけのお金はありません」
店主が力なく首を振る。
「天候を扱う魔法は、ある程度魔力がないと発動できないからねえ」
この国の魔法つかいは、自分の魔法を使って金を稼ぐ。魔力を多く持つ魔法つかいほど、高度な魔法が扱える。天候を扱う魔法もその一つだ。
けれど、魔力を多く持つ魔法つかいの数は少ない。扱える魔法使いが限られるから、小さな村では依頼しづらいだろう。
僕は、チラリとジグを見る。少し苦しそうな表情をしている。
「……申し訳ない、俺の魔法ではちょっと……難しいかなあ」
ジグの魔力量は国一番だ。でも期待する効果の魔法が発動できるわけではないから、確かに天候を扱うのは難しいだろうね。
僕の呪いで、雨を引き寄せられたらいいのだが、それも意図してできるわけじゃない。
解決策を見出だせず申し訳ない気持ちで出された茶を頂き、お土産用の茶葉を多めに買って店を出た。
馬車に戻ると、数人の子どもが僕たちの馬車に群がっていた。
「おい、まだ鍵は開かないのか!」
「早くしないと、あいつら戻ってくるぞ」
「わかってる!」
……泥棒か。
「お前ら、何をしている」
クラウスの声に「やべっ」と子どもたちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。出遅れた赤髪の子どもをクラウスが捕まえた。
随分痩せている。身体も服も薄汚れている、というか、はっきり言えば小汚い。
「わっ、離せ!」
「離すわけないだろう。クソガキ」
「うるせえっ! 奪われたものを奪い返して何が悪いっ!」
「あ? 何の話だ?」
子どもの反応に、クラウスが片眉を上げる。
「とぼけるなっ! お前たちが水を横取りしてんだろうがっ!」
クラウスの睨みに怯むことなく、子どもが言い返してくる。根性はありそうだが、やっていることは褒められることではない。
ルカが馬車の中を確認する。
「何も盗られてはいないですね。鍵も大丈夫そうです」
「この子、僕たちに水を横取りしたって言ったね」
僕たちのことを水泥棒だと思ったのだろうか。
すると、大声を聞いたからか、先ほどの店主が店から出てきた。
「どうかしましたか?」
「騒がしくして申し訳ない。子どもが馬車を荒そうとしていたんだよ」
隠すことでもないので、起きたことをそのまま話す。
「この子なんだけど、知ってる? ああ、彼だけじゃないよ。他にも何人かいたかな」
店主は、クラウスに捕まえられている子どもを見ると、露骨に嫌な顔をした。子どもが店主と組んでいる可能性も考えたが、そうではなさそうだ。
「また、お前らか。こいつは、この村と川を挟んで反対側にある村の子どもです。確か、名をマカといいます」
「川向かいの子ども?」
「はい、私たちが水を横取りしているのだと主張して、水を返せと度々来るんです」
困ったとも不満だともいえない、微妙な顔をして店主が溜息をついている。水の横取り……僕たちに言ったことと同じ内容だ。
「本当のことだろっ! お前たちのせいで、川の水が減ってるんだ!」
「川の水が減っているのは、雨が降らないからだ。何度も言ってるだろう」
店主が、子ども相手に苛立ちを隠さない。何度も同じやりとりをしているのだろう。
店主と子どもを見比べる。店主の客商売ということを差し引いても、明らかに子どものほうが貧しそうだ。川向かいの状況は、この村よりも酷いのかな。
だとするならば、川向かいの村長は何をしているのか。このマカという子どもも、何故この店主に絡むのだろう?
同じ疑問を持ったのか、ジグが会話に入ってきた。
「この村の村長さんは、どうしてるの?」
「あ、わ、私が村長です」
そうでしたか。




