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大賢者の秘書官イシュタル ~何者でもない魔女の一生……になるはずだった~  作者: ふるみ あまた
4章 森の錬金術師の章

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93 基本的な問題の解決方法

 

 一晩明けたフェヴロティアの朝は、雨でも晴れでもなかった。厳しい冬の一日を乗り切ったコマドリたちが、雲の向こう側に存在する太陽に向かって、高く細いさえずりを響かせていた。


「それでは予定通り、本日は『泥ハックン』の移動をするわけだが……」


 玄関代わりに使われているシャッターを背に演説するのは、本日も絶好調の大賢者である。ソフィーさんとサラマンダー君は安定の欠席ということで、聴衆は私たち五人しかいない。


「……『新生・泥ハックン』だったんじゃ?」


 私の隣に立つアクセナが、さすがの記憶力を発揮した。彼女はぬかるんだ地面に向かって、ぽつりと呟いた。


「なにか言ったかね!? アクセナ君!?」


 気の弱い錬金術師に、大賢者が容赦なく圧力を突き刺す。私たちの前に並んでいたキラとピィちゃん、そしてアシハラまでが振り向いてきた。


「なんでも、ありません。ははは……」

「ならば、よし。話を続けよう。移動を始める前に……」


 今日も今日とて、力任せに事は進む。遅かれ早かれこうなっていたはずだが、その原因が昨夜の自分にあると思うと、どうにもやるせない気持ちになってくる。





 大賢者が再度合流してきた後の夕食会は、最高潮を迎えていた。


『ごちそうさまでした。こんな美味しいものがあるなんて、知りませんでした。たまに外に出ても、村にはこういったものが食べられるお店もないし。本当に、招待してくれて、ありがとうございました』


 最後まで見事な巻き寿司を提供し続けたアシハラに対し、アクセナが丁寧にお礼を述べた。


『いやいや、とんでもない。こちらこそ、ありがとう。お口に合ったようで、何よりです』


 アクセナへの会釈を終えたアシハラは、自分の分の巻き寿司を皿に盛ると、調理台の後片付けをスマートに始めた。見た目と反した紳士的な振る舞いに心打たれたのか、アクセナは何も言わず、その様子をうっとりと眺めていた。


 一方で、満腹になって眠くなったのか、キラは静かに、ピィちゃんの膨らんだお腹をさすっては、忠犬サラマンダー君への頬ずりを繰り返していた。


『それじゃあ、今日は帰って寝るか。明日も早いぞ? 装置の改造は、まだ終わってないからな』


 会の終わりを告げたのは大賢者だった。誰よりも後からやってきたこの男は、誰よりも多くの巻き寿司を、誰よりも早く平らげ、バカ話で会を盛り上げることに終始していた。


『そもそも、なぜ室内に機械を? 土を生み出す装置だったら、室内に置いておくのはマズいのではないですか?』


 単純な疑問だった。私のその一言で、それまでの和やかな雰囲気が、嘘のように冷え固まった。


『あ。そっか。えっと、その』


 ゲストであるアクセナは、この世に存在しないものを探すように、テーブルの上やピィちゃんのフード、果ては酢で光るアシハラの指先まで、忙しなく視線を動かした。


『バ、バッカだなぁ、お前。そんなの、ハナから承知のことだよ? 明日にでも、移動をしようと、アクセナと相談をだなぁ』


 強引ではあったが、最終的に空気を変えてくれたのは大賢者だった。明らかに嘘はついていたが、私の心を救ってくれたことには、間違いはない。





 今さら思い出しても仕方がないのだが、失敗というのはどうにも忘れがたいものがある。それを胸に、少しでも昨日の自分より、優れた動きをしなくてはならない。


 心の内で反芻していると、朝礼を模した何かも終焉を迎え始めていた。


「……説明は以上だ。何か、質問がある者?」


 ガレージの中央を陣取る巨大な装置『新生・泥ハックン』もとい『泥ハックン』。それを運び出すためのプロセスを、長々と演説しきった大賢者が、整列した私たちに向けて言い放った。


