二話
冷たい夜気の中、動いている2つのヘッドライト。
眠ったかのように静まり返った街中を、1台の車が進んでいた。
あれから待つこと十数分、手配された車に乗り事務所へ向かっている。
車の窓に、自分の顔が映っている。
ぼんやりと眺めながら、さっきまでの光景を思い返そうとして――やめた。
代わりに、鼻の奥に残る匂いだけが、やけに鮮明だった。
血の匂いだ。
あれが現実だったことを、それだけが無言で突きつけてくる。
目を逸らすように、外を見る。
不自然なほど人がいない。
車も、灯りも、どこか遠い。
「この辺りは結界の内側です」
隣から静かな声。
「本来、人は寄り付かなくなります。……行こうという発想自体なくなります」
東雲さんは窓の外を見たまま話す。
「今回の範囲は公園を中心に、大体1kmくらいです」
「……結構あるんですね」
あのときの感覚を思い出す。
行こうとして、やめたくなった。
理由のない拒絶。
けれど足を踏み入れた途端――それは消えた。
「公園で話した通りよく分からないかな。最初に感じた嫌な感じはもうないですし、今はもう普通というか……」
「そうですか……」
それだけ返して、彼女は視線を落とした。
それ以上は続かない。
沈黙が落ちる。
逃げるように、窓へ視線を向けた。
気が付けば、街中に人影が戻っている。
見慣れた駅前。
いつもの風景。
――日常だ。
そう思った途端、逆に実感が遠のく。
さっきの出来事だけが、異物のように浮いていた。
……見なかったことにする。
それが一番楽だ。
けど。
多分無理だ。
見てしまったという事実は消えない。
あの存在が一匹だけとは思えないし、対抗する組織がある時点で答えは出ている。
今回は、たまたま助かっただけに過ぎない。
次も同じ結果になるとは限らない。
誰かが来てくれる保証なんて、どこにもない。
それどころか。
今はもう、結界に何も感じなくなっている。
もし気が付けなかったら。
もしそのまま通り過ぎたら。
――言葉にすると、現実になりそうでやめた。
喉の奥が、少しだけ乾いた。
「そういえば聞いておきたいことがあるんですけど……」
気を紛らわせるように口を開く。
「所長さんってどんな方なんです?」
「……」
一拍、間があった。
「答えにくい内容なら、あれなんですけど」
「いえ、そういう訳ではないんです。ただ、ちょっとなんて言えばいいか分からなくて」
俺の問いに対し東雲さんは少し困ったような表情を浮かべた。
もしかして聞かない方が良かったかな?
そんな風に思っていると、彼女は小さく息を吐き口を開く。
「一言で言うなら……恩人ですかね?」
「恩人?」
「はい、私がまだ子供の頃の話なんですが……」
そこから東雲さんの口から語られる話は、とても痛ましいものでだった。
何でも、彼女の両親は化け物に襲われ亡くなってしまったらしい。
そして、そういった事情を知っている孤児院に預けられていたところを所長が引き取り育ててくれたとかなんとか。
だから、あの人は親代わりみたいなものです。
そう語る彼女の瞳にはどこか寂しさが感じられた。
だが急に表情が変わり、今度は怒りのようなものが見える。
「ただ! あの人はいつも適当で、タバコを吸うわ、お酒ばっかり飲むわでだらしがないんですよ!」
「そ、そうなんだ」
「この間だって書類を期限までに送らないなんて当たり前ですし、むしろ切れてからが勝負だとか言ってたんですよ!?」
怒涛の勢いで愚痴が飛んでくる。
やれ口が悪いだの、わざと難しい言葉で煙に巻いてくるだの、機械のことでからかってくるだの。
思っていたより、結構人間臭いところがある人らしい。
もっととんでもない人物かもしれないと考えていた。
だが、俺としてはその方が話をする上で有り難いと思う。
それに、東雲さんがここまで言える人だ。
きっと悪い人ではないだろう。
