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第五章 八人目

夜になった。


国道沿いの路地を三つ曲がった。古いアパートの鉄の階段を上がる。二階の一番端の部屋。


電子ロックの赤いランプは消えていた。銀色の鉄の扉が、指一本分だけ開いている。


悠真は扉を押した。


重い空気が溢れ出した。電子機器の冷却ファンの匂い。プラスチックと金属と酸化した銀の匂い。四畳半。壁も床も天井も黒い。机の上に青白いモニター。二つのスピーカー。MDデッキ。そして白い陶器の骨壺。


響子は机の前に座っていた。振り返らなかった。白いコートは黒い吸音材に溶け込み、背中の輪郭だけが浮いていた。


悠真はポケットからMDと、布に包んだ喉仏を取り出した。喉仏はまだ温かかった。四百度の熱が、半日たっても抜けていなかった。


机の上に置いた。


響子がそれを見た。白い指で、布を解いた。


黒い炭化した肉に包まれた第二頸椎。赤く熱を保ったまま、机の黒い表面に微かな影を落としている。


響子が指先で触れた。


瞬間、指の腹が赤くなった。


「痛い」


指は離れなかった。白い指が炭化した肉に食い込んでいる。肉が微かに震えている。


――らん、らん、ポコポコ。


響子はMDをデッキに入れ、再生ボタンを押した。


ノイズの中から、子供たちの声が立ち上がる。


――ひのこの なかで わらいましょう。


机の上で喉仏が震えた。黒い肉が微かに剥がれ、白い粉が落ちた。骨の粉。いや、絵具の繊維。


モニターの青白い画面に、波形が立ち上がった。七つの山。七人の子供の声。その下に、もう一つ、低く盛り上がる山があった。


響子は白い指で、八つ目の山をなぞった。


何も言わなかった。


響子はヘッドホンを耳にかけた。耳を完全に覆う、密閉型の黒いヘッドホン。外の音を遮断し、ただ中の音だけを聴く。


「聴こえるわ」


響子の耳朶から、血が一筋、滴り落ちた。


白いコートの襟に染みができた。響子は気づいていない。いや、気づいている。気づいているから笑っている。微かに。恍惚として。


血の中に、白い繊維が混じっていた。


「やめろ」


悠真が言った。


響子がこちらを向いた。


「いいのよ」


響子は喉仏を持ち上げた。


悠真は止めなかった。止める言葉を、舌が上顎に貼りついたまま、出せなかった。


「お前はもう喰われている」


それだけ言えた。


「喰われてるわ」


響子は、喉仏を自分の喉に当てた。


冷たい白い皮膚に、赤黒く熱を帯びた骨が触れた。


ジュッ。


脂の焦げる音。皮膚が焼ける音。響子の喉に、赤い火傷の痕が円を描いた。喉仏の形で。第二頸椎の形で。


響子の目が潤んだ。しかし、その口元は笑っていた。痛みに笑っていた。


喉の皮膚の下で、二つの骨が重なった。骨と軟骨が擦れ合う微小な軋み音。カリッ。カリッ。カリッ。


響子の口が開いた。


――ひのこの なかで わらいましょう。


響子の声ではなかった。甲高い。澄んだ。七歳の子供の声。


悠真は机に手をついた。


モニターの光が手の甲を染めた。波形が狂ったように踊っている。八つの山。その中で、最も高く盛り上がる九つ目の山。


悠真の声だった。


十年前の、悠真の声。


響子はそれを指さなかった。ヘッドホンを外し、机の上に置いた。それから、喉に手を当てたまま、じっと悠真を見た。


何も言わなかった。


悠真は、気づくと骨壺を抱えていた。


なぜ抱えたのか、分からなかった。響子が立ち上がった。喉仏が、歩くたびに微かに鳴った。


扉を出た。


鉄の階段を下りた。霧が出ていた。


向かいのアパートの窓が、一つ、音もなく開いた。


誰も顔を出さなかった。


どこかで犬が吠え始めた。別の犬が応えた。やがて路地じゅうの犬が、同じ方角に向かって吠え始めた。


静寂苑の方角に。


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