95 火遊び大賢者と火消し侍
結局、つまめる物なんていうのは作られなかった。アシハラは明らかに手間のかかる、魚介をふんだんに使ったパエリアの調理を始めてしまったからである。
代わりといっては何だが、火の番人を務めた大賢者による焼きマシュマロがその隙間時間を埋め、子供たちを喜ばせた。
見事なキツネ色に仕上がった大賢者の作品を見て、案の定、キラが真似したがったことから、謎の競技は始まった。
「よーし、いいかぁセレナぁ? アクセナと結婚したいなら、マシュマロ焼きを完璧にするんだ」
その作業は見た目以上に難しかったらしく、何度も失敗した結果、キラは大賢者が上手く焼いたマシュマロを手にしていた。それで満足したのか、まるで自分が上手くやり遂げたかのように胸を張りながら、彼女はセレナを焚きつけた。
「わかったっ!」
結婚とは全く関係のないハードルを課されたセレナは、その気になって、体の大きさに見合わない鉄串を両手に握りしめ、焚き火と対峙していた。
「あぁ……危ないってぇ……」
アクセナが心配する気持ちは凄くわかる。しかし、大丈夫だ。なんといっても、大賢者がすぐそばで見守っているのだから……否、大賢者がすぐ近くにいるからこそ、彼女は心配したのかもしれない。
「人生勉強だ。セレナのためにも、たまには冒険させた方がいい」
セレナの祖父であるマノリスがゴーサインを出したことで、アクセナはそれ以上何も言わなくなった。
「ピ」
私の隣の席では、焦げた砂糖の匂いを漂わせながら、ピィちゃんがキラの失敗作の処理を担当していた。
「あぶねぇ!!」
キラの怒号が響き渡る。見れば、セレナが手にした鉄串の先から、火の手が上がっていた。
「はっはっはっは!」
肝心の大賢者は笑うばかりで、特に何もせず。事態の解決にいち早く動き出したのは絶賛調理中のアシハラだった。想定していた作業のために装着してきたであろう地下足袋が、ギリシャの大地を蹴る。
「あちっ、あちっ、フーッ!!」
セレナが慌てないように、わざとなのだろう。アシハラは最初、手で仰ぐという無駄でコミカルな消火活動を見せると、その巨体を存分に活かした肺活量で見事に鎮火してみせた。
「あー、熱くなかったぁ……」
セレナは自分を救ってくれた、おとぼけ中年侍をポカンと見上げるばかり。その隙に、アシハラは真っ黒になったマシュマロ付きの鉄串をさりげなく彼女から奪い取った。
「頑張れ、もう一回だ。ヒントをやろう。見えぬものこそ、だ。よく観察してみるといい。炎の近くに、正解はある」
大賢者が颯爽と、セレナにマシュマロ付きの新しい鉄串を持たせた。うちの不良男子どもによる連携プレーは、セレナに泣く暇を与えなかった。
「うん!」
二人のおかげで、セレナはもう一度、怖がることなく火に挑むことができる。
一見滅茶苦茶でいて、確かな予測と経験から成り立つ、我が家流の情操教育である。私は視線を戻し、呆気にとられて口を開けたまま固まるアクセナに話しかけた。
「ご感想は?」
アクセナは目をしばたかせ、机の上で両手を柔らかく動かしながら、ふさわしい言葉を導き出す。
「なんというか……勇気を貰えました」
「本当に、素晴らしい。昔はああやって、皆で子育てをしたものだ」
マノリスまでが賞賛してくれたことにより、私は自分の正しさを、より客観的に知ることができた。
海老にイカ、アサリにホタテ、そして大ぶりのムール貝。
黄金色のサフランライスを彩るのは、鮮やかなパプリカとアスパラ、弾けるようなミニトマト。
テーブルに運ばれてきた瞬間、大きなスキレットからは、調和のとれた濃厚なトマトとニンニクの香りが、湯気と共に立ち昇った。
「お待たせしました! お客様から、どうぞ!」
魚介の旨味をたっぷりと吸い込んだ米を、アシハラが一人一人取り分けてくれる。我慢できず、私はスプーンを握りしめていた。向かいの席につくアクセナも、鏡合わせのように同じことをしていた。目の合った私たちは、お互いに笑いあってから視線を外した。
「ピィ?」
「いいの? ありがとう!」
「ピッ」
親愛の印として、ピィちゃんは自身の大好物である海老を、向かいに座るセレナの皿へと乗せた。
「くっ……私は、イカをやろう!」
普段から姉貴面しているキラは、精神的苦痛に顔をゆがめながら、それでもイカを分け与えた。
苦笑を浮かべながら私はエビを、大賢者はイカをそれぞれに補填してやって、彼らの気持ちを称えてあげた。
「それでは、手を合わせて! いただきます!」
「いただきます!」
大賢者の号令のもと、楽しい昼食会が始まる。
「さきほど『撤収』と仰っていましたが、もう旅立つおつもりですか?」
「あぁ。設備を少し整えたら、発とうと思っている」
「それは残念です。こんなに美味しいパエリアは、久しぶりに食べられたというのに……」
「しょげることはないさ。何かあったら、すぐにすっ飛んでくる。アクセナ、問題が起こったら、手紙を送るんだぞ?」
「えぇっと、その……」
「安心してください。ほとんどの場合、手紙は私が最初に目を通すことになっていますから」
「だったら、はい」
「おい、なんだ、その返事は!? タルも、何笑ってんだよ!?」
「そりゃ、笑いますって」
アクセナからの信頼を勝ち取ったのは私であり、大賢者ではない。今まで旅を続けてきて、こんなに気持ちいいことはなかった。




