79 救いのスブラキ
ふざけやがって。
落下防止魔法をわざわざ解いてまでアクセナを空に飛び込ませるとは、大賢者の風上にも置けない野郎だ。
常識を持った人間なら、そう結論付けるだろう。
しかし、件の男の隣に立って久しい私の考えは違う。
無茶苦茶だったこの救出劇にも、きちんとした理由がある。
日没を背景にしたウッドデッキで、私は言葉にできない、隠された真意を静かに噛み締めていた。
「みんなの、役に……立ちたかったんです……」
毛布にくるまったアクセナは、凍えながら零した。
錬金術師は、魔法界で浮いた存在。彼女が思い悩んでいたのは、村での人間関係。
「まさか、あんな……恐ろしいものを、求められていたなんて……」
あの装置は、彼女の本意で生み出されたものではなかった。スキアスにどう騙されていたのかまでは定かではないが、それだけは確かなことだった。
「お前は一度死んだ。あのオッサンどもと違って、お前自身がその道を選んだんだ。人間、二度は死ねん。不器用のくせに、全員に肯定されて生きようなんて、俺様でも不可能な生き方は目指すな。村に帰ったら、まずは、お前の身を案じていた者たちを抱きしめてやることだな」
タバコをふかしながら、大賢者が声をかける。突き放したような言い草は、不思議なほど簡単に私の喉を通って行った。
命を賭すほどの責任感というのも、なかなか見られるものではない。そういった意味では、アクセナの生き様は、スキアスたちと比較するにも値しない、高潔なものだ。一方で、その不器用な献身は、私にとっては特別で、恐ろしく身近なものに感じられる。
「死なないでください」
私は、救いを求めて無様に足掻いている「かつての私」を抱きしめるように、言葉を紡いだ。
「私にも、思い悩んでいた時期がありました。生き延びたことを恥だと思ったこともあります。だけど、生きてください。恥ずかしくても、どんなに醜くても、自分勝手でも、全然いいです。その先に、案外悪くないものが、広がっていたりしますから。完璧とは程遠くて、思っていたものとは、かなり違いますけど」
夜の訪れを風が知らせてきた。鼻先に運ばれてきたのは、深く煎られたコーヒー豆のような匂いだった。
案外悪くないものの手が、私の肩に乗った。顔を向けると、そこには理想とは程遠い、いつもの不敵な笑顔があった。
一瞬の浮遊感を抜けると、湿った夜の空気が肌を叩いた。フェヴロティアの村は、足元も覚束ないほどに薄暗くなっていた。だが、広場だけは、生気のある灯かりに包まれていた。
至る所に篝火が焚かれ、料理や酒を囲む村人たちの笑い声が夜気に響いている。
昼間はレスリングに興じていたピィちゃんは給仕長として働き、村の屈強な若者たちを背中で率いている。一方で、プラタナスの木の下にいるアシハラは煙を立ち昇らせ、香ばしく焼けた肉とスパイスの匂いを広場中に届けていた。
「レオ、タル!! どこ行ってたんだよぉ、もう!!」
すっかり風景の変わった広場の奥から、その声を置き去りにする勢いでキラが突っ込んできた。
「ごめんごめん……っ!」
背中まで腕を回された私は、出そうになった声を堪えた。
華奢な体のどこからそんな力が湧くのか、キラは骨が軋むほど強く抱きしめてきた。日中は、村の子供たちと遊びっぱなしだったのだろう。広場の奥で、力なく地べたに座り込んでいる何人もの被害者を見ながら、彼女の熱くなった後頭部を撫でた。
「アクセナ!」
突然の声に驚いたのか、キラは私の体から離れ、今度はその背中を預けてきた。
声の主は、昼間アクセナの身を心配していた初老の男性だった。傍らには彼の孫娘のセレナの姿もあった。彼らは、私たちのすぐ後ろにいたアクセナへ、迷うことなく近づいた。
「良かった……無事だったのか。セレナ、アクセナだよ?」
「アクセナ!」
安堵する二人に反して、アクセナはバツが悪そうに二人から目を逸らした。彼女に駆け寄ろうとした男性は足を止め、目に見えぬ何かを感じ取ったのか、セレナも黙り込んでしまった。
少し離れた場所で流れている雰囲気とはまるで違う、重たい空気が場を包んだ。
酷く場違いな、軽薄な音が鳴った。
口の中で舌を鳴らした大賢者は、セレナと目線の高さを合わせて、決着を導く。
「いいもの持ってるな。お祭りは楽しかったか?」
数々の魔女を落としてきた大賢者は、輝くような笑顔を見せながらセレナに話しかけた。問われたセレナはこくりと頷き、小さな手で大事そうに握っていたスブラキを掲げてみせた。
「見てごらん。お前の大好きな姉ちゃん、腹を空かしてそうだろ? 悪いが、少し分けてやってくれないか?」
「うん!」
セレナは大賢者にもう一度頷くと、今度はアクセナに笑顔を向け、香ばしい串焼きを差し出した。しかし、アクセナはそれを受け取れなかった。
「ごめんね、セレナ……ごめん……」
その串が突き刺したのは、心だった。アクセナは目から大粒の涙をこぼし、優しくセレナを抱きしめた。
「おぉいっ!?」
セレナの手を離れ、地面に落ちそうになった大切な食糧を、スレスレのところでキャッチしたのはキラだった。救い上げたエネルギーをひと口頬張った彼女は、最初に大賢者、それから私にも串の先を向けて、お裾分けをしてきた。
差し出された肉を、噛みしめるたびに思う。
予定にはない広がりを見せた、この夜もまた、素晴らしい、と。