「はいはいはいはい!!」


 質疑応答と言えば、キラである。今日も彼女は元気よく、挙手と垂直飛びをセットにした躍動をしてみせた。


「はい、キラ君」

「長くて、難しくて、わかりません!!」

「そうか。要は全部俺がやるから、お前らは余計なことしてケガするなよ、ってことだ」

「りょーかい!!」


 結局は、そういうことである。


 無駄なごっこ遊びが好きな大賢者は、このシチュエーションをわざわざ用意して、それっぽいことがしたかっただけなのだ。


「質問は、もう無いかな? それじゃあ、皆さん、今日もご安全に!」


 大賢者がしたり顔で締めのセリフを口にすると、前方の三人がぞろぞろと動き出す。現場監督が好きに動くと言うのならば、自分たちで仕事を探さなければならないためである。


 シャッターとは反対方向に走っていったキラが、テントの近くのバーベキューコンロの前で腕を組んでアシハラに提案する。


「肉を焼こう!」

「焼かないよ? 朝ごはん食べたばかりだから。それに、いつ雨降ってくるか、わからないでしょ?」

「ピィ!?」

「海鮮であっても、天気は変わらないよ? まぁ、この辺、片付けようか?」


 アシハラは、自分の足元でちんまりと立つピィちゃんへの対応も忘れない。三人はどうやら、大賢者のサブ拠点であるシェルターの撤収を軸に動くようだ。


 いつも通り、子守はアシハラに任せ、私は隣に立つアクセナとの共同作業の案を出す。


「装置から出る土を入れる、容器みたいなものはあるんですか?」

「え? ……あ、そうか。どうしよう」


 睨んだ通り、アクセナは肝心なところで抜けていた。


「四の四乗は、四つの元素と!?」


 助け舟を出してきたのは、私たちとは結構距離が離れたシャッターの下に立つ現場監督――大賢者だった。


「四つの次元……あ、そうか!」


 私には理解できなかったが、アクセナにとってはそれだけで十分だったらしい。彼女は瞳を艶めかせ、ガレージの中へと入っていった。


 変人に置いて行かれ慣れている私は、彼女のあとをゆっくりとついていった。建設作業をする予定のはずの大賢者も、なぜか後ろからついてきた。





 そこら中に設置されている機械が熱を発しているからだろうか。いつ来ても、アクセナのガレージはそこまで冷え込んでいることはない。


 最初は鼻を突いた鉄と油の匂いも、慣れてしまえば、どこかノスタルジックなものにも感じられるようになってきた。


 アクセナはガレージの奥にいた。彼女は流しの下の戸を開けて――開けてというよりは、使い古して建付けが悪くなっているのか、取り外して、そこに上半身を突っ込み、足をバタつかせながら何かを探していた。


 この珍妙な光景をどう見守ったものか、少し困惑した私は主君の顔を見上げた。


「……セクシーだな?」

「あった!」


 何も解決しない大賢者の言葉を切るように、アクセナが叫び声を上げる。


「これを、使いましょう!」


 ひょっこりと姿を現した彼女の手に握られていたのは、何の変哲もない、麻でできたジュート袋だった。


 野菜でも入っていたのか、土を入れるにしては目が粗い。しかも、たったの一枚。


 だが、私の隣にいるのは魔法界最高峰の頭脳だ。そして目の前にいるのは、その頭脳が認めた才能の持ち主……いや、正直言って、不安は隠せない。


「問題……ないんですよね?」


 今度こそ。私は叡智を期待して、大賢者を仰ぐ。


「正解だ。黒土には粘り気を足す予定だし、その袋に入れられる量は四の四乗倍まで増やせる」


 どうしてそうなるのかはわからない。


 ただ、この男が得意とするのが空間魔法であること、そしてアクセナが自信たっぷりの笑みを見せていたことで、私は一旦、飲み込むことにした。


「その方法っていうのは、持ち運びにも対応しているものなんですか?」


 参考までに、というやつだ。私のこういう部分が、昨晩の失敗を生み出していることは、重々承知ではあるのだが、聞かずにはいられなかった。


「そういう話、聞いてて楽しいか? ……まぁ、いいか。アクセナ、話しておやり?」

「はい! この方法の凄いところは、圧縮せずに袋いっぱいに詰めたときよりも、軽くなるところなんです! エドガ……あ、失礼しました! 大賢者様のお父様が実際によく使っていて……」

「も、も、もう! わかりました、結構です」


 意外なところで、アクセナの錬金術師魂に火が点いてしまった。その熱に焼き切られる前に、私は手のひらを彼女に向けて、降参の意思を示した。


「……それで、その袋を、どうやって農地まで運搬する気ですか?」

「こまけぇなぁ。マネージャーか、お前はぁ!?」


 特に有効な回答を示さずに、大賢者が荒い言葉を使ってくるときは、便意が真に迫った時と、図星を突いてしまったときである。ちなみに、私は彼の秘書官なので、マネージャーでもある。


「アクセナぁ!」


 まだ少したどたどしい、女の子の声が背後から割って入ってきた。振り返ると、そこにいたのはマノリスの孫娘であるセレナだった。


 私だけでなく、大賢者の見えない警戒網すら突破してガレージに侵入してきた彼女は、まっすぐにアクセナ目がけて飛び込んでいった。

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