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大賢者の秘書官イシュタル ~何者でもない魔女の一生……になるはずだった~  作者: ふるみ あまた
4章 森の錬金術師の章

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96 次なる旅へ

 

 拠点へと戻ったのは、昼下がりも終わりを迎える頃だった。


 朝礼で宣言した通り、大賢者がワンマンショーを披露しただけで、午後も大した作業は行わなかった。


 アクセナがマノリスたちに連れられて仕事に出る、その前に、大賢者はガレージの増築と装置の移動を手早く済ませた。


 おかげで、別れの挨拶は、実にさっぱりとしたものとなった。





 デッキから見下ろすフェヴロティアには分厚い雲がかかり、時折稲光で輝いている。あの下で、今頃、彼女たちは逞しく生きている。そう思うと、再び歩き出す力が湧いてくるような気がした。


「何やってんだよぉ、ムガ? 暇だぞ?」

「うん? 晩ごはん、どうしようかと思って……」


 ガーデンテーブルで一服しながら、アシハラは栄養学の本と向き合っていた。そんな彼に、キラがいつものように鬱陶しく絡みつく。


「肉でいいだろ。肉を食わせろ」

「肉……まぁ、最近、奥様もちゃんと食べてくれないしねぇ……それでもいいんだけど、お野菜が足りてないから……ミネストローネとか、そういうものの方がいいんじゃないかなぁ……」


 アシハラは勉強中でもきっちりとキラの相手をして、ソフィーさんの体調まで気にかけた。今さらなことだが、私は彼への信頼を改めて噛み締めた。


「ピィッ!」

「キューン!」


 その傍らでは、ピィちゃんが余ったマシュマロを皿に並べて、サラマンダー君が炎で一気に焼き上げていた。敷き詰められたマシュマロが、パンのように香ばしい色合いへと変わっていった。


