第69話:ろくでもない父親~ローレティエン公爵視点~
「旦那様、どうか少しお休みください。このままでは本当に、あなた様のお体が持ちません。もう十分領地も潤っております、いつお坊ちゃまに爵位をお譲りになっても問題ないくらいに」
「いいや、まだだ。サレオが少しでも豊かな生活が送れるようにするためには、まだ領地改革を進める必要がある。あの子には、随分苦労させてしまったから。ろくでもない父親の私にできる事は、それくらいだからな。
それに…私がいなくなれば、この屋敷の空気ももっと良くなるだろう。もしかしたら、サリーも…いいや、何でもない」
サリー、私が口にする事すら許されない程酷い事をした。最愛の人、マリアを奪った憎い女、一体どうしたらそんな発想になったのだろう。
サリーが悪い訳ではない、マリアがどれほどお腹の中にいたサリーを愛していたか、そして生まれてくることを待ち望んでいたか、誰よりも知っていたのに。マリアが命を懸けてでも守り抜いた命、サリーを私はあろう事か殺そうとした。
あの子の絶望に満ちた目を、今でもはっきりと覚えている。自分の娘を、愛するマリアの忘れ形見を、自らの手で消し去ろうとした恐ろしい男なのだ。
もう二度と、サリーに会う事はないだろう。あの子はもう、私の娘でも何でもないのだから。あの子だけではない、息子のサレオにも冷たく当たった。母を求めて泣くサレオを、怒鳴りつけたこともあった。
必要以上の関りを持たずに、いつもイライラをサリーとサレオにぶつけていた。そのせいか、サレオは誰よりも私の顔色を伺う子になってしまった。あんなにも素直で優しかったサレオの心をも、私が壊してしまったのだ。
私は父親失格だ。いいや、父親だけではない、夫としても失格だろう。最愛の妻、マリアの最期の願いすら聞き入れてやれなかったのだから…
子供たち2人とも不幸にし、あろう事か娘を殺そうとした私を、きっとマリアは憎んでいるのだろう。親の愛情も知らず、どんどん不幸になっていく子供たちを、マリアは一体どんな思いで見つめていたのだろう。
全て私のせいだ。
とはいえ、いくら後悔しても、もうどうにもできない。私は家族を不幸にし、この家から笑い声や家族の団欒を奪ったのだ。
どうしようもない父親など、早く消えた方がいいだろう。だがせめて、この家を継いでくれるサレオにだけは、これ以上苦労をさせたくはない。あの子が爵位を引き継いだ時、少しでも苦労をしない様に、今領地改革に力を入れている。
私が出来る、サレオに対するせめてもの罪滅ぼしだ。
もうサリーには何もしてやれない、だからせめて、サレオにだけは…
次の瞬間、猛烈な胸の痛みに襲われた。またか…最近頻繁に起こるようになった胸の痛み。あまりの痛みに、うめき声をあげながらその場にうずくまる。
「旦那様、大丈夫ですか?すぐに薬を…」
「…いいや…薬は飲まない…これは私に…与えられた罰だ…それに放っておけば…落ち着く」
散々サリーに痛みや苦しみを与え続けた。4年もの間、ジョージ殿下に魔力を提供する事を強要した。あの子の顔色がどんどん悪くなり、ガリガリに痩せていく姿を見ても、何もしなかった私が、この程度の痛みから逃げるなんてことは出来ない。
サリーの痛みに比べたら、これくらい痛みとすら呼べないだろう。
これから先、ずっとこの痛みに耐え続ければ、少しはサリーの痛みが分かるだろうか?亡くなってからもずっと苦しんできたであろう、マリアの痛みに少しでも近づけるだろうか?
分かっている、私が苦しもうがどうなろうが、2人にとっては知った事ではない事くらい。それでも私は、この苦しみを受け入れたいとすら思ってしまうのだ。もちろん、自己満足以外何物でもないが…
それにしても、今日は特にひどいな。痛みが治まるどころか、どんどん酷くなっていく。このまま命を落としてしまったら、まだ準備が万全ではないサレオが急遽公爵を引き継ぐことになる。そうなったら、サレオにいらぬ苦労をかける事に…
それはダメだ。だが、薬だけは飲みたくない。
大丈夫だ、そのうち治まる。じっとしていればきっと…
「旦那様、症状がいつもより酷いです。お願いです、どうか薬をお飲みください」
必死に執事が訴えかけてくる。
だが…
「君にも…苦労をかけてすまない…だが…薬を飲むことはできない…すまない…」
悲しそうな執事に、そう伝えたのだった。




