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大賢者の秘書官イシュタル ~何者でもない魔女の一生……になるはずだった~  作者: ふるみ あまた
4章 森の錬金術師の章

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75 incomprehensible

 

 私を突き動かしていたのは好奇心だった。


 背後ではまだ、ピィちゃんとのレスリングに沸く若者たちの歓声や、キラの奔放に駆け回る音が響いている。しかし、大賢者の座る席へ近づくにつれて、それらの音は膜を張ったように遠のき、人気はまばらになっていった。


 そこだけが村から孤立したかのような、三人だけの奇妙な末席。高級そうなローブに身を包んだ二人の男の正面で、大賢者だけが笑っていた。


「……ダハハハハ!! よう、タル。お疲れ。こちら、シキヤス家の当主様だそうだ」

「スキアス……です」


 名前を覚えない大賢者の術中に嵌まっていたのは、この地の名家出身らしき男だった。身なりからして、村人たちとは所得が違うということが伝わってくる。『当主』ということは、このフェヴロティアを統治する立場にある者だと思われる。


 となると、隣に座る男は秘書か、あるいは会計を担当する者か。いずれにせよ、外部の人間である可能性が高いその男は、雇用主と揃って青ざめている。何が起きてそうなったのかまでは分からないが、この二人が大賢者に睨まれているということは、つまりはそういうことなのだろう。


「……はじめまして?」

「おっかねぇ顔すんなって。座れ座れ。悪いね、うちの秘書、愛想が悪くて」


 私は大賢者が引いた椅子に座り、場違いな追い込み現場に加入した。


「二人はもう、十分食った? ポテイトとラムしか余らなかったけども」

「いやいやいや……私たちは」


 側近の男は一刻も早くこの場を離れたそうに、クロスの色と雇用主の顔色を交互にうかがっていた。


「まぁ、大変だよなぁ。俺も、実家が領地を治める立場なもんだからさ……ハクシュン!! 失礼。まだ二月だからかなぁ? どうにも冷えて……ハクシュン!! 搾取!!」


 世界一難解で、簡単な大賢者劇場の解読が始まった。


 搾取。


 何かしらの方法を用いて、この二人が村人たちから魔力の搾取をしていた、ということだろう。それはそうとして、そんな技術がこの世に存在するのか。それが最大の疑問だ。


「どうしたぁ? なんだか、顔色が悪いなぁ? ラム肉だけじゃあ、栄養が足りなかったかぁ? レバーとかの方が、即効性あるからなぁ。ちょっと待ってろ。どこかにあったなぁ。レバー、レバー……」


 カコン、という重々しい金属音が卓上に響いた。一点を見つめたまま口を真一文字に結んでいた、当主のこめかみから脂汗が流れ落ちた。


「あ、こっちのレバーじゃないか! こんなもん、食べれないもんなぁ!? ダハハハハ!!」


 大賢者がわざとらしくテーブルの上に落としたのは、レバーと言われなければ何なのか分からない鉄の塊だった。その無機質な物体が出現した途端、二人の男はそれまで見せていたソワソワとした動きを、さらに激しくさせた。


「あれぇ? 二人とも、汗でびっしょびしょになっちゃって。どうしちゃったのぉ? 二月だよぉ?」


 相手の意識を確かめるよう、大賢者はテーブルをダブルノックした。


「我々はその……」


 当主は言葉を探るように視線を低く動かした。しかし誰も助けには来なかった。


 村人はおろか、役人たちまで近寄ってこないところを見ると、この男の支持率が透けて見える。緊急事態だからこその、普段の人間性というものがはっきりと浮かび上がっていた。


「うん? 危なかったよなぁ? 君たちも、栄養失調になってたんだって? しかも自分の家の中で。熱い気持ちを持った若者たちが、率先して助け出してくれなかったら、今頃どうなっていたことか……」


 嘘つけ。お前がわざわざ助け出したんだろ。でなければ、あんな非魔法界的なレバーなんて持っているわけが……。


「……装置?」


 私の言葉は、誰に問いかけたものでもなかった。


 一本の筋が通った気がした。当主の屋敷の中に、村人たちの魔力を吸ってしまうような、大がかりな装置があったとしたら……。背後に響く、村人たちの安寧の声が、急に薄ら寒く感じられた。


 だが、これだけではすべてが繋がるようで、完全には繋がらない。


 なぜ、大賢者はこの男たちを助けたのか。そしてそんな代物があったとして、それを完成させてしまうような、油くさい錬金術師の気配がこの場には一切ない。私の思考は、すぐさま理解不能の壁にぶち当たった。


「ところで俺たち、錬金術師を探して旅してるわけなんだけども、何か知らないかぁ? 生活力が無くて、メガネかけてて、頭良さそうに見えてどこか抜けてる、チェリーコーク愛好家とかさぁ」


 炭酸飲料の缶を開ける音が、私の脳内にリフレインした。


 あの子が、アクセナこそが錬金術師だった。なんという……。一体、どこまで知っているというのだろうか、この男は。


「知らないか? じゃあ、しょうがない。もう行っていいぞ? 立ち上がったら、よく考えて行動しろよ? ひとつでも間違えれば、正義の味方がぶっ飛ばしに行くから」


 ガタガタと、震える足でのっそりと立ち上がると、当主はその場で転移した。側近の男は悲鳴に近い声を上げて、それに続いた。


 その様子を見届けた大賢者は、少ししてから、やるせなさそうに溜め息をついた。


「……まったく。二人とも、屋敷に入っちまったよ。警告してやったのに」


 当主と側近の行き先は、大賢者が訪問した後の自宅という名の地獄。


「どうして……見逃したりしたんですか?」

「腹減ってる人間殴るのは、忍びないだろ? 追うぞ」


 ――理解不能。

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