ジグの魔法と呪いの王子
「ひーっ!」
情けない声が出ても仕方ないだろう。今、僕と従者、護衛騎士、魔法つかいの前には、尋常じゃない数の蛇がいる。
怖い、というより気持ち悪い。なぜなら、蛇の目が全てハートマークになって、僕たちをロックオンしているのだから。
蛇は、忙しなく長い舌を出し入れしながら、僕たちとの距離を詰めてくる。
ちょうど蛇の長さ程度まで距離を詰めたところで、蛇の集団が僕たち四人に飛びかかってきた。
一匹一匹はそれほど大きくない。が、とにかく数が多い。僕は剣を持っていないから、護衛騎士のクラウスが僕を庇いながら大剣を振るう。
けれど、振り払っても、振り払っても、次々にやってくる。蛇の群れを大剣で捌きながら、騎士のクラウスが低く吐き捨てる。
「ちっ、鬱陶しいなっ!」
「まあ、俺たちを食べようとはしていないはずだから!」
魔法つかいのジグが苦笑いしながら、自分の杖で蛇を払う。従者のルカもダガーで応戦する。
「蛇に好かれても嬉しくないっ!」
「ひーっ!」
「リオン殿下、俺から離れるな! とにかく、この洞窟を出るぞ!」
騎士のクラウスが叫び、強引に道をこじ開けていく。
どこをどう通ったかわからないまま、何とか洞窟を転げるように抜け出し、僕たち四人はようやく息をついた。どうやら蛇の集団は、洞窟からは出てこないようだ。
「いやー、何とかなったね」
両足を投げ出して座る魔法つかいのジグが、肩で大きく息をする。
僕もジグの横で膝をつく。洞窟の中とは違う空気が、肺を満たす。三日ぶりの陽の光が眩しくも懐かしい。
「相変わらずおかしな魔法でしたが……何とかなったというのでしょうか……」
従者のルカが顔にかかった髪を払い、眼鏡の汚れを拭きながら、疲れと戸惑いを含んだように答える。
ルカが戸惑うのも無理はない。
ジグは、この国で一番の魔力を持つ魔法つかいだ。にも関わらず、自分の放つ魔法のコントロールができないのだ。それは技術的な話ではなく、本人にもどんな魔法が出るのかわからないという代物だ。同じ魔法つかいからは、ガチャ魔法なんて言われているらしい。
今回放った魔法は、人の三倍はあるだろう二匹の魔蛇を大量の小さな蛇(求愛つき)に変えるという、何とも微妙なもの。しばらく、蛇は見たくないかも。
「まあ、魔蛇二体よりはましだった……かもな」
騎士のクラウスは剣についた血を拭い、疲れたように溜息をつく。
クラウスは傭兵上がりの護衛騎士で、国内でも上位に入るくらいの実力を持つ。
そんな彼でも魔蛇二体となると、僕たちの戦力ではクラウスにかかる負担は大きかっただろう。僕の戦闘能力はミジンコレベルだし、ルカも元は暗殺者だから腕はたつが、相手が魔蛇では分が悪い。クラウスの負担は少なくない、というかとても大きい。
「そう? 今回はなかなかいい感じの魔法だったと思うけど? まあ、無事に帰ってきたんだし。終わりよければっていうじゃない」
「ちなみに、今回はどのような……」
「あー、今回は急だったから、あっち行け的な?」
「……」
どうして、あっち行けが大量の蛇になるの? ルカが黙っちゃったよ。
「……んんっ、そもそもはリオン殿下が罠に嵌ったからだしな」
理解することを放棄したクラウスが、残念そうに僕を見る。
「うっ、それを言われると……申し訳ない」
そう、どうして僕たちがこんな目に遭ったのかというと、最近発見された洞窟の調査で訪れた先で迷子になったのがきっかけだった。
どう進めばいいのかわからず、うろうろした挙句に何かの罠に嵌り、人の三倍はあるだろう魔蛇二体と遭遇してしまったのだ。応戦したものの追い詰められてしまい、何が発動されるかわからないジグの魔法に頼るしかなく、その結果が大量の蛇だった、というわけ。
「さすが、受難の王子ですね」
「ルカ、それ褒めてない」
「いえ、二つ名のとおりだと感心しただけですよ」
半目で僕を見るルカに、僕は口を尖らせ不貞腐れるが反論の余地はない。僕には隣国の魔法つかいにより、呪いがかけられているのだ。
隣国の魔法つかいは、生まれたばかりの僕に死に至る呪いの魔法をかけようとした。そこに居合わせたジグの魔法のおかげで、僕は死ぬのを免れたらしい。
ただ、放たれたジグのガチャ魔法は、呪いそのものを消すことはなかった。
「まさか、死に至る呪いが、いろいろ引き寄せる呪いになるとはねえ」
シグが困ったように笑う。
おそらく罠に嵌ったのも魔蛇に出くわしたのも、その呪いの影響だと思う。洞窟へ入る時に、何となく嫌な予感はしたんだよね。
でも、ジグのおかげで僕は生きていられるのだから、彼には感謝している。多分。
「今回は、ちょっとヤバかったね」
「引き寄せの呪いで良い結果的を生むこともありますが、トラブル率が高いのは、リオン殿下の素質ですよね」
「ルカ、さりげなく僕を下げてるでしょ」
「いえ、そんなことは全く」
ルカは、僕より二歳年上の従者だ。ただ、僕の呪いのこともあって、普通の従者では駄目だろうと、父の手駒から選ばれた。僕とそんなに年が変わらないのに、器用に何でもこなすし、何より十人中十人が振り返るほどの美少年だ。が、その顔に騙されてはいけない。
「あはは、二人とも楽しそう」
「「そんなことはない」です」
ジグが僕とルカを見て笑う。呼吸が落ち着いたのか、立ち上がって服についた土を払った。
「腹減ったな」
ジグが動いたのを見て、クラウスが呟く。そういえば、洞窟に入ってから三日くらいまともな食事をしていない。そう気づいたら、急に僕も空腹を感じてきた。でも、体中が土埃でひどいことになっているので、風呂にも入りたい。
「俺はできれば先にお風呂入りたいなあ」
「まずは、ギルドで報告でしょう」
「……そうだね」
ジグの提案に、ルカの正論が刺さる。
「報告と合わせて素材の買取もお願いしようと思います」
「素材?」
「先ほどの戦闘で魔蛇の鱗を手に入れたので、売ろうと思いまして」
魔蛇の鱗は、持っているとお宝獲得率上昇の効果があるらしく、冒険者にそこそこ需要がある。僕は王族だし、三人とも高給だからお金に困ることはないのだが、ルカはこうやってマメにお金を稼いでいる。
「いつのまに」
「ジグ様が魔法を使う前に少しだけ手に入れました」
ルカが魔蛇の鱗を取り出す。掌の大きさの鱗が十枚ほどあろうか。「これで、今日の宿代が浮きます」なんてルカがニンマリしている。宿代は経費で落ちるはずだけどね。ていうか、みんなが必至な時に何やってんの。
ルカの横で、クラウスが少し不服そうな顔をしている。ああ、早くご飯食べたいんだね。