「……すみません、つい熱くなってしまいました」
「いや、質問したのはこちらですし、教えてくれてありがとうございます」
「いえ、こちらこそすいませんでした。それで……えっと、他に聞きたいことってありますか?」
「本当はさっきの化け物のことを聞きたいんだけど、多分所長さんから話になるんですよね?」
「はい、恐らくは」
「じゃあとりあえず大丈夫かな……。また後で色々質問させてもらうことになるかもしれないけど」
「わかりました。所長からのお話が終わったら質問してくださいね」
そう言うと、東雲さんは再び視線を前に向ける。
「はぁ……」
小さくため息を吐き外の景色をぼーっと眺める。
いつも見慣れているはずなのに、今日に限っては別世界のように見えた。
「着きましたね。行きましょうか」
ふと声をかけられて我に帰る。
いつの間にか事務所の前に到着していたようだ。
運転手さんにお礼を言いながら降りている東雲さんに着いて慌てて車から降りる。
「……え?」
そこは地元でも有名な神社だった。
事務所、という言葉から想像していたものとは少し違う。
「――ふぅ」
東雲さんが軽く息を吐き、何か覚悟というか気合を入れている。
数瞬の後、こちらへ振り向いた。
「では、所長のところへ案内します。着いてきてください」
言うが早いか、東雲さんは神社の敷地内へと入って行く。
そのまま歩き進む東雲さんに、慌てて付いていった。
大きな石造りの鳥居は年季が入っているもののしっかりとしており、安心感のようなものを感じる。
境内は隅々まで掃き清められ、木々に囲まれた空気は澄みきっていた。
中央の池に架かる橋を渡り、少し進むと社務所が見えてくる。
その入口で東雲さんが足を止め、振り返って言った。
「この中にいらっしゃいます」
「…………ここ?」
事務所と聞いていたから、てっきりビルみたいなものを想像していたんだけど目の前の建物からはそんな雰囲気は全く感じられない。
というよりも、ここって毎年地元の人達がお守りを買うときに来ている場所なんじゃないか?
俺の言葉に東雲さんがこくりと小さくうなずく。
「はい。こちらです」
そう言って中に入っていく東雲さんの後に続いた。
中に入ると広い玄関が広がっており、靴を脱いで上がりこむ。
なんと言うか、拍子抜けしてしまった。
もっとこう、怪しげな事務所とかに連れて行かれて尋問されたりするのかと思ってたけど、そういう感じではないらしい。
そんなことを考えながら進んでいると奥の部屋の前で東雲さんが立ち止まる。
「ここです」
そう言いながらコンコンとノックをする東雲さん。
「開いてるわよ」
室内からの返事と共に扉を開けると、そこにはソファーで寛ぐ女性が1人。
彼女は煙草を指に挟んだまま、こちらを見るなりニコッと微笑んできた。
「おかえりなさい、有栖。そして、ようこそ。歓迎するわよ、黒須 凪くん」
「只今戻りました」
「は、初めまして。えっと、その……」
「あー、別に緊張しなくていいのよ。とりあえず座りなさいな」
そう言われて、東雲さんと一緒に対面の席に着く。
こちらを見るなり―― 一瞬だけ、表情が消えた。
「ふーん」
所長は煙草をくゆらせながら、微笑む。
「なるほどね」
まじまじと見つめられるのは、なんだか居心地が悪い。
思わず目を逸らしてしまうが、彼女は気にした様子もなく口を開いた。
「あぁ、ごめんなさいね。別に悪気が有るわけじゃ無いの」
「はぁ……」
「そうねぇ……。うん、君面白いわね」
まるで何かを測るような目で、所長はそう言った。
「……?」
何がだろうか。
首を傾げていると、彼女は笑みを浮かべたまま口を開く。
「いえ、こっちの話だから気にしないでちょうだい。それよりも自己紹介がまだだったわね。私は桂木 葵。この事務所の所長をしているわ」
彼女の言葉を聞きながら、俺は呆然とするほかなかった。
……えっ? 今、何と言った?