「ブレイクタイム!!」


 完成した逸品をピィちゃんがテーブルの上に置いた瞬間、大賢者がやってきた。


 リーダーの声に従って、私もテーブルにつくことにした。それぞれの魔力色に対応したマグが並べられた、おやつタイムが始まった。


「ソフィーさんは?」


 最後までこもりがちだった彼女を心配していたのは、私も同じだった。自分の手元にある真っ白なマグから放たれるコーヒーの湯気を見つめながら、私は大賢者に尋ねた。


「シカトされたから、たぶん、もうじきに来るぞ」


 因果関係はよくわからないが、この男がそう言うのならば、そうなのだろう。大賢者は特別気にかける様子もなく、黄金色のマグを傾け、焼きたてのマシュマロにかぶりついた。


「なぁ、ムガ……肉ぅ……」


 ココアが見えなくなるくらい、紫色のマグにマシュマロの山を築いたキラが、アシハラに甘えた声をかける。彼女は未だに夕食の献立に納得ができていなかった。


「あいよ。肉も使うから、心配しないで。ポテトグラタンでいい?」


 太陽の光で鈍く輝いた銀色のマグにお茶を入れながら、アシハラが天然のおとぼけを見せつける。


「おお!! ……って、肉じゃないじゃないか!!」

「下に敷くんだって。怒らないでよ、そんなに」


 慈愛の侍はいつだって言葉が足りない。


「ピ?」


 ピィちゃんに求められるまま、私は黒と見紛うほど深い藍色のマグに水を注ぎ入れてあげた。ひとつだけ空っぽの、濃い緑色のマグだけが寂しく卓上に残っていた。


 心地よさと空虚さを孕んだ空気を彩るのは、各人各様の飲み物とマグカップ。それらを一体化させるような、微かな風が吹いた。


 玄関からは、ドアの静かな開閉音が響いた。


「ソフィー!!」


 その勢いがあまりに強すぎて、倒れかけた紫色のマグを支えたのはアシハラだった。西に傾く日差しをバックに立つソフィーさんへと、キラが一直線に駆けていった。


 お転婆を通り越した娘の、熱烈な歓迎の挨拶を受けながら、ソフィーさんは優雅に私たちのいるテーブルへと近づいてきた。


「……おかえりなさい」


 ゆっくりと席についたソフィーさんに、私は笑みを返した。その間、アシハラは爽やかな香りを醸すミントティーを淹れ、大賢者は灰皿をどこからともなく出現させた。


 自分の席で落ち着きを取り戻したキラはマシュマロ入りのココアをがぶ飲みし、ソフィーさんは愛用の煙管を使い、深く二度ほど煙を吐き出すと、吸い殻を灰皿へと放り入れた。


「はぁ……」


 ギリシャでの稼働が一番少なかったソフィーさんの口から、倦怠感たっぷりの息が吐き出された。


「なにが『はぁ』だよ。引きこもって、ゲーム作ってただけだろ?」


 隣で軽口を叩く夫を無視し、ソフィーさんは大きく背筋を伸ばしながら欠伸をかみ殺した。


「ゲームは、完成したんですか?」


 私が進捗状況を尋ねると、彼女は久しぶりに見せる無邪気な表情をこちらへと向けてきた。


「ええ、大体ね。あとは、テストプレイだけ」

「凄いですね、こんな短期間で」


 正直言うと、その凄さはまったく理解できなかった。ただ、こうして六人と一匹が集結して、のんびりと同じ時を過ごせるのが嬉しかった。


「しばらく暇だし、全員でやってみるか。そのテストプレイとやらを」


 妻に無視を決められたばかりの大賢者は、まったくのノーダメージで会話に加わる。新たな疑問が湧いた私は、そちらの方に意識を向けた。


「暇って……まだ、お父様とは連絡が取れないんですか?」

「ああ。ダメだ、あのオヤジは。何やってるんだろうな、マジで」


 大賢者は空になった黄金色のマグをテーブルの脇に置くと、灰皿を手繰り寄せてぶっきらぼうにタバコを吸い始めた。


「オーパか……早く会いたいな!」


 鼻先にマシュマロを付けたキラが、まだ見ぬ祖父との対面を想像して目を輝かせた。


「そうは言っても、音信不通。こっちからやれることは何もない。ただ待つよりも、楽しく待とう」


 キラにおしぼりを放り投げ、大賢者が話題を戻した。なぜおしぼりを渡されたのかわかっていないキラに代わって、彼女の隣に座るアシハラがその役目を果たす。


「ここで待機していれば、地上で万が一のことがあっても、動きやすいでしょうしね」


 アシハラの言葉が、私たちの次の方針を固めた。


「決まりだな」

「ピィッ!」

「ゲームかぁ……優勝するぞ!」

「キュオーン!」


 たまには思い切り遊んだっていい。


 今度の行き先は未知の領域。


 果たして、ソフィーさんの作ったゲームは、この面子が踏み込んでも耐えうるものなのだろうか。


 拠点は地中海の遥か上空に浮かんだまま。


 発明王エドガンから、返信が来る、その時まで――。

********機密情報********


――以下、極秘資料につき持ち出し厳禁――





お元気ですか。アクセナです。

私の声は、ちゃんと届いているのでしょうか。

今、とても変な気持ちで、手紙を書いています。


皆さんが去ってから、すぐに試作の黒土が出来上がりました。

少し粘り気が強すぎたのか、植えたホウレンソウが上手く根を張ってくれませんでした。

明らかな失敗でしたが、この失敗は新しい希望を生んでくれました。

粘りが強すぎたということは、含ませる魔力量が多すぎたということです。

抽出量を少なく調整することによって、もしかすると魂石の消費量が抑えられるかもしれません。


あの……こんなこと書いて、いいんでしょうか。

面白くないことばかり書いて、すみません。

他に書くことも、思いつかなかったもので。


また、ぜひ遊びに来てください。

セレナも、マノリスさんも、待っています。

あの大きなお侍様の作ってくれた、ご飯の味が懐かしいです。

今度は、自家製のホウレンソウを使った料理を、振る舞いたいと思っています。


それでは、イシュタルさん。

どうか心も体も、お大事にして、お過ごしください。


アクセナ

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