仕事の後は
僕たちは一時間ほど歩いて、町の入口にあるギルドを訪れた。夕刻には少し早い時間のせいか、店内はそれほど混んでいない。
受付にいたギルドの職員が、僕たちに気づいて駆け寄ってきた。
「リオン殿下とジグ様ですね。ただ今、貴賓室にご案内致します」
「調査員として来ているから、普通の対応でいいよ」
「いえ、そういうわけには……」
「大丈夫だから」
苦笑いをしながら、丁寧に断る。
僕が隣国から呪いを受けそうになったことは、この国の民なら誰でも知っている。けれど、呪いが変質して残っていることは知らない。知っているのは城に勤める者と魔法つかいだけだ。彼らには、他言できないように制約をかけている。
だから、ギルド職員が僕のことを知っているわけではない。貴賓室への案内は王子への対応としては間違っていないけど、今回は王子として来てるわけじゃないからね。
それに、僕は皆を騙しているような気持ちになり、こういう扱いは苦手だ。手早く終わらせてギルドを出るべく、僕は用件を伝える。
「―――そんなわけだから、しばらくは洞窟への一般人の立ち入りは、やめた方がいいかな」
「畏まりました。国王へのご報告はいかがされますか?」
「一応、ギルドからも報告してもらえると嬉しい」
「では、そのように手配いたします」
僕が頷いて、話が終わったと判断したルカが後ろから出てくる。
「では、こちらの買取をお願いしていいでしょうか?」
「買い取り、ですか?」
ギルド職員が不思議そうに僕を見る。僕は苦笑いをするしかない。
「それは、彼が個人的に手に入れたものだからね。調査とは別で考えてもらえると嬉しいな」
「……はあ、それなら」
頭に浮かんだ疑問を飲み込んで職員が買取をしてくれた。やるべきことを終えて、僕たちはギルドを出る。その瞬間、
「腹減った」
クラウスがあからさまに不機嫌になっている。
溜息をついたルカが「……風呂の後と食事と、どちら……」と話すのに被せてクラウスが「食べる」と即答する。
どうやら、クラウスは待てないらしい。ジグが「お風呂……」と悲しそうな顔をしているが、ルカはクラウスを優先したようだ。
「いらっしゃい!」
近くの食堂に入ると、元気な女性の声がした。よく分からないので、お薦めを頼む。ジグは、出されたおしぼりで念入りに顔と手を拭き始めた。
男四人なら肉だねと、テーブルいっぱいに肉料理を並べられた。焼いた物、煮込んだ物、揚げた物、それにほんの少しの野菜と果物。
「さあ、どんどん食べて!」
「おお、美味そうだ」
「ですね」
クラウスとルカは、山盛りの肉に喜んでいる。体格のいいクラウスはともかく、どちらかといえば細身のルカは、見た目に反してよく食べる。どこにそんなに入るのか、いつも不思議に思う。
「俺、もうそんなに若くないから、もう少しあっさりした物が欲しいかも。あ、この果物の蜜煮、食べてもいい?」
ジグがメニュー表を見ながら追加注文をしている。
「いただきま―す」
僕も早速肉を頬張る。
「美味しい!」
「良かった! たくさん食べてね!」
女性が、片目を瞑りながら親指を上に立てる。町の食堂は、王宮とは違って食卓の距離が近い。王宮ほどマナーを気にしなくていいのも気安くていい。
「ああ、でも本当に酒はいらないのかい?」
「俺、こう見えて酒に弱いのよ。ありがとねえ」
ジグが申し訳なさそうに笑う。
「お気遣いありがとうございます。せっかくの美味しそうな料理をしっかり楽しみたいので、今日は遠慮しておきます」
ルカが目を細めて爽やかに断りを入れる。その笑顔に、女性が少し目を見開いて頬を染めて「あら、そう? じゃあ、ごゆっくり」と挙動不審になりながらテーブルを離れていった。仕方ない、ルカは美人顔だからね。
僕は未成年なので、酒は飲めない。他の国では、早くから慣れさせるところもあるようだが、僕の国では飲酒は成人してからと決まっている。
ルカも僕同様に未成年なので飲めない。クラウスは二十二歳で成人済みだが、護衛騎士が酔っ払っていては職務に影響があるとかで飲まない。なんとも健全な食卓だ。だから、飲まない分ひたすら食べる。
しばらく無言で食べ続けて、幾分腹が満たったところで、今日の出来事を振り返る。
「結局、あの洞窟って何だったんだろう」
「そうだねえ」
ジグが、塩で焼いた肉と果物の蜜煮を一緒に食べながら相槌を打つ。その食べ方は、美味しいのか? 隣でクラウスも少し引いている。
「……罠があって、魔蛇がいたなら、できたてのダンジョンといったところだろう。あとはダンジョン管理課とギルドが何とかするさ」
なるほど、ダンジョンか。そういえば最近読んだ冒険小説の中にダンジョンものがあったな。いわれてみれば確かに、あの洞窟はダンジョンに近い気がする。だとすれば、ボスがいるよな?
「魔蛇はボス?」
「リオン殿下、口に物を入れたまま喋らないでください」
「どうだろうねえ」
「どうでもいい」
「魔法で変えられた魔蛇って、どうなるんだろう?」
「「「さあ」」」
……三人ともあまり興味はないらしい。まあ、僕たちの役目は洞窟の調査であって、魔物の討伐ではないから仕方ない。
どうして王子である僕がこんなことをしているかというと、呪いのせいでもある。
僕にかけられている呪いは、いろいろ引き寄せる呪いである。良いことも悪いことも、面倒なことも、いろいろ引き寄せる。本当にいろいろ引き寄せる。いわゆる、トラブルメーカーである。
そんな僕が少しでも役に立つ方法はないかということで、未開発地などの調査を任じられた。父上曰く「未開発地なら被害額は知れているから」らしい。分かってはいても、少し傷つく。
「じゃあ、調査はもう終わり? 明日は王都に向けて出発?」
「そうなるな」
「道中も含めると二ケ月ぶりの王都ですね」
「帰ったらちょうど建国式典だな」
「あー、人が多くなるう。なら、帰り道で食材とか蓄えていこうよ」
ジグがあからさまに眉を下げている。
「ジグは人混み苦手だもんね」
「なんかね、酔っちゃうんだよねえ」
そんな話をしていたら、店の奥が騒がしくなった。どうやら、冒険者同士で喧嘩が始まったらしい。
「どうせ報酬の取り分で揉めているんだろう、よくあることだ」
クラウスが喧嘩を横目に肉を頬張る。クラウスは傭兵上がりの騎士だ。傭兵時代は、冒険者と一緒に仕事をすることもあったらしいから、揉め事の理由にも見当がつくのだろう。けれど、止める気はないらしい。
「できれば、外でやってほしいですね」
「派手になるようなら、店が憲兵を呼ぶだろ」
「若いなあ」
「ジグが年寄りくさい」
「だって、俺もう三十だからねえ」
テーブルにあった料理は、既に食べ終えている。三人とも、僕の引き寄せる呪いを心配したのか、巻き込まれる前に食堂を出て宿に向かうことにした。外はすっかり暗くなっていた。