所長……? あの怒鳴り散らしていた?
「――は?」
「んー? 聞こえなかったかしら。所長の桂木 葵よ、黒須 凪くん」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
先程まで怒鳴っていた人物と、目の前の落ち着いた女性が結びつかない。
「えっと、すみません。ちょっと混乱してまして……」
そう言うと、彼女は不思議そうに首を傾げる。
「まぁ、いいわ。とりあえず座りなさいな」
言われるままにソファへと腰掛ける。
その対面には先ほどの女性――所長が座った。
「改めて自己紹介するわね。私は桂木 葵。ここの所長をやっているわ。ついでに言うと、ここは神楽インダストリーという会社の事務所よ」
言葉が出なかった。
まさか、こんなところであの大企業の名前を聞くことになるなんて。
「ふふふ、驚いているみたいね。まぁ無理もないわ」
「いやまぁ、そりゃ驚きますよ……」
「ちなみにだけど、うちの会社の事はどれくらい知っているのかしら」
「えっと、確か色々やってる会社だってことは知ってるんですけど……」
そう。本当にいろいろやっている。
家電製品から食料品の製造・販売。スマホアプリからシステム開発。はてには引越し業や冠婚葬祭系まで。
なんなら今、自分が働いている会社もその系列だ。
多分、知らない人の方が少ないんじゃないだろうか。
「ふんふん。まぁ間違ってはいないわね」
「それで、どうして俺はここに呼ばれたんでしょう」
「うーん、そうねぇ。一言で言うと勧誘、かな」
「勧誘……ですか」
「えぇそう。君、うちで働かない?」
「――えっと、どういう意味ですか?」
「そのままの意味よ。うちに来ないかって誘っているの」
「はぁ……」
「アレを知った以上、巻き込まれる可能性は高いわ。それとも、知らなかったことにする? 」
「……」
魅力的な話だった。
少なくとも、今の仕事に強い未練があるわけじゃない。
――ふと、引っかかった。
何故自分なんだろうか。
口止めくらいは覚悟していた。
けれど、まさか勧誘されるとは思っていなかった。
「――いくつか質問してもいいですか」
「ええ、いいわよ」
「あの化け物は一体なんなんですか? 」
あの時見た、巨大な白い姿を思い出す。
あれは明らかに人知を超えた存在だった。
あんなものが世に存在していると思うとゾッとする。
だからこそ、聞いておかなければならなかった。
「そうねぇ。アレが何なのか、か……。いいわ。今、話せることを教えてあげる。有栖、ちょっと温かいの淹れてきてくれない? 」
「分かりました。少し待っていて下さいね」
そう言って東雲さんは給湯室らしき方へ向かっていく。
その姿を見送った所長は新しい煙草を手に持ち、火を付けながら言葉を続けた。
「まず、あの化け物の名称なんだけど、あれは魂喰と呼ばれているわ」
「魂喰?」
聞きなれない言葉だ。
いやそれ以前に、現実離れした単語に思わず問い返してしまう。
だが彼女は特に気にすることなく言葉を続けた。
「――そう、魂喰。遥か昔から存在するとされるもので、人間の魂を喰らうの」
だから魂喰っていうのよ。安直でしょ?
煙を吐きながら続ける。
「力のない人間には見えないの。何も見えないまま、気付かずに喰われる」
「……」
「でも、あなたは見えた。見えてしまった。しかも結界にも入れてしまった。」
煙を細く吐き出す。
「偶然だと思う? あなたも頭では分かっているんじゃない? 次は無いって。」
そこまで語ったところで一度、言葉を切りこちらを見る。
それは……そうだ……。
助けが来なかった未来の光景が、鮮明に脳裏をよぎった。
ここへ向かう途中ですら、張られていた結界に対して何も感じなかった。
結界に対して違和感を持てなくなったとき、待っているのは死だ。
誰にも気づかれないまま、何かに喰われて終わる。
守ってくれる人なんて――いない。
「でもね」
灰皿に煙草を押しつけながら、所長は言う。
「あなたなら大丈夫よ。」
「……大丈夫? 」
「もちろん確証はないけどね。でも、さっき言ったように普通は結界内に入ることは出来ないし、魂喰だって見ることは出来ない」
だからまた巻き込まれる可能性があるんだけど、と笑いながら話す。
「普通じゃないってことは、あなたには何かしらの素質がある。少なくとも、あの状況で動けた。それだけでも十分よ」
そう話しながら新しい煙草に火をつけている。
「だから、私はあなたをスカウトしたの。今回みたいに襲われても守れるように、ね。あとは、あなたが望むかどうかよ」
「……」
「勿論、強制はしないわ。私はあなたをどうこうするつもりはない。どう生きようがあなたの自由。好きにすればいいと思うわ。ただ、せっかく助かった命なんだから私はあなたに死んでほしくない。きっと有栖もそう言うでしょうしね」
そう言いながら優しく静かにこちらを見つめている。
その目は真剣そのもので嘘偽りの色は見えなかった。
部屋が静まり返る。
自由だと言われた。
だが、それは同時に選べということだ。
逃げることもできる。
何も知らなかった日常に戻ることも。
でも。
助けが来なかった未来は、もう想像してしまった。
目を閉じる。
胸の奥で、小さく何かが灯る。
怖さは消えていない。
それでも。
「……教えてください」
顔を上げる。
「私に出来ることを」
真っ直ぐに見つめ返す。
覚悟は決めた。
そして、そんな俺の答えを聞いた彼女は満足そうに微笑むのだった。
湯気の立つマグカップをトレイに乗せた東雲さんが戻ってきた。
「お待たせしました」
そう言って、少しだけ申し訳なさそうに笑う。
「いつものココアが切れちゃっていて、コーヒーですけど大丈夫ですか? 」
俺はそれに笑顔を浮かべて、ありがとうございますと答える。
安心したのか、東雲さんは自分のマグカップを持ってソファの隣に座ってきた。
温かい良い香りが立ち上ってくる。
「なんだ、ココアじゃないの……」
「……所長は黙って飲んでください」
即答だった。
さっきまで怯えていた人物と同じとは思えないほど、きっぱりしている。
その様子に、思わず笑いそうになるのをこらえながらマグカップを手に取った。
指先に、じんわりとした温もりが伝わる。
一口飲むと程よい苦みが広がり、疲れていた身体に染みるようだ。
思わずため息が出る。
「……美味しい」
思わず漏れた言葉に、東雲さんがほんの少しだけ嬉しそうに目を細める。
「良かったです」
そう言ってから、俺と所長の顔を交互に見た。
「何か、話は進んだみたいですね」
その言葉に、所長――桂木葵が肩をすくめる。
「ええ。勧誘成功ってところかしら」
「……え?」
東雲さんの目が丸くなった。
「黒須くん、うちで働くってさ」
――その一言で、空気が止まった。
「……え?」
東雲さんは数秒、完全に固まっていた。
やがて、ゆっくりとこちらを見る。
「……本当に、ですか?」
疑うというより、信じられないという表情だった。
「その……よろしくお願いします」
頷くと、東雲さんは一瞬だけ目を伏せた。
そして――。
ふっと、安心したように微笑んだ。
「そうですか」
それは、さっきまで見せていた営業用の笑顔とは違った。
どこか、ほっとしたような笑顔だった。
「――良かったです」
小さくそう言う。
もしかしたら彼女も心配してくれていたのかもしれない。
