EP.5-Side.L ラルク・サイレン
ゼーリア王国立魔法学園 学生寮
朝、日課のウォーキングから帰ると、部屋の前にラルクくんの姿があった。一昨日のローブ姿とは違い、極東の巫女服のような服だ。
「おかえりなさいライトさん。」
昨日だいぶ嫌われてたっぽいけど、どうしたんだろう?
「ラルクくん?どうしたの?」
「昨日のお詫びと言うわけではありませんが、奢るので朝食ご一緒しませんか?」
敵意を感じた昨日とは打って変わって、無邪気な笑顔を向けてくる。
「え……なんか怖い……」
「昨日のことはちゃんと反省してますよ!もう……」
バツの悪そうな表情を見るに本当に反省して、交流を深めようと来てくれたことが伺える。
「で?どうするんですか?来るんですか?」
「行きます。」
「じゃあ着いてきてください。そんなに遠くないですから。」
場所はもう決まってるのか。歩き出したラルクくんに着いて行く。
「ラルクくん、どこで食べるの?」
「リュミエール・ドゥ・フラム。」
ラルクくんが答えたお店は、学園の生徒なら誰でも知ってる数年前にできた高級レストランの名前だ。
「確かに学園の寮から近いけれど……高級レストランだよ?ドレスコードとか大丈夫かな……」
「気にしなくていいですよ?今日は貸し切りなんで。」
貸し切り!?さらっと凄いこと言ってない!?
「これでもプラチナ級冒険者ですよ?お金ならたくさんあるんですから。それにあそこは高級レストランなんかじゃないですし。」
ラルクくんが心を読んだかのようにそう答えた。
◇◇◇◇
リュミエール・ドゥ・フラム
到着してしまった。緊張する。
「ラルク様、ライト様。お待ちしておりました。」
大きな建物に緊張していると、執事のようなスーツのイケメンダークエルフが出迎えてくれた。
彼はリチャードというらしい。
そのままテーブルへと通され、待つように言われた。これで高級レストランじゃないは無理があるって……
「あれ?ラルクくん?」
一緒にいたはずのラルクくんが、携帯していた太刀を席へ置いていつの間にか何処かへ消えてしまった。
お手洗いにでも行ったのだろうとしばらく待っていると、なんと厨房からエプロン姿にコック帽をしたラルクくんが美味しそうなステーキとパンを持って出てきた。
「お待たせしました。ライトさん。改めまして、僕のリュミエール・ドゥ・フラムへようこそ。」
僕の……?
「え?」
「ここ僕のお店なんですよ。そんな些細なことはいいのでほら食べてください!」
ラルクくんは、俺の席とラルクくんの席へそれぞれ料理を置いて、コック帽を脱いで席へ座った。
ラルクくんは、どこの宗教のものか分からないが、右手を拳にして左の胸に当てて目を瞑り、少し頭を下げてお祈りしているような仕草をする。
ラルクくんは数秒の黙祷の後、顔を上げて、フォークとナイフを手に取って食べ始めた。
「僕がオーナー兼コック長なので、僕がいない時は営業を縮小してるんです。だから予約が取れなくて高級レストランみたいな言われ方をしてるんですよ。僕の趣味のお店なんですけどね。」
苦笑いしながら説明してくれた。あ然としていても仕方ないので、料理を口に運ぶ。
「……すごく美味しい。」
「お口に合ったようで良かったです。」
ラルクくんは嬉しそうに笑う。本当に料理が趣味で、人に食べてもらうのが好きなのだと言うことがひしひしと伝わってくる。
あまりにも美味しくて、すぐに食べ終わってしまった。
「デザートもありますよ。ルイーズさんから聞いてパフェが好きだと聞いたので、ライトさんの家に行く前に仕込んでおいたんです。待っていてくださいね。」
ラルクくんは再びコック帽を被ってぱたぱたと厨房に入っていった。
パフェだって!?
程なくしてパフェを持ったラルクくんが戻ってきた。
「どうぞ。通常メニューで取り扱っていないので、パフェグラスの用意がないためワイングラスで代用させてもらいました。」
ラルクくんが持ってきたパフェは確かにワイングラスに入っていて、俺のよく食べるパフェグラスのものに比べたら少し小さい。
中身は一般的なストロベリーパフェのようだ。
受け取って一口食べてみた。言葉が出ない。一口一口と無言で食べ進めてしまう。全てが濃厚で、ここまで美味しいものを食べたことがない。
「その表情、相当にお気に召していただけたみたいで、料理人冥利に尽きますね。」
ラルクくんはとても嬉しそうにニコニコしていて、尻尾が揺れている。
「あぁ……もうなくなっちゃった……」
「ごめんなさい。おかわりは用意してないです。」
ラルクくんは申し訳なさそうに謝る。
「いや!こんなに美味しいパフェ初めて食べたよ!ありがとう!ラルクくん!」
全力で頭を下げる。
「喜んでもらえて良かったです。リチャードも定休日にありがとう。」
「いえ、ラルク様の為であればこれぐらい。もっと私供を使っていただいて良いのですよ?皆がラルク様の為であれば喜んで働く者たちなのですから。」
いつの間にか来ていた案内してくれた執事のような人、リチャードさんはラルクくんに頭を下げて、そのようなことを言う。ラルクくんすごく信頼されているみたいだ。
「ん、考えておくよリチャード。でもサイレンって名乗るのやめてくれない?他の従業員のみんなもだけどさ。ところでライトさん。この後予定は?」
ラルクくんのお願いにリチャードさんは一言、「無理です」と答えた。
ラルクくんは呆れつつもテキパキとエプロンとコック帽を片付けて、鎖を後ろに回しつついつもの位置に太刀を装着しながら訊いてきた。
「何もないけれど?」
「なら一度お手合わせ願えませんか?」
「もしかしてそれが目的?」
「まぁ三分の一くらいは。残りの三分の二は、昨日のお昼のライトさんの美味しそうに食べる姿を見て、僕の料理を食べてもらいたくなったからです。」
ラルクくんはてへっと舌を出す。可愛い。
「プラチナ級冒険者と手合わせできるなんて、滅多にないからその提案受けるよ。どこでやるの?」
「冒険者ギルドで。決闘用の痛みやダメージを軽減して、致命傷を一度だけ回避できる魔導具がありますので、それを使わせてもらいます。支部長室に直接転移するので僕の手を握っていてください。」
出されたラルクくんの手を握ると、足元に魔法陣が現れて、視界が光に包まれた。支部長さんに迷惑掛からないのかな?
◇◇◇◇
冒険者ギルド 支部長室
光が収まると支部長室に着いていた。
「ラルク!支部長室に転移するなと何度言えば分かるんだ!」
「いいじゃないですか。それよりもお願いしていた魔導具、用意してありますよね?」
支部長さんの苦言を意に介さず、本題に入る。
「はぁ……あぁ用意してある。訓練場使うんだろ?鍵は開けてある。」
支部長さんはラルクくんに2つのペンダントを渡した。
「ありがとうございます支部長。さぁ行きましょうかライトさん。」
なんというかラルクくん支部長さんへの当たりが強いような……
◇◇◇◇
地下訓練場
「じゃあこれ着けてください。」
先程のペンダントを受け取り、首にかける。
「ライトさん武器無いですよね?これ使ってください。」
ラルクくんは空間魔法でハンドガードの付いたブロードソードを取り出し渡してくれた。これ訓練用じゃない……
「ありがとう。ラルクくんはインセパラブルだっけ?使うの?」
「えぇ、ただインセパラブルを抜いちゃうと、そんなブロードソードじゃ無いのと一緒なので、僕は鞘を付けたまま戦います。あ!舐めているわけではないですからね!これはこれで面白い戦いができるんですよ。」
ラルクくんはそう言うと鞘ごと外したインセパラブルを両手に持って、転移で距離を取った。
「じゃあいつでもいいので打ち込んできてください!それを合図にします!」
あんな30cmぐらいの鎖に繋がれた鞘が付いたままじゃろくに振れないんじゃ……?
でもプラチナ級冒険者なのだからきっとそれでも遠く及ばないんだろう。胸を借りるつもりで打ち込んでみよう。
「行くよ!ラルクくん!」
身体強化を掛けつつ、ルイとの模擬戦で使った機動戦術で一気に距離を詰める。
そのまま剣を袈裟に振り下ろす。が、クロスした鞘で受け止められてしまった。ルイよりも小柄なのに身体強化も使っていない状態で簡単に止められるのか……
「種族が違いますからね。落ち込むことじゃないですよっと。」
軽く弾かれて距離を取られる。
「おにいちゃんの身体強化でも、身体強化を使った僕には膂力じゃ勝てないですから。動体視力だってそうです。ヒュームの目には消えるように見えても、僕たちワーウルフには止まって見える……は大げさですけど、欠伸しながら対応できるぐらいの速度なんです。」
ラルクくんはそう言うと、一跳びで大きく後ろに距離を取ったと思った刹那。着地と同時に姿が消え、一瞬で眼の前に現れた。起動戦術のような魔力の流れを感じなかった。身体能力だけでやってる!?
「これが鍛えているワーウルフの本気の速さです。冒険者は時にはこんな理不尽にも思えるような種族の差を超えなくてはいけない。それを肝に銘じてくださいね。」
ラルクくんは俺に諭すようにそう告げると、大きく跳ね退き、俺を弾き返した時と同じ距離まで下がった。
「流石にヒュームに合わせますので、改めてどうぞ。」
ラルクくんから魔力の流れを感じた。特に構える様子もなくインセパラブルに魔力を流している?鞘がついたままでも昨日の斬撃を放てるのだろうか?
速度は無意味だが、ラルクくんの速度に少しでも追いつくためにはどうしても機動戦術を使わないといけない。警戒しつつ正面から行かずに、向かって右側に回り込むように飛び込んで斬りかかる。
金属がぶつかり擦れる音がしたと思った刹那、左手の鞘だけで止められてしまった。そのまま剣を跳ね上げられて、右手の鞘で殴りつけられそうになり、咄嗟に胸の前で魔力を爆発させて姿勢を崩しながらも無理やり後退する。
「機動戦術の応用……体の各所で魔力を爆発させることで様々なアクションをする。おにいちゃんもよくやりましたけど、それ痛くないんですか?」
純粋に心配してくれているようだ。
「……初めてやったし、魔導具のおかげで痛いのかも分からないよ。そんなことよりラルクくんそれ。鎖さっきまで30cmぐらいしかなかったはずじゃ……」
「え?あぁ!インセパラブルの機能の一つです。なんで出来るのかは僕も知らないんですけど、こうやって魔力を込めると任意の長さに伸び縮みさせることができるんです。」
ラルクくんは大きく広げたり鞘同士がくっつくほど縮めたりして見せてくれた。
「じゃあ、種明かしをしたところで再開と行きましょう。」
今度はラルクくんが動いた。さっきとは違い、ヒュームの目でも追える速度で走ってくる。
太刀の間合いよりも遠い距離から、二刀を重ねた状態で振り抜くと、刀から遅れて鎖が伸びながら飛んでくる。
すんでのところで回避すると、ラルクくんは左手の太刀を手放して鎖鎌などのように振り回してさらにリーチが伸びる。リーチが長すぎて俺の機動戦術じゃ回避できない。
剣で受け止めるも鎖が体に巻き付いて、手放されていた太刀はきれいにラルクくんの手元に戻った。完全に拘束されてしまった……。
鎖の締め付けが強くなってくる。ラルクくんが鎖をゆっくり縮めているんだ。
「ここから脱出できなければチェックメイトですね。」
「無理無理!降参!師匠たちが離れてからは記憶無くして修行もしてないから奥の手とかもないよ。」
ラルクくんはハッとしたように目を見開く。
「あ、そうでした。一昨日は嫉妬心だけで突っかかりましたけど、ライトさん記憶改ざんの影響を思い切り受けた現地人でしたね。」
そう言うと鎖を伸ばして拘束を解いてくれた。
「はぁ……。やっぱりプラチナ級は強いなぁ。」
その場に座り込む。
「実力差というか純粋な種族間のフィジカルの差というか……」
何故かラルクくんはフォローしてくる。
「それよりもブランクがあるとは言え、あまりにも鈍り過ぎな気がするんですけど。学園の生徒なら体術やら戦闘術やらの授業とかありますよね?」
解せないといった様子で訊いてくる。
「ほら、俺の右脚って義足でしょ?学園側が危険だからって参加させてくれなかったんだよ。」
「義足?」
目をぱちくりさせながら俺の義足を見ている。
「ホントだ!義足だ!」
ラルクくんが驚いている。
「気付いてなかったの?一般的な義足みたいに隠せる物でもないけれど。」
「あまりにも自然に動いていたし……言い訳じゃないですけど、僕らは人を認識するとき、魔力の流れを視ることを重視してて視覚情報って思考での優先順位相当低いんです。」
ラルクくんが隣ににぺたんと座ってきて話す。
「僕らの目から見るとその義足、人体と同じ魔力の流れをしているんです。ミスリル鉱でも使ってるんですか?」
「分からない。最初は師匠が用意してくれたんだけれど、成長するにつれて合わなくなるぐらいの時にどこからか贈られてきていたから。」
「どこからか?ふむ……そうですか。」
何か言いたげな顔をしたが言葉を飲んだようだ。そんな得体のしれないものを使う気がしれないとか、そんなこと言われそうなので深掘りしない。
「ところでラルクくんは世界を渡る者でもないのに異世界に渡れるんでしょ?それなのにルイの事を追いかけなかったの?」
「あぁ、僕らはあんな人たちと違って自分の力で渡れるわけじゃないんです。」
あんな人たち……?おにいちゃんって慕ってる割にはちょいちょいルイ……というか世界を渡る者に対して辛辣なんだよなぁ。
「じゃあどうやってこの世界に来たの?」
「マクスウェル様のお力でおにいちゃんの元に送ってもらったんです。」
「マクスウェルってルイを助けて魔法との契約を持ち掛けたって言う男の人?」
「おにいちゃんから話聞いたんですね。そうです。そのマクスウェル様です。」
あのルイ以外に懐いてないラルクくんが様と呼んで慕うほどだ。余程の聖人か、ラルクくんの世界の偉い人なのか?
いやでもルイを囲っていた魔女狩りの人たち残らず殺したらしいしなぁ……聖人ではないか……ん?でもルイを殺そうとしたんだから別に死んでもいい連中か?うーん……
「マクスウェル様は一昨日ちょっと話した『HUB』の管理者で、僕らの主です。」
ラルクくんが唯一の理の世界って言ってたやつか。
「ラルクくんの主?」
「創造主です。HUBの住人は皆がマクスウェル様に生み出された創造物ですから。」
つまりラルクくんはそのHUBの出身者ってことになるのか。
「色々聞きたいけど……何よりそのHUBってなんなの?」
「HUBは皆さんの世界と違い、無数のパラレルワールドの源流というわけでも、ましてやどこかの世界から枝分かれした世界というわけでもありません。パラレルワールド同士を繋ぎ止めるための世界、文字通り理の世界です。」
パラレルワールドを繋ぎ止める……?駄目だ分かんないや。
俺は一言「難しいね。」というとラルクくんに呆れられてしまった。
「そう言えばラルクくん、おにいちゃんって慕っている割にはルイに対してずいぶんと辛辣な時があるけれど、あれはなんでなの?」
俺の質問に対してキョトンとした表情で本当に不思議そうに口を開いた。
「そんな時なんてありました?僕がおにいちゃんに辛辣になるなんて、そんな嫌われるようなことすると思います?流石にその冗談は意地が悪いですよ?」
「待って、無自覚なの?今さっきだってルイと師匠のことあんな人たちって言ってたよ?」
「そんな言い方……え!?してないですよね!?嘘って言ってください!」
ラルクくんが驚くほど狼狽えている。なんなら青ざめてる。本当にルイに嫌われるのが嫌らしい。それなのになんであんな態度を取ってしまうんだろう?ルイなら知ってるかな?後で訊いてみよう。
「そんなことよりさ!さっきブロードソードが無いのと一緒って言ってたことについて教えてよ!」
酷く落ち込むラルクくんを見兼ねてどうにか話題を変える。
「へ?ブロードソードが無いのと一緒……?…………あぁ、それなら見せた方が理解も早そうですね。剣、返してもらっていいですか?」
ラルクくんはちょっとだけ考える素振りをして、そう告げた。気を逸らす事に成功したようだ
借りていたブロードソードを返すと、ラルクくんは片方だけインセパラブルを抜く。
「見ていてくださいね。」
ブロードソードを左手に、インセパラブルを右手に持って両方の刃を十字に合わせるようにゆっくり近づける。
刃同士が当たった瞬間、目を疑う光景が広がる。なんとほとんど力を入れていないように見えるのに、まるで溶けかけの柔らかいバターに刃を入れているかのように、ブロードソードにインセパラブルの刃がスッと入っていく。なんの抵抗も感じさせずにブロードソードが両断されてしまった。
「こういう事です。」
ラルクくんは太刀を納めて、両断されたブロードソードを空間魔法にしまい込んだ。
「もうすぐお昼ですけど、ライトさんはどうします?」
「せっかくだし、できそうな依頼でも受けることにするよ。」
「そうですか。頑張ってくださいね。」
素直に応援してくれている。なんとか仲良くなれそうでよかった。
リチャード・サイレン
身長:172cm
性別:男
種族:ダークエルフ
白髪に翠色の瞳。オールバック。リュミエール・ドゥ・フラムのフロアマネージャー。従業員の中で最もラルクに信頼されている。ラルクに対して並々ならぬ忠誠心を持っている。
リュミエール・ドゥ・フラム
ラルクが経営する学園のすぐ近くのレストラン。ラルクの趣味で始まった店だが、従業員はそこそこいる。リーズナブルな店だが、建物がやたらと大きいため、実態を知らない人からは高級レストランと思われている。従業員は全員がラルクを慕い、サイレンの姓を名乗っている。ラルクはそれを嫌がっている。
インセパラブル
ラルクの二刀一対の魔法武器。鎖が鞘同士を繋いでいる。この鎖は魔力を込めることで伸び縮みする。刀身に魔力を込めることで魔石の色に対応した色の斬撃を飛ばすことができる。射程は込めた魔力で変わる。最大射程は10m弱。異常なほど切れ味が良く、何もしない通常の武器で打ち合うと、武器ごと両断できてしまう。
HUB
パラレルワールド群とは全く違う特殊な世界。ラルクの出身地。パラレルワールド群を繋ぎ止める為の世界とされ、最初の一人マクスウェルが管理している。この世界の住人は全てマクスウェルによって生み出されている。




