65 旅立ちの日に
********機密情報********
――以下、極秘資料につき持ち出し厳禁――
愛するイシュタルへ
ママです。
いきなりの手紙でビックリしました。
でも、イシュタルが前よりも良い環境にいるみたいで
ママはひと安心できました。
帰ってこれるなら、いつでも帰ってきてほしい。
本当なら、そう言いたいところですが
あなたが幸せなら、ママはそれだけで十分です。
大賢者様の秘書なんて
確かに誇らしい仕事ですが
職業は関係ありません。
親はいつだって
子供の幸せだけを願うものですからね。
頼まれた参考書のカタログは同封しておきました。
あなたは昔から勉強が好きな子でしたね。
三百六十五日、何があっても
自分の部屋の机に向かって
あなたが頑張っていた姿を
ママは今でも覚えています。
くれぐれも無理はしないでください。
あなたのまわりには
大賢者様をはじめ
たくさんの頼れる人がいるのですから。
そのことだけは絶対に忘れないように。
ご飯は食べていますか。
この前帰ってきたときは
あんまり痩せていたものだから
ママは心配しました。
でも、あの大賢者様がご一緒なら
それも心配なさそうですね。
それじゃあ
体に気をつけて、頑張りすぎないようにね。
※※※※※※※※業務連絡※※※※※※※※
大賢者より
忠実なる秘書官へ
喜べ。
返信は不要だ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「――あなたのお気持ち、どんなお気持ち!? 美味しいお餅が食べたいのっ!! 餅王は誰だ!? 第一回アレンジお餅選手権大会!!」
一同が集められた庭に、お祭り野郎の声が響き渡った。大会の趣旨については今更説明はしない。三が日も明け、今日は出発の日。滞在最終日にやることではない気もするが、それが大賢者なのである。
「ウオオオォォォ!!」
「やったぁ~!!」
日本での選手権大会は、賑やかし要員としてポコ蔵が増える。この化け狸は、腹の底から咆哮して会場を盛り上げるキラと違い、どこかズレた掛け声を出すのが特徴だ。
「ルールは簡単。それぞれがお餅を美味しくアレンジし、参加者と審査員である俺とアシハラを唸らせれば勝ち」
大規模に調理道具まで用意して始まったこの大会だが……まぁ、料理系の大会において、ようやくアシハラという絶対王者を外す判断を下した点については、感謝すべきかもしれない。
「今日はペア戦なので、代わりにたぬ吉が入ります。意気込みをどうぞ?」
「ポコ蔵です。今日は、お餅を触ってもよろしいんですね?」
「よろしい。さて、優勝したペアには、一日お餅食べ放題の権限をプレゼント!!」
「すげぇ!! いいのかよぉ!?」
「なんという、しあわせ……」
キラとポコ蔵は可愛らしいリアクションをしたが、私は大賢者に思うところがあった。だから今日帰るっつってんだろ。最終日だから余ったお餅をどうにかしようという話になって、こうなっているのだから、それは優勝賞品とはいえない、と。
「それでは早速、抽選会を始めます!!」
流れるようにチーム振り分けが行われた。抽選方式は、大賢者がたった今、自分の手元に出現させた非常に怪しい壺。埴輪色で中が見えない胡散臭いその壺の中から、紙切れが二枚出てくるという、まったく透明性のない方式であった。
「決まりました!! 最初の組み合わせは……ゼノ&サラマンダー君だっ!!」
「ピィ!!」
「キュオーン!!」
魔力相性的に不仲を疑ったこともあったが、最近はお互いの距離感も縮まってきた注目の人外コンビが誕生した。キラやポコ蔵とは違った、王道の可愛さを持つこのコンビが織りなすアレンジ餅は、果たしてどんなものになるのだろう。
「今回は、同時調理じゃありません!! お餅なので、カチカチになっちゃいますから!! ペアが決まったチームから即時調理に入ってもらいます!!」
司会兼実況を務める大賢者と、これから調理を行うピィちゃんとサラマンダー君が庭に残り、他のメンバーは誰からともなく縁側へと移動して着席した。
「それでは調理、始め!!」
開始の号令もそこそこに、調理道具のまとめられたテーブルへ、ピィちゃんがてちてちと歩いていった。そこから彼が選んだのは大きな鉄板だった。
一方でサラマンダー君はふわふわの尻尾を揺らしながら、ピィちゃんに近づいていった。
「ピィ?」
「キューン」
サラマンダー君はひと鳴きすると、可愛らしい中型犬から炎を纏った大きなトカゲへと姿を変えた。ピィちゃんは手に持った鉄板をコンロではなく、サラマンダー君の背中に直乗せした。
「オー、ダイナミック!! これはお好み焼きでしょうか!?」
司会進行役としてはあるまじき、ネタバレという禁忌を犯した大賢者だったが、ピィちゃんたちの調理はまったくその通りの形になった。キャベツと玉子焼き、そしてたっぷりのシーフードが使われた海鮮お好み焼き風アレンジ餅。仕上げにソースとマヨネーズが炙られ、本格的なお店の香り漂う、トップバッターにふさわしい、空腹を刺激する逸品が出来上がった。
