第66話:お父様の事
「サリー、君のせいで父上の人生が滅茶苦茶になった訳ではない。父上は自らの手で自分の人生も、サリーの人生も滅茶苦茶にしたのだよ。本来母上が命を懸けて守った大切な命を、父上は蔑ろにした。
だから今父上がどうなっていようと、君が心配する必要はないよ」
「お父様が私の人生を滅茶苦茶にした…確かにそうかもしれません。ですがお父様もきっと、お母様を失って辛かったのでしょう。その事だけは、理解できますから」
もしもルーカス様を失ったら、私も辛くて気が狂いそうになってしまうかもしれない。自分の命を懸けてでも守りたいほど、大切な人。そんな人を失ったら、きっと私も…
「お兄様、私はもう1人ではありません。だからどうか、お父様の事を教えてください。それに私には、知る権利があるでしょう?お願いします」
お兄様に向かって頭を下げた。
しばらく考え込んだ後…
「分かったよ、君がそこまで言うなら…父上はサリーがこの国を出た後、初めて俺と一緒に母上の部屋に足を踏み入れたんだ。この15年、父上は未だに母上の死を受け入れられていなかった。だけれど、今回叔母上が来た事で、何か父上も思う事があったのだろう。
母上が亡くなって初めて部屋に入ったんだ。部屋に入ると、そこには生まれてくるであろうサリーの為の小さな服が、いくつも準備してあった。どうやら母上が、サリーの為に服を自ら作っていた様だ。
その服の中には、母上とお揃いのものもいくつかあった。母上はサリーと同じ服を着るのが、夢だった様でね。
そして机の上には、この日記が置いてあった。母上がずっとずっと手に取って欲しいと願っていた、母上の最期の言葉が託された日記が。
その日記を読んだ父上は、その場で泣き崩れていたよ。何度も何度も、サリーと母上への謝罪の言葉を述べていた。自分が母上の為にと思ってやっていた事は、実は母上を苦しませていたのだからね。使用人の話では、三日三晩母上の部屋で泣き続けていたそうだよ。だけれど4日目の朝、部屋から出てきた父上は、今まで以上に黙々と公務をこなすようになった。
さらになぜか、俺にやたらと話しかけてくるようになったんだ。今まで俺の事なんて興味がなかったのに、急に時間を見つけてはお茶をしようと言って来たり、一緒に狩りに出たいと言い出したり。
まるで人が変わったように、俺との関りを求めてくるようになったんだ。きっと今まで父親らしいことをあまりしてこなかったから、今からでもと思ったのかな…
それから…」
お兄様が言葉を詰まらせた。何か私に言いにくい事があるのだろう。
「お兄様、私の事は気にせず、全てを話してください。どんなお話でも、受け入れますわ」
ここまで来たのだから、全てを知りたい。そんな思いで、お兄様に訴えた。
「実はね、父上はどうやら病気にかかっている様なんだ。精神的なダメージに加え、食事もろくにせず、寝る時間を削って仕事をしていたから…
使用人の話では、かなり体が弱っている様で、このままの生活を続けたら、後半年程度しか持たないと言われているそうだよ。医者が必死に訴えても、全く聞く耳を持たない様なんだ。
その上、病気の事は俺には絶対に知らせるなと言っている様で…きちんと治療を受ければ、治る病気らしいんだけれど。本当に困った人だ」
「お父様が、病気…」
「そんな顔をしないでくれ。本人が治療を拒んでいるのだから、俺たちにはどうしようもない事だよ。そうそう、父上からあるものを預かっていてね。
父上もサリーが受け取ってくれないなら、無理に渡さず持って帰って来てもいいと言っていたから」
お兄様が小さな箱を、机の上に置いた。ゆっくりと手を伸ばし、箱を手に取る。中を開けると銀のブローチが入っていた。真ん中にはローレティエン公爵家の家紋が彫られ、その周りにはサファイアとエメラルドが交互にはめられている。
さらにブローチの下部には、私が生まれた年月が刻まれていた。これは一体…
「ローレティエン公爵家では、子供の誕生を祝い、子供にブローチを贈る習慣があるんだ。俺も生まれてすぐに、両親にプレゼントされた。どうやら父上は、生まれてくるサリーの為に、このブローチを準備していた様なんだ。でも、色々あって、結局渡すことが出来なかった。
正直今更こんなものを渡されても、迷惑なだけだろう。君がいらないというのなら、このまま持って帰るよ。ただ…少なくとも父上は、サリーの誕生を楽しみにしていたのではないかな…だからこそ、生まれる前に、既にブローチを準備していたのだと思うよ」
お父様が、私の誕生を楽しみにしていた?我が国では、10年前に既に銀の発掘が禁止され、流通しなくなった。その為このブローチは、少なくとも10年以上前に作られたものだ。
お兄様が言う通り、お父様は私の為にこのブローチを準備してくれていたのだろう。




