第63話:母の願い
ノートには、私が生まれる前の日付でびっしりと文字が並んでいた。
“今日は初めて、おなかの赤ちゃんが動いた。元気に育ってくれているみたいで、とても幸せ。サレオも嬉しそうに私のお腹を撫でていた。サレオはあの人に似て、とても優しい子。きっとこの子の事も、可愛がってくれるはず”
“今日は久しぶりに、マーガレットに会った。マーガレットは一足先に、王子殿下を生んだ。陛下に似て、とても可愛かった。もし私のお腹の中の子が女の子だったら、お互いの子供を結婚させたいね、なんて話をした。
でも…
ごめんね、マーガレット。もしこの子が女の子だったとしても、ジョージ殿下には嫁がせたくはないの。王妃になるためには、殿下に魔力の提供をしなければいけない。それがどれほど辛い事か…
この子には、そんな辛い思いをして欲しくない。痛い思いも苦しい思いをして欲しくない。だからごめんね、親友として最低だよね。それでも私は、この子を守りたいから…
それでもこの子が、殿下を愛しどうしても彼の傍にいる事を選んだら、その時は…きっと辛いけれど受け入れないといけないのだろう。
でも、やっぱりこの子には、辛い思いはして欲しくないな…“
その日記には、お母様の本音と葛藤が記されていた。
「お母様は、私を王妃にしたかったわけではなかったのですね…」
お父様はずっと、お母様の最後の願いだからと、私を王妃にする事に躍起になっていた。でも、当のお母様は、私を王妃にする事を望んではいなかった。
ただ私の幸せだけを、願い続けてくれていた…
さらにページをめくる。
“臨月に入った。おなかの赤ちゃんは、元気に今日も動いている。もうすぐこの子に会える、それが嬉しくてたまらない。お腹の子は女の子だと、お医者様に教えてもらった。2人で悩んで、名前もサリーに決めた。サリーの為に、たくさん服も準備した。
大きくなったら、お揃いのドレスを着たい。一緒にドレスをデザインして、お茶をして。考えただけでワクワクする。早く会いたいな、私の可愛いサリー“
「私もお母様と一緒に、お揃いの服を着たかったです。お母様と一緒にドレスをデザインして、お茶を飲んで。それから、たくさん話をしたかったです」
ノートを強く抱きしめた。
出来る事なら会いたい、お母様に会いたい。そんな思いが一気にあふれ出す。そして、最後のページに手をかけた。
すると…
暖かい光が一気にあふれ出す。透けたお母様が浮かび上がったのだ。これは、魔法?
“あなた、サレオ、サリー、どうやら私の命はもう尽きる様です。サレオ、サリー、ごめんね。傍にいてあげられなくて。あなた、どうかこの子達を頼みましたよ。
私の分まで、沢山愛してあげて。私はずっと、傍で見守っているから…“
そう言うと、スッと消えてしまった。
これは…
命を落とす寸前、全魔力を何かに乗り移らせて、残された家族にメッセージを残すことがあると聞いたことがある。どうやらお母様は、もう自分の命は持たないと気が付いて、とっさにこのノートに自分の持つ魔力を込めたのだろう。
残された私たちが、前を向いて歩けるように。
最後までお母様は、私たち家族の事を思っていた。私達家族が、幸せに暮らせることを願って、亡くなった。
きっとお兄様は、この日記を見たのだろう。お母様の最後の願いも…
結局私たち家族は、お母様を亡くなった後も苦しませていたのだろう。私はずっと、自分が我慢すればいいと思っていた。私さえ我慢すれば、全てがうまくいくと。
でもその傍で、ずっとお母様は泣いていたのだろう。ずっと辛かった、ずっと孤独だった。でも私が苦しんでいた以上に、お母様もずっと苦しんでいた。必死に叔母様に助けを求めたほどに。
「お母様、16年もの間、苦しませてごめんなさい。私、もう悩みません。お母様の為にも、何よりも自分の為にも、絶対に幸せになります。だから今度は、私が幸せになる姿を、どうか見守っていてくださいね」