「試食タイム!! 全員、箸は持ったか!? それでは、いただきます!!」
「いただきます!!」
私の好きな卵、シャキシャキのキャベツ、格子状に切れ目の入れられたイカ、プリッとした食感の海老、海の旨味が凝縮された貝。これらがお餅で一体となり、香ばしいソースとマヨネーズが暴力的に味覚を塗り替えていく。これはもう
「うん。間違いない味だね」
「うん。0点」
「なんでですか!?」
審査員長のアシハラが太鼓判を押したのに、大賢者がまさかの点数を宣告。私はたまらず抗議の声をあげた。
「豚肉だったら満点だった」
そうだった。この男は海鮮嫌い。しっかりと胃袋に収めている癖に、それを公言するのもどうかとは思うが、大賢者の身勝手な理由により、ピィちゃんとサラマンダー君のアレンジ餅は平均点で大きくマイナスとなってしまった。
「キューン……」
犬の姿に戻って気落ちするサラマンダー君。
「ピ」
ピィちゃんは、そんなサラマンダー君の肩に手を置いて、慰めの声をかけるだけだった。
「出発の時間が近い!! どんどん行こう!! 次はキラ&たぬ吉!!」
「よっしゃあ! いくぞ、ポコ吉!」
「ポコ蔵です」
もはや抽選会すら開かれず、次のコンビが決められた。知性があまり高くないこのコンビの作品は、果たしてどちらに転ぶか。ハズレを引けばどんなホラーよりも恐ろしく、当たりを引けば大発明を成し遂げる。私はキラの過去大会の実績から判断して、エンターテインメントにはもってこいのアレンジ餅を期待した。
並々と水が入った大鍋の前で、ポコ蔵は短い両腕を前に組み、ひたすらお湯が沸き立つのを待っていた。
「あの~……」
「どうしたぁ、ポコ吉ぃ?」
調理をしているのはポコ蔵の隣に立ったキラだけ。彼女はお餅ではなく、多種多様な食材をまな板の上に並べ、不慣れな包丁さばきをみせていた。
「ポコ蔵です。あの、キラさん、わたくしの役目は?」
「ダシ、だな」
「だ、だし!?」
「エルフジョークだよ」
キラが日本で手に入れたのは物質だけではなかった。もっとも、父親の直接的すぎる表現よりは幾分かマシな、大人の言い回しではあった。
きっと目の届かない間に、また成長をしてくれたのだろう。手元の動きは怪しかったが、目つきだけは豚フェスの時の大賢者を彷彿とさせる真剣なものだった。個人的にはあまり父親に似てほしくはないところだが……
「材料よし! お湯が煮えたら、餅をどんどん入れろ」
「はいっ」
「毛が付くだろうがぁ!! このポコ吉ィ!!」
「なんと理不尽な! ポコ蔵です」
まったく困りものである。
「フハハハハ!!」
肝心の大賢者は実況すら忘れ、二人のコントを豪快に笑い飛ばしていた。彼が父親らしいことをしたのは、そのあと娘が仕上げたアレンジ餅を乗せるために大皿を用意したことだった。
「それでは実食!! これは手づかみでいっていい感じか!?」
「うん!!」
キラとポコ蔵が用意したアレンジ餅は、おにぎりサイズに丸められた白いお餅が大皿の上に山盛りにされたものだった。見た目は普通で、箸も不要。そのシンプルさだけで評価したくなるような、彼女らしくもない大人しい作品に見えた。
「全員合掌!! いただきます!!」
「いただきます!!」
消えた食材の数々、そして制作者はキラ。私は慎重を重ね、手に取ったお餅をひとかじりした。
「……これは」
舌に触れた感覚よりも断面を見て判断した。目に映ったのはごはん、紅ショウガ、玉ねぎ、そして牛肉だった。
「ぎゅ、牛丼?」
「あたり!! さすがタル!!」
意表を突かれた。まさかまさかの牛丼餅。お餅の中にごはんを入れるという狂気。米好きのキラらしい発想に、なるほどと唸った。しかし味は普通で、これを料理として褒めていいかものかどうか迷った、その時だった。
「甘ぁ!! 何だこりゃあ!?」
大賢者の叫び声が天を貫いた。言うほど甘いか? というか、大賢者は牛丼が大好きだったはず。何かがおかしい。
「はずれ!! レオのは、インドドーナツ餅!!」
あたりはずれ……そういうことか。キラとポコ蔵が用意したアレンジ餅、それはひとつひとつの具材が違う、大福餅だった。
「また面白いことやったねぇ……これ、何だろう?」
アシハラは呑気な感想をつぶやき、ポコ蔵が丸めたであろう歪な形の餅を迷うことなく口の中に放り込んだ。
「おうっ……」
「大あたり、おめでとうございます! 旦那様がえらんだのは、イナゴの佃煮です」
「そうか……たぬきだもんね?」
イナゴが何なのか、私にはよくわからなかったが、せめて形が整ったものを選ばなければならないことだけは、痛いほど理解できた。
「これは、何かしら? 栗?」
「おお! それを引きましたか! そうです! わたくしの大好物、栗きんとんです!」
と思いきや、ソフィーさんは歪な形のