EP.3-Side.R 消せない過去
子供が逆さ吊りで貼り付けにされて火炙りにされている。周りを大人達が囲んでいる。
「にぃに……ゴホッ……熱いよぉ……助けて……にぃに……」
泣きながら兄に助けを求めている。その肝心の兄は大人達に押さえつけられている。ピクリとも動いていない。
吊り下げられた子供は、火傷で顔が爛れて、一酸化炭素中毒で酸欠になってきた頃、子供を焼いていた炎が薪ごと消えた。子供の体内の一酸化炭素が全て除去される。
いきなり火が消えた事に大人達がざわついていると、1人、1人と倒れていく。間もなくその場にいた大人達全員が地に伏せていた。その中に一人だけ立っている男がいた。白髪にターコイズブルーの瞳を持った男だ。
「全く、これだから無能共は……大丈夫かい?今降ろしてあげるよ。」
男に降ろされた子供は、兄のところへふらふらと駆け寄る。
「にぃに……?にぃに……?」
うつ伏せで動かない兄を焼けた喉で必死に声を出し揺する。
「君を助けようと頑張ったんだ。寝かせてあげなさいな。」
男にそう促され、子供は兄は疲れて寝ているんだと判断し、男の方に向き直る。
「……あの……」
「喉が焼けて喋りにくいだろう?無理に喋るな。残念ながら私にはその怪我を治してあげられる力はない。しかし、君を生き永らえさせることは出来る。どうかな?」
子供は首を縦に振る。
「でも君には話さないといけないことがある。これに納得してくれないと君を助けられない。それは――」
――――――
――――
――
夢か……懐かしく胸糞の悪い夢だ……
気配を感じて咄嗟に捕まえる。目を開けて気配の正体を探る。
「……なんだ……ライトか……」
そうか、起きたんだな。
「……もう……大丈夫なようだな……」
安堵しているとライトが口を開く。
「今までどこに――「……その話は後だ……良い時間だな……支部長室に行くぞ……」……わかったよ。」
ライトを連れて支部長室ヘ向かう。
◇◇◇◇
支部長室
ノックして中に入ると、全員揃っていた。
「全員集まっているな。ルイ、遮音魔法を使ってくれ。ギルド命令で話してもらうとはいえ、一応プラチナ級冒険者の情報の扱いは変わらないし、あんまり周りに知られたくもないだろ。」
正直知られても何も問題ないんだが……せっかく配慮してくれているんだ、従おう。
俺は遮音魔法を唱える。
その後ハーミットにフードを外すように促されたので、言う通りにフードを外す。初めて見る3人が悲鳴のような声を上げる。
「改めてお前の出自と正体を教えてもらおう。」
早速本題か。まぁ時間を無駄にする必要もないな。
「……まず……信じられないかもしれないが……俺は異世界から来た異世界人だ……10年前に師匠とこの世界に来た……そこからの2年間は知っての通りだが……簡単に説明すると……ライトと修行しながら……冒険者として活動していた……」
ライトを除いた皆が何か言いたそうにしていたが、ハーミットが真っ先に異世界人と言う言葉に反応した。
「異世界人だと?」
「……そうだ……世界を渡る魔法と言う魔法と契約した……世界を渡る者と言う異世界の旅人の1人と言うことになる……」
異世界人ということ以外ライトにも話していなかった事だ。
「……そして8年前にこの世界から……また別の世界に転移した……それから昨日までの8年間はおよそ2年ごとに……様々な世界に転移していた……この世界に帰ってきたのは全くの偶然だ……」
ハーミットに記憶を失ったのは異世界に行っていたせいなのか訊かれた。
「……そうだ……世界を渡る魔法は……その世界から別の世界に転移する時に……転移した者に関する記憶を改ざんしてしまうんだ……そして……その後転移した者が再びその世界に帰ってくると……記憶が復元される……」
記憶復元は俺には無縁だと思っていた。
一度行った世界が除外される魔法を使ってたはずだったんだが、自分のじゃない魔法で移動してると登録されないとは盲点だった。
「お前を思い出すまでギルドの記録に違和感が無かったのは?まさか物理的に残っている情報すら改ざんされるのか?」
「……情報そのものは改ざんされない……だが記憶改ざんの副次効果で……認識阻害がかかる……」
ハーミットが再び口を開こうとしたその刹那、魔法陣と共に部屋が光に包まれる。
この魔法は――
「おにぃちゃぁぁぁん!」
俺をこの世界でお兄ちゃんと呼ぶのは1人しかいない。世界でたった1人、記憶改ざんの影響を受けずに俺を覚えているワーウルフ。ラルクが俺に抱きついてくる。
「ラルク!?進行中の仕事はどうした!?」
ハーミットが驚いている。隣国まで依頼で出てたとか言ってたな。
「昨日で終わりましたよ!そんなことよりおにいちゃんが異世界から帰ってきているの、なんで教えてくれなかったんですか!」
こいつ俺がこの世界に戻ってきたのを感知して、依頼速攻で片付けてきたのか。
「……ルイが異世界人だと知っていたのか?それにルイが異世界に行っていたと何故知っている?」
「僕も異世界人ですし……と言っても僕は世界を渡る者じゃないですけどね。近い存在ですけど。」
「……あのなぁ……」
ハーミットが顎が外れそうなほど驚愕している。
しかしラルクのやつ8年前より甘えん坊になってないか?
そんな中、ルイーズが遠慮がちに口を開く。
「あの……もしかしてラルク・サイレンさんですか?最年少プラチナ級冒険者っていう……」
「そうですけど……あなたは……?」
ラルクは俺にしがみついて明らかに警戒してる。初対面相手のこれは直ってなかったか。
「支部長の娘で受付嬢してるルイーズと申します。」
ルイーズの丁寧な挨拶とハーミットの娘だと言うことに、ラルクは警戒を解いたようだ。
「ん、よろしくお願いします。ところで支部長?この集まりはなんなんです?扉に遮音魔法まで掛けて。」
ラルクは不機嫌にハーミットを睨む。
「ルイの出自と、俺やライトが記憶を無くしていた原因の話を聞いていたんだが、ちょうど終わったところだ。しかしお前も異世界人とは……」
「ちなみに僕は世界を渡る魔法の影響を受けないので8年間も記憶ありましたよ?」
ドヤってるラルクを撫でてやる。尻尾が抜けそうなほど激しくブンブンと振っている。
「ところでなんでルイさんにずっと抱きついてるんです?」
セレナが疑問を投げかけた。
「ワーウルフは自分が認めた人に甘える生き物なんです。」
それはお前だけだと言いたいが、コイツの同族を他に知らないから何も言えない。
「ね、ねぇ。その子ボクにも撫でさせてくれないかな?」
シャルドが物凄い形相で頼んでくる。ラルクは全身の毛を逆立たせて威嚇している。
「……ほらラルク……こいつらは俺の友人だ……ちゃんと自己紹介をしなさい……」
ラルクを嗜めると、不満そうにしながら口を開く。
「ワーウルフのラルク・サイレンです。おにいちゃんと同じくプラチナ級冒険者です。」
それからライトたちも自己紹介をした。
「ラルク。どうやってルイが帰ってきたことが分かったんだ?」
「世界を渡る者や、僕のようなそれに近い存在は、世界を渡る者が世界に現れると感知できるんです。」
理由を説明した後、ライトを睨む。
「ところで……ライトさん。貴方、本当におにいちゃんの弟弟子なんですか?魔力量は目を見張るものがありますけど……魔力量だけ高くても実力がなければ宝の持ち腐れですよ。」
あぁ、ラルクの悪い癖が……仕方ない。
「……こらラルク……失礼だろ……撫でてやらんぞ……」
「ご、ごめんなさい!おにいちゃん嫌いにならないで!」
ラルクが大きな涙を目に浮かべながら懇願する。嫉妬心からくる敵対心だけなら言えばわかるから可愛いもんだが……
「……謝る相手は俺じゃないだろ……」
「ライトさんごめんなさい……」
俺から離れて深々と頭を下げた。ちゃんと謝れて偉い。
「……それと皆ともちゃんと仲良くするんだ……いいな?……」
「はい……」
シュンとしてるラルクを撫でてやる。ちゃんと出来たことは褒めてやらないとな。
「そう言えば支部長さん、俺達のギルドカードってどうなってるんですか?」
レオンがギルドカードの進捗について確認すると、ハーミットは試験を受けた4人にそれぞれギルドカードを配った。4人とも銀の箔が押しされたギルドカードだ。
「お前たちは全員シルバー級冒険者からだ。ノルマとかはないし、学業もあるだろうから、空いた時にでも依頼を受けに来てくれ。」
ライトの顔が曇る。きっといきなりシルバー級でやっていけるのか心配なのだろう。
「……いきなりシルバー級で不安か?……」
一瞬驚いた顔をしたが、直ぐにいつもの表情に戻る。
「そりゃあまぁ、8年のブランクがある訳だからね。」
そういやそうだったな。
「……安心しろ……今のままでゴールド級でもやっていける……ただゴールド級に上がるには……賊なり指名手配犯なりの逮捕・討伐実績が必要なんだ……」
こればかりはな。ルールを曲げるわけにもいけないからどうしようもない。
「ところで……ちょっと思ってたんですけど、今のルイさんやラルクさんが魔力測定機で測ったらどうなるんです?」