そう思うと胸が温かくなった。
そんな中、突然所長がパンっと手を叩いた。
驚いてそちらを見ると、楽しそうに笑っている。
「まぁいいわ。じゃあ改めて話を進めましょうか」
灰皿に灰を落としながら、こちらを見る。
その表情は先ほどまでとは違い、真剣そのものだった。
それを見て俺も居住まいを正す。
情報はいくらあってもいい。
そう思い、身構えたその直後。
「黒須くん。とりあえず、今の会社辞めちゃおっか?」
人生のピンチだった。
「いやいやいや、ちょっと待ってください」
思わず身を乗り出す。
「私まだ入社して一年なんですけど」
「だってしょうがないじゃない。ダブルワークなんて難しい程大変よ? うち。」
「それはそうだとは思いますけど……」
「ちなみに、なんて会社に勤めているの?」
「一応、神楽インダストリー系列ではあるんですけど、三崎商事っていう――」
「うちの系列なの?じゃあ話が早いかもね。ちょっと電話してくるから、この書類を読んで同意のサインだけ最後のところにしておいてちょうだい」
言うや否やどこかに電話を掛けながら部屋を出ていく。
部屋の扉が閉まると、急に静かになった。
しばらく俺は手元の書類と扉を交互に見ていたが、やがて諦めて紙の束に視線を落とす。
「えっと……」
ぱらりとページをめくる。
最初は基本的な契約内容だった。
所属部署、業務規定、守秘義務。
ここまでは普通だ。
……たぶん。
だが、次のページを見て手が止まった。
「――え?」
思わず声が漏れる。
「どうかしましたか?」
横から、東雲さんがそっと覗き込む。
「いや、あの……」
指である一行を指す。
「これ、間違いじゃないですよね?」
東雲さんは視線を落とし、書類を確認する。
「ああ、そこですか」
あっさり頷いた。
「基本給ですね」
「基本給なんですかこれ」
思わず聞き返す。
見間違いでなければ今の軽く倍はある。
更にその下に並ぶ項目。
危険手当。
特殊任務手当。
夜間対応手当。
「……手当、多くないですか?」
思わず本音が漏れる。
東雲さんは少し考えるように視線を上げてから言った。
「まあ……多いかもしれないですね」
「ですよね?」
「でも――命、かかってますから」
淡々とした口調だった。
それだけで経験してきた重みを感じる。
「ちなみに、頻度ってどれくらいなんですか?」
東雲さんは少し首を傾げた。
「地域にもよりますけど……」
んー。と少し考えてから答える。
「週に1回くらいでしょうか」
「結構あるんですね……」
「これでも最近は少ない方ですよ」
さらりと言う。
「それに、魂喰が出ないときは良くも悪くもフリーですから。まぁほとんどの人は自分を鍛えたり次の戦いに備えていますけどね」
そう言いながらまだ湯気の立つコーヒーを口にした。
備え……か……。
自分に立ち向かう力があるんだろうか。
そんなことを考えていると部屋の扉が開く。
「黒須くん。先方と話が付いたわよ」
部屋に戻るなり煙草に火をつけ、くゆらせる。
それから机の上に一枚の紙を置く。
人事異動と書かれているそれは、俺が所属している会社の物だった。
「……え?」
思わず手に取る。
間違いなく、今働いている会社のフォーマットだ。
社名も、ロゴも、全部見慣れたもの。
ただ一つ違うのは――。
異動先。
『神楽インダストリー 特殊対策部』
「……え、ちょっと待ってください」
顔を上げる。
「こんなに早く決まるものなんですか?」
「決まるわよ」
所長は煙を吐きながら、あっさり言った。
「同じグループ会社だもの」
「いや、でも……」
普通、人事ってそんな軽いものだろうか。
俺の困惑をよそに、所長は椅子にもたれた。
「大丈夫よ。引継ぎとかは時間があるときにやってもらうから。人員も……多分補充されると思うし」
多分って……。
「というわけで」
所長が指で書類を叩いた。
「問題なければサイン」
俺は契約書を見る。
そして――。
少しだけ悩んでから、ペンを走らせた。
黒須 凪
インクが紙に染み込む。
それを確認すると、所長は満足そうに頷いた。
「ようこそ」
煙がゆっくりと天井に溶けていく。
「神楽インダストリーへ」




