80 それぞれの朝
「何これ!? 冷蔵庫の中に、紙袋が入ってるんですけど!?」
――珍しく、声を荒げるアシハラ。
「綺麗なもんばっかり使おうとするから失敗すんだよ。土の生成がしたかったんだろ? そうなると、目に見えない微細な生物たちの働きが不可欠になってくるわけだから……」
――装置へのダメ出しをする大賢者。
「きったねぇ!! なんか……なんか、もう……きったねぇなぁ!! おい、見ろ!! ソファの裏から、すげぇの出てきた!! 食べてみるか、ゼノ!?」
「ピピピィ……」
――カラカラに乾いた茶色い物体を、なぜか嬉しそうに、素手でつまみ上げるキラ……と、それに付随するピィちゃん。
紙袋を丸める音、装置をノックする音、ソファを引きずる音。一夜明けた『森の錬金術師』の住まいは阿鼻叫喚。私が額縁に入れ、壁に飾った発明王の顔だけが静かに笑っていた。
「あぁ……あの、はい。すみません……ああ、それは……なんだったっけ? リンゴ、だったかなぁ?」
いかに才ある錬金術師といえども、早朝から始まったカオスには対応しきれず。私のすぐ近くで、所在なげに立つアクセナは指先をいじりながら、方々から飛んでくる遠慮のない言葉に翻弄されていた。
「まったくよぉ……でも、なんか懐かしいなぁ。工房の、この感じ……」
発明王の息子である大賢者は、ビルドインガレージの全体を見回して、遠い目をした。
「ありがとう、ございます……」
とても褒められた環境ではないこの場所を褒められ、アクセナはたどたどしくお礼を述べた。
大賢者は彼女を一人にさせることを、徹底的に阻止していた。言うなれば、私たちが行っているのはアフターケア。今行っているガレージの片付けは、その一環に過ぎなかった。
「蜘蛛って、乾くんだな」
「素手、やめなさいよ、あなた。あっちに軍手あるから、使いなさい?」
今日も今日とて、野性味あふれるキラを教育するアシハラ。彼が指したのは、庭先に張られたタープだった。掃除用具が山のように積まれたその場所の傍らには、かつて私たちの住まいだった魔法のテントもあった。
このテントは現在『アクセナ監視委員会』を自称する、大賢者が寝泊まりをしている場所である。空の上で、アクセナが見せた突飛な行動が再発しないよう、彼女を見守る基地として昨晩から機能している。
「軍手だったら、たくさんあります」
窓から差し込む光の中でキラキラと埃が舞っていた。力なく主張したアクセナに、私は現実を突きつけた。
「……どちらに?」
「そ、そこらへんに……?」
アクセナは首を傾げながら答えた。
そんなことをしていたら、発見する前に喉をダメにしてしまう。私はマスクを求めて、キラと一緒にタープへと向かった。
「どこにあんだ、グンテ?」
キラの言う通り、こちらはこちらで大量の物が溢れる場所だった。アウトドア用のシートや机の上に各種掃除用具が取り揃えてあるのはいいのだが、絶対に関係ないカップ麺などの食糧も大量に配置されている。
「まったく……」
私は頭を抱えながら、ガレージの中にいる大賢者を見た。最近はこういう『散らかし癖』がマシになってきたと思ったら、久しぶりの単独生活ではしゃいでいるらしい。
「あった! グンテ!」
「違う」
キラが掴んでいたのは、鏡のように磨かれたピカピカの雪平鍋だった。
「ラーメンを作ろう!」
「作らないって……ん?」
鍋に映し出された二つの人影。私はその存在を確かめようと振り返った。
「おはようございます! 朝から精が出ますね!」
そこにいたのは、大賢者の魔法で人格を書き換えられた村の統治者スキアスと側近の男だった。
「すっげぇなぁ、その格好。どこで買ってきたんだ?」
キラが指摘するのも無理はなかった。二人の着ているジャージの柄はそれぞれ、マーブル柄と木目調という、まったく見たことのないデザインのものだった。
「……ご、ご用件は何でしょうか?」
五十代の男と、ひと回り年下であろう男。二人の異様な立ち姿に、さすがの私もたじろぐ。
「いやいやいや。私たちも何か、お手伝いをすることがあればと思って。やってきたんです」
貼り付けたような笑みを浮かべるスキアスの横顔を朝日が照らす。少し後ろで、側近の男がへそのあたりで手を組み、操り人形のような柔和な笑顔をこちらに向けていた。
「じゃあ……」
「ダメ!」
私はキラの言葉を先回りして阻止した。彼女のことだから、直近のこと、この場合は軍手とマスクの捜索を肩代わりさせようとしたのだろう。私は少し考え、妥協案を出した。
「……大量にゴミが出る予定なので、それを引き取ってもらえますか? 日が暮れてから、またここにきてください」
大賢者の魔法にかけられた二人が絶対に安全な存在なのは、わかっている。わかっているのだが、この二人に私物に触られるという行為が、私には我慢できなかった。
「わかりました。行くぞ、サプロス」
「はい、かしこまりました」
スキアスの呼びかけに一分の迷いもなく同調する側近の男。その名前をこのタイミングで知るとは、夢にも思わなかった。
二人は足並みを揃え、朝露で輝く森の奥へ姿を消していった。行き先はフェヴロティアの村で間違いない。新生させられた統治者たちによる慈善活動の始まりは、見ていて気持ちのいいものではなかった。
「刈り込みがすごかったな!」
明朗なキラは手を自分の頭の横で動かし、サプロスと呼ばれた男の髪型を、今さらになって弄った。
「なんだ、お前ら。サボりか?」
ビターな香りを漂わせながら、大賢者が合流してきた。そう言う本人が、くわえタバコで椅子に座り込むという、一番の怠惰の姿勢を見せていた。