そんなこと気になるのか……
「……ラルクはまだしも……俺の見ても面白くないぞ……」
ラルクにガン見されるが無視する。
「ルイもラルクもやるか?」
ハーミットが魔力測定機を2つさっと取り出す。本当に用意がいいなこいつ。
仕方なく受け取り、ラルクにも渡。
ラルクは先に僕がと魔力測定機に魔力を込める。すると魔法陣が紫色っぽく淡く光る。昔より魔力量が増えているな。
「まだこんなもんかぁ。」
悔しそうに言うが、既にまともな魔力量ではない。
俺の番だ。魔力を込めたが、魔法陣は光らない。正確には光っているのだが……
「魔法陣が……光らない?」
ライトが不思議そうに眺めている。
「……言っただろう?……俺の見ても面白くないって……」
ハーミットが思い出したかのように口を開く。
「そうだ、お前は旧式じゃ魔力を込めてるか判別つかなかったな。」
別の魔力測定機を取り出す。新型の魔力測定機だ。新型と言っても8年前にできたものだから、より新しいものができているかもしれないが。
新型の測定機を受け取り、同じ様に魔力を流した。魔法陣は変わらず光らないが、魔法石が眩く光る。
「このように、魔法陣の許容を超えると、光ってはいるのだが、可視光線じゃなくなってしまう。つまりルイの魔力量はこの魔導具じゃ測れない規格外ってことだな。」
色温度で魔力量を測ってるのが許容超えの原因では?
「ルイ、師匠はどうしたの?独り立ちして別れたの?」
ライトがそういえばと訊いてきた。予想はしていたが、やはり聞かれたか……
「……その話は……後でいいか?……ここでする話でもないだろう?……」
楽しい話でもない、有耶無耶にできるならそれに越したことはない。
「シエル殿は俺も知らない仲ではない。話してくれないか?」
思わず大きな舌打ちをしてしまった。ハーミットの野郎、絶対後で殴る。
「……師匠は……死んだ……」
観念して話し始めるが、声がうまく出せない。折り合いは付けてるつもりだったんだけどな……
ライトが驚愕の表情を顕にする。
「あの人が死んだって……そんな馬鹿なこと……」
「……俺が……殺した……」
ガリッと音が聞こえた。無意識に噛み締めていたらしく奥歯が欠けたらしい。
ライトに胸ぐらをつかまれた。苦しい。
抱き着いていたラルクは掴まれる直前にするりと離れ、腕を組んでいる。
「いったいどういう事だよ!」
「……今言った通りだ……俺が殺したんだ……」
壁に突き飛ばされる。そのまま壁を背に座り込む。背中痛い。
「師匠を殺したって!?お前程度の力で殺せる人かよ!」
「ライト!お前らしくないぞ!落ち着け!」
興奮したライトがレオンに羽交い締めにされた。しばらく息を荒くしていたが、冷静になったのか、辺りを確認している。おそらくラルクを気にしたんだろう。
「ごめんレオン。ありがとう。……ルイ。俺達、一度だって師匠との手合わせで一本取れたこと無かったよね。全力でやってるのに、片手で捻られてさ。そんな俺達が、罷り間違っても師匠を手に掛けるなんて無理なんだよ。」
あまりにも正論で舌打ちをしてしまう。疑わずに信じてしまえばよかったのに……
「……この世界から転移した直後だ……転移した先に大量の魔獣が待ち構えていた……剣は通らないし……魔法も効かない……打撃としてのダメージもあったのかすら定かじゃないが……そんな1匹でもとんでもない魔獣の群れだ……師匠が俺を逃がすために囮になって……最期は魔獣の群れに飲まれたのを転移の間際に見た……見殺しにしたんだ……俺が殺したも同然だ……」
「……だから会いたくなかったんだ……お前は知らないまま……俺の事も師匠の事も忘れたまま……暮らせるはずだったのに……」
顔を見られないようにフードを深く被り直す。
「ルイ……もう一つだけ聞かせて。8年前、どうして何も言わず異世界に行ったんだ。」
「……あ?……そんなことか……連れて行けないからに決まってるだろ……あの頃のお前なら着いて来たい一心で……世界を渡る魔法と契約しちまうのは予想できたからな……俺も師匠もそれは望んじゃいなかったから何も言わず転移したんだ……」
ライトが怪訝そうな顔をする。まぁ兄弟子も師匠も契約している魔法だ。不思議に思うのも無理はないか。
「……世界を渡る魔法との契約とは数え切れないほどの大量殺人だ……」
「つまりお前は魔法と契約するために大量の殺しをしたっていうのか?」
ハーミットが話に割って入ってくる。
俺が言葉を発する前にラルクが割って入る。あー……嫌な予感がする……
「ハーミット支部長。そこらへんは僕が話します。僕や世界を渡る者たちが異世界と呼ぶ世界は、たった一つ理の世界である『HUB』を除いた全ての世界が無数のいわゆる『もしも』から生まれたパラレルワールドです。」
ラルクは普通に説明してくれている。杞憂だったか?
「異世界がどうとかは俺達には分からないが、異世界がもしもの世界だとして、それが大量殺人と何か関係があるのか?」
ハーミットの疑問に他の連中も頷いている。まぁ連想する方が無理な話ではあるか。
「簡単な話です。世界を渡る魔法と契約すると、契約者の世界以外の無数にあるもしもの世界から全ての同位体……平たく言えば同じ魂を持つ人物を存在したと言う事実諸共消し去るんです。世界を渡る者になった人達は、自分の欲望のために、天文学的な数の別の世界の自分を犠牲にしてるんですよ。ねぇ?おにいちゃん?」
杞憂じゃなかったらしい。俺に振ってきたラルクの表情は俺を嘲笑うものだ。この顔怖いんだよ。世界を渡る者の事になるとこれが出る。
「……そういう事だ……だからお前を置いて行った……」
聴いていた連中はいまいち理解できてないような表情をしている。
「でも確かにそれなら、師匠とルイの性格なら俺の事を置いていくよね。合点が行ったよ。」
立ち上がりローブに付いたホコリを払う。この部屋ちゃんと掃除してんのか?
「……この話は終わりだ……ラルクもこれ以上余計な事を喋るんじゃあない……HUBの人間の悪癖は目に余る……」
ラルクに口を閉じさせ、話を切り上げる。
「……はぁ……辛気臭い話も終わりだ……そんな話より、先輩冒険者としてお前達のシルバー級合格を祝わせてくれ……欲しい武器装備があるなら俺から贈ろう……」
折角の目出度い日に水を差すような重い話させやがって恨むぞハーミット。……俺が余計なことしたせいだけど。
「あ、それなら僕からも!」
ラルクが同調して手を上げる。ラルクの世界を渡る者に対する悪癖は、HUB出身者共通の発作みたいなもので、個人の感情の外にあると聞いたことがある。
「……ハーミット……もういいよな?……」
「あ?あぁ……根掘り葉掘り訊いといてなんだが、大丈夫か?」
「……俺なりに折り合いは付けてる……じゃあ新人共を借りていくぞ……」
背中越しにハーミットに手を振って、受験者たちを連れてギルドを後にする。ちなみにルイーズも着いてきた。
ラルク・サイレン(Larc Seiren)
年齢:15歳
性別:男
身長:130cm
種族:ワーウルフ
茶髪に黒目、狼の耳と尻尾が生えている。長い髪をポニーテールにまとめている。
HUBという世界出身の異世界人。
太刀による二刀流を得意とするプラチナ級冒険者。
自分の事を種族の傾向と拡大して話す事がある。
用いる太刀は鞘の中心が鎖で繋がれている。鞘を左右に携えて、鎖は背中を通している。右の太刀の柄頭には赤の、左の太刀の柄頭には白の魔石がそれぞれ付いている。石突にも同じ色の魔石で拵えてある。




