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大賢者の秘書官イシュタル ~何者でもない魔女の一生……になるはずだった~  作者: ふるみ あまた
4章 森の錬金術師の章

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83 涙の堆肥

 

「アクセナ! 大賢者様と、御一行様まで! 今日は一体、どうなっているんだ……」


 何かあったのか、再会を喜んだのも束の間、マノリスは顔に当惑の色を浮かべた。


「どうされたんですか?」


 私たちをここまで導いたアクセナが尋ねる。


「いやぁ……」


 マノリスは誰もいないのに、周囲を警戒するように声をひそめて言葉を続ける。


「今朝から、スキアスたちの様子がおかしいんだ。側近のサプロスと一緒に『何か困っていることはないか?』と言って回って……とにかく、皆、気味悪がってる」

「そ、そうなんですか?」


 まずい。あまりに人格が違いすぎて、早くも歪みが生じている。


 マノリスとアクセナの怯えようを見て、私は事の発端である隣の男を仰ぎ見た。しかし、当の本人は涼しい顔をして二人の会話に割って入った。


「いや、実はさぁ、昨日の酒盛りで深酒しすぎたみたいでな。二人とも、屋敷で頭打って倒れてたから、俺が『治療』をしてやったんだよ。しかしどうにも、打ち所が悪かったみたいで……。もし、発見が少しでも遅れていたら……まぁ、命が助かっただけ、マシだと思ってくれ」


 邪悪を上回る悪には、何と名付ければいいのか。


 答えなどない。あるとすれば、人々はそれを『神』や『天災』といった、不可抗力の象徴に当てはめるだけだ。


 そんな『人々』の端くれに名を連ねる私もまた、大賢者という『災厄』をただ、諦めている。あの二人に関しては、運がなかった。私から言えるのはそれだけだ。


「あ、頭を……? そ、そうだったんですか。道理で、サプロスの奴、私が断っても無理やり堆肥の山を担いでいこうとするわけだ……。命の恩人の大賢者様に文句は言えませんが、あれじゃあまるで、壊れた人形ですよ」

「はっはっは。上手いこと言うなぁ」


 大賢者が笑い飛ばすと、マノリスはどこか申し訳なさそうに、しかし首を横に振りながら、不謹慎な笑いを零した。搾取され続けてきた彼にとって、スキアスたちの変貌は、救いとなったのだろう。


「それで、今日はどうされたのでしょうか?」

「うむ。何を隠そう、このアクセナが、愛する故郷のために一肌脱ぎたいそうだ」


 今回の主役はあくまでアクセナだ。 だから肝心の本題は、本人の口から切り出させる。大賢者には、彼女が成功者になるという未来が見えているに違いない。なんだかんだ言って、彼はアクセナの心にある影を取り除いてやりたいのだ。


 舞台の中心へと引きずり出されたアクセナは、下を向いたまま、眼鏡を押し上げた。その指先は、微かに震えている。上天から降り注ぐ『災厄』の視線が、彼女の逃げ道を静かに塞いでいた。


 ここで臆すれば、アクセナは自縄自縛の呪いに苦しみ続けることになる。


 私は黙って、『神』の力による生まれ変わりを信じ、祈りを捧げた。


「……黒土を、作ります」


 顔を上げた彼女の声は、もう震えていなかった。


 アクセナの決意を受け取ったマノリスは、目を見開くと、微かな笑みを浮かべた。今度の笑みは、慈しみに満ちた温かいものだった。


「ようやっと、言ってくれたか。あの装置……あれは、そういうことだったんだな?」

「はい……今まで黙っていたりして、すみませんでした。私は……その……卑怯でした。マノリスさんや、セレナに、いつも良くしてもらっているのに……何のお返しもできなくて……それで焦ってしまって」


 マノリスは少し上を向いて、大きく笑った。


「卑怯なもんか。お返しなら、村の子供たちがもらっているじゃないか。私もたった今、もらえたところだ」


 雨は降っていない。それなのに、アクセナの立つ地面のところだけ、ぽたぽたと、数滴の雫が吸い込まれていく。


 温かい笑みを浮かべるマノリスは、さらに上を向くと、堆肥の山の方へと体を向けた。次にその口から出た言葉は、少し震えていた。


「錬金術のことは、よくわからない……が、お前が自分の足でここまで来たということは、これが必要なんだろう? 好きなだけ、持っていくといい。スキアスには、私が上手く言っておく」


 マノリスは背中を向けたまま、空を見上げ、不器用に目元を拭った。



 しんみりとした場の雰囲気にそぐわない、六人と一匹。その中で、キラと私だけが、つられてボロ泣きしていた。


「ううっ、……よくわかんないけど、良かったなぁ……アクセナぁ!」


 私は、視界を滲ませながら、隣で騒ぐキラをたしなめた。


「コラ……邪魔、しないの」


 感動を分かち合っているのか、ただの貰い泣きなのか。


 ともかく、私たちの涙によって、重苦しかった空気は完全に洗い流されたようだった。

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