81 昼時に語る夢
冬の陽だまりに温められた繊細な磯の香りが、外から運ばれてきた。
「ご飯だぞ!!」
埃っぽいガレージに響く大賢者の声を合図に、全員が作業の手を中断させた。キラが最初に駆け出して、私たちも後を追い、屋外に設営されたアウトドア用のテーブルへと集まる。
「おっ!? 何味だ!?」
「塩。アクセナ殿は、これ使って。ちょっとこの人だけ、苦手っぽくて。一緒に入れられなかったから」
「ありがとうございます……」
卓上に並べられていたのは、キラが渇望していたラーメン。具材には、地元の淡い色をした野菜が使われ、上には磯の香りの正体でもある、焼き海苔が乗せられている。脇には、ハーブをはじめとする数々の調味料が盛られた小皿が用意されていた。
ふと横を見ると、テントの前に焚き火が起こされていた。土手に立てかけられた大鍋を見て、私は何気なくアシハラに話しかけた。
「珍しいですね、アシハラさんがこういうものを作るなんて」
盛り付けは丁寧だが、用意されたラーメンはインスタントやカップのものがごった煮にされた、豪快なジャンクフード。普段のアシハラの料理を知っている私からすると、意外性のあるメニューだった。
「そうね。でも、こういうときって、ジャンクな食べ物の方が、力が湧く感じがしない?」
「確かに……」
言われてみれば、その通りだ。大掛かりな清掃作業でくたびれた体は、今すぐにでも手をつけたいほどに塩分と脂質を求めていた。後片付けを考えても、ゴミが少なくて済むという合理性がある。
「オラァ! ラーメン伸びちゃうだろうが!」
合理性の欠片もない大賢者が割って入り、場を取り仕切る。言われる前に、全員が両手を合わせ始めたのを見て、アクセナも真似をした。
「いただきます!!」
「いただきます」
爽やかな青空に、ラーメンの湯気と一同の声が突き抜けていった。
空になった丼たちは片付けられ、全員から満足げな吐息が漏れた。
「うぇーい」
キラは、焚き火の前で大賢者とアシハラが一服を楽しんでいるところへ、ちょっかいをかけにいった。
「ピピィ……」
テーブル席に残ったピィちゃんは、膨れたお腹を撫でながら余韻を楽しんでいる。
「かわいい……撫でても、いい?」
「ピィ」
ピィちゃんは、満更でもなさそうにアクセナの手を受け入れた。無心でピィちゃんの感触を楽しむアクセナから、ようやく肩の力が抜けたように見えた。
「……どうして、土の生成を?」
私が切り出したのは、そもそも論。フェヴロティアには、たくさんのオリーブやイチジクの木々、野菜が植えられている。特別、土に困っている地域には見えなかった。
「……」
沈黙したアクセナの手がピタリと止まった。ややあってから、彼女は静かに口を開いた。
「……冬は、半分以上が雨なんです」
それが、どんな関係があるというのだろうか。私が次の言葉を待っていると、ガサツな男が音を立てて隣に座ってきた。
「斜面だから、流れてっちゃうんだよな? 雨で」
どこから取り出したのか、大賢者は燻製肉を頬張りながら私たちの世間話に加わった。
「若い人たちも少ないからねぇ。土作りの大変さってのは、各国共通だね」
アシハラまでが戻ってきて、椅子を軋ませた。彼の傍らにいたキラは大賢者に近づき、肉のお裾分けをねだっていた。
再集結した威圧感どもに気圧されながらも、アクセナは眼鏡を引き上げながら、その思いを口にしていった。
「私は……魔法も、体力もからきしで……」
「だろうな! 錬金術師って、大体そうだから、もっと自信持っていいぞ?」
失礼な言い回しだったが、アクセナは目を瞬かせて少しだけ笑った。
「笑いごっちゃねぇぞ? 触媒を使わないって、相当すげぇもん作ってるよ、お前。あと大気中の魔力抽出? あれって、俺とかストラデウスとかにしか使えない、高度な魔法技術なんだけど、どう設計に組み込んでるんだ?」
「エドガンの……いや、あなた様のお父様の技術の、ほとんど、丸パクリです」
「鉱物系の開発なんて、ほとんど表に出してねぇはずだぞ? そのジャンルでいうと、危ねぇもんばっか作ってやがるんだから、あのオヤジは」
この男の言う『危ねぇもん』なのだから、それは相当なレベルになるはずだ。一体何をやっているというのだろうか、大賢者のオヤジは。
「そうですね……ユニコーン石という、特殊な人造魔法石を生み出した理論が、雑誌に載っていて……」
言いながら、アクセナはガレージを横目で見た。表紙だけになり、今は額縁に飾られているあの雑誌こそが、諸悪の根源だったらしい。
「設計図じゃなくて、理論か。じゃあ、大したもんじゃねぇか。そういうのは、丸パクリとは言わん」
錬金術の知識に疎い私は、大賢者が手放しに褒めたという事実だけで、アクセナがずば抜けた能力を持ち合わせていることを理解した。
「ちなみにお前の目指す土っていうのは、黒土か?」
「そう、ですね。昔みたいに、ほうれん草なんかを、冬の間に育てられたら、いいかなと思って……」
アクセナが地元出身者であること、そして色の濃い野菜がなかった理由。この土地の歴史を知る彼女の言葉から、いろいろと情報が整理されてきた。毎度ながら、大賢者の高等な対人技術には恐れ入る。
「なるほどな。だが、できたのは石ころ、と。どうだろう。ここは一度、基本に立ち返って『触媒』を使った方式で、装置を作り直してみないか?」
「触媒……と、言いますと?」
「あるだろう? 雨に流されて『剥き出し』になった、触媒が」
「そうか! ……でも、材料が」
盛り上がっているのは二人だけ。何のことかさっぱりわからない私は、間に入ることができなかった。
「ソフィー呼ぼう!」
なぜかキラが、ここで専門性の高い会話に加わった。
「植物だったら、ソフィーだ! オーマも褒めてた!」
オーマは大賢者の母、ソフィーさんは大賢者の妻。その二人に共通するのは、ポーションに関する深い知識。必然的に植物にも詳しくなる。
「仕方ねぇな……ちょっと行って、呼んでくるわ」
大賢者は大空へ。最近、引きこもりがちな最愛の妻を呼ぶため、彼は現場から消え去った。




