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大賢者の秘書官イシュタル ~何者でもない魔女の一生……になるはずだった~  作者: ふるみ あまた
4章 森の錬金術師の章

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86 お返しはボディーブロー

 

 ――ズシン。


 堆肥のゴーレムは、発酵と共に森の静寂を突き進む。


 一歩進むごとに、雨に濡れた土の道は窪み、たちどころにそこは栄養満点の土壌へと変化する。


 ――バキバキ、バキッ。


 高い位置から突き出た枯れ枝は折られ、ゴーレムの肩に食い込むと、即座に肉体の一部となっていく。


「行けぇ!! ウンちゃん!!」


 雨の匂いもそぞろに、このゴーレムの召喚主であるキラが嬉しそうに囃し立てる。


「危ないから、前向いて空を飛んで!」


 後ろから追走していた私は、かじ取りを放棄したキラの代わりに、召喚主ごとゴーレムの進路をコントロールする。


 破壊と再生の饗宴を手土産に、我が君の待つガレージまでもう少し。





 森深くに存在するビルドインガレージに到着すると、先頭を飛んでいたキラはわざわざ水たまりに着地。泥が跳ねる喜びを全身で受けた。


「ほらほら、もーう……」


 遅れて地上へと降り立った私は、簡易的な洗濯魔法でその汚れを洗い落とす。キラは黙ってTの字に立ち、満足そうな笑顔を見せていた。


 そんな中、開け放たれたままのシャッターから、最初に姿を現したのは『森の錬金術師』アクセナだった。彼女の方に顔を向けたキラは、握りしめていた杖で私たちの後ろに立つゴーレムを指した。


「アクセナぁ! ウンチ持ってきたけど、どうしよう!? こいつ、どこ置く!?」

「……だ、だ、ど、どちら様ですか?」


 大人の姿に変身したキラと、堆肥によって作られた巨体のゴーレム。情報の暴力を食らったアクセナは呆気にとられながらも、なんとか戸惑いの言葉を絞り出した。


「はっはっは! ハッハ、ホー!! お前ら、そんなもん作ったのか!? よくやった!!」


 アクセナに続いて姿を見せたのは、青みがかった黒髪に、お馴染みのくわえタバコの大賢者レオナルド・セプティム・アレキサンダーだった。彼はなぜか上半身裸で、その肌は黒い油にまみれていた。


 大賢者は雨に濡れることも(いと)わず、そのまま私たちに近づいてくると、少年のような笑みを浮かべて生成したばかりのゴーレムにそっと手を当てた。


「おお……防臭もバッチリ。タルの仕業だろう?」

「おいぃ!! 私が召喚したんだぞ!? タルは防水をしただけだ!!」

「わかってるって。お前もよくやった。初めてだもんな……うん、よくできてる」

「キッシッシ。撫でてもいいぞ?」


 大賢者は言われるがまま、ガシガシと力強く愛する娘の頭を撫でつけた。その様子を見つめながら、私はやはりというべきか、格の違いというものを思い知らされた。


 この男には、いかなる隠匿も通じない。私の個人的な嗜好によって、ついでにかけておいた防臭魔法はすぐに見破られた。


「その姿でいるのは疲れるだろう? さっさと変身を解いて、中で休め。掃除は終わってるから」

「オッケー!!」


 すでにゴーレムの支配権を奪われていることにも気付かず、キラはいつもの少女の姿に戻ると、風のようにシャッターをくぐっていった。


「……おっと!」


 そして、ひょっこりと舞い戻ってくると、ブーツの裏につけたままの飛行用魔道具を外壁にかけてから、もう一度シャッターをくぐっていった。


「……おぉ」


 あんぐりと口を開けたままだったアクセナは、十秒遅れてから、一連の動きを見せているのが間違いなくキラだということを認識したようだった。


「アクセナ!! キラを見張っとかないと、冷蔵庫のチェリーコーク全部飲まれるぞ!?」

「ええぇぇ!?」


 大賢者が言葉一つで、アクセナの棒立ちを解く。彼女は急いで建物の中へと入っていった。その様子を背中で見送った大賢者は、肩を組んできそうな喜びようで私に話しかけてきた。


「この悪戯魔女め」

「……何のことでしょう?」

「へへっ。そういう嘘だったら、歓迎だ。できれば、いつでもそういう顔をしてほしいもんだがな?」


 大賢者はくわえていたタバコに人差し指を向けただけで火を点けた。気付けば、私たちの周囲だけが降りしきる雨から守られていた。


「難しかったろう?」

「いえ……キラの魔力については、前々から、そういったことも可能なのだろうな、とは思っていましたから」

「ってことは、入れ知恵ひとつで、こんなものを作らせたってことだな? 大した魔女だ、お前は」


 主君からの最高級の誉め言葉は、私の脳を振動させた。その振動は一瞬でつま先まで到達し、余韻で全身が震えそうになった。すべては自分の中の狂気を抑えられなかった結果だが、いい方向に転がってくれて何よりだった。


「それで……どうして、そんな格好を?」


 私は、照れ隠しで話題を逸らした。大賢者の風貌は、ガレージから飛び出してきた男としては自然なものだったが、魔法界のトップに立つ者としては不自然極まりなかった。


「これ? 口説いてた。錬金術師を」

「そういうのいいですから」


 アクセナの年の頃は二十代中盤。かつての大賢者であれば、それはメイン層とも呼べる標的であるのは事実だが、この場合はいつもの悪ふざけの回答である。とはいえ、秘書官として一つの懸念が拭いきれない私は大賢者に尋ねた。


「セクハラとか、してないですよね?」

「うむ……言い出しにくいのだが……」


 まさか。この生活に入って、初めての不祥事か。心臓がキュッと縮み上がり、最悪の事態を想定して私は身構えた。


「俺様としたことが、新しい機械の作成に夢中になっちゃって。肝心のそれを忘れていた。おかげで思い出せたから、やってくるか」


 反射的に、石膏のように硬い大賢者の腹筋を殴りつけた。


「コンプライアンスを守ってください!」

「小言を言うなよぉ! 冗談だって!」

「言われたくないなら、言わせないでください! 冗談だって、言っちゃダメなものばかりじゃないですか、あなたの場合!!」

「やめろやめろ!! ウンチゴーレム君の前だぞ!? キラの作ってくれた!!」

「あなたのために作ったわけじゃありませんけど!?」

「俺のために作ってくれたと、思い込んで生きていきますけどぉ!?」


 左右のコンビネーションパンチは、静寂の森によく響き渡った。


 私たちが堆肥を運ぶのは、それからになった。

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