第60話:もう逃げません
すっと立ち上がり、部屋の扉に向かって歩き出す。
「お嬢様、どこに向かわれるのですか?いけません、ルーカスお坊ちゃまも、部屋から出てはいけないとおっしゃられていたでしょう。とにかく、お部屋でゆっくりとお過ごしください」
必死に使用人が止めに入る。
「皆、心配をかけてごめんね。でも私、もう逃げたくないの。今までずっと、家族から逃げてきた。彼らとぶつかる事を避け、ずっと逃げてきたの。この国に来て、初めて家族の温もりを知ったわ。
だからもう大丈夫。お兄様がなぜここに来たのか、私にも知る権利があると思う。だからお兄様の話を、聞いてくるわ。大丈夫よ、私には叔父様や叔母様、ルーカス様が付いているのですもの。もう1人ではないから」
そう、もう1人ではない。私を家族として受け入れ、守ってくれる人たちがいる。だからもう大丈夫。お兄様も怖くはない。
ゆっくりと部屋を出る。まだ外にいるのかしら?そう思い、ゆっくりと歩き出す。
その時だった、ルーカス様の声が聞こえた。声の方に向かう。
「叔母上、どうしてこんな男を、屋敷に招き入れるのですか?この男は、サリーを散々傷つけた男ですよ!実の妹を傷つける様な非道な男、この屋敷に入れる必要なんてない。さっさとお引き取り下さい」
「ルーカス、落ち着いて。サレオも何か理由があって、我が家を訪ねてきたのよ。ミレンズ王国からここまで、丸2日かかるの。このまま帰す訳にはいかないわ。話だけでも聞いてあげましょう」
「そうだぞ、ルーカス。君の気持ちもわかるが、丸2日かけてここまでくるほど、伝えたい事があって来たんだ。それにもう日も沈みかけている。今日はここに泊まってもらおう」
「叔父上まで、何を考えているんだ。この男をこの屋敷に泊めるのでしたら、僕とサリーはホテルに移動します。こんな男が屋敷にいたら、サリーが安心して休めない。すぐにサリーを連れて、屋敷を出ます。君たち、すぐに準備を」
クルリと反対側を向いたルーカス様が、その場を後にしようとしている。
「待って、ルーカス」
「ルーカス様、お待ちください」
いてもたってもいられず、声をあげる。その瞬間、皆の視線が一気に私に集まった。
「サリー、どうしてここにいるのだい?部屋から出ない様にと、伝えてあったのに。大丈夫だよ、君をあの男と接触させるつもりはないから。すぐにホテルに避難しよう」
「お待ちください、ルーカス様。私も知りたいのです。なぜ兄が、わざわざマレリス王国にまでやって来たのかを」
お兄様がわざわざ丸2日もかけて、この国に来た理由が知りたい。もしかしたら、私がこの国で幸せに暮らしている話を聞いて、文句を言いに来た…なんて事もあるかもしれない。
でも、それならそれで、素直に受け入れるつもりだ。
「サリー、君は何を言っているのだい?君が自国でどれほど家族に酷い事をされたのか、分かっているのかい?これ以上サリーを傷つけられたら、僕は…」
「確かに私は、自国で家族から愛されずに、虐げられてきました。でも今は、叔父様も叔母様もいてくれる。それにルーカス様も。私にはたくさんの味方がいるのです。だから平気ですわ。
お兄様の話を聞く間、ずっと私の傍にいて下さいますよね?」
「もちろんだ、あの男が君に何かしない様に、僕が傍でしっかり見張るよ」
「それなら尚更安心ですわ。私には心強い味方が、たくさんおりますから」
ルーカス様に向かってほほ笑んだ。あなたはこんな時も、ずっと傍にいて下さるのですね。あなたの存在が、私を強くしてくれる。あなたがいてくれるだけで、私の心は安心する。
伝えたい、この思いを…
でも今は、お兄様の話を聞くのが専決だ。
「ありがとう、サリー。サレオ、あなたも疲れているでしょうけれど、あなたがこの国に来た理由を話してくれるかしら?とにかく、客間に行きましょう」
叔母様が俯くお兄様を促し、皆で客間へと移動した。




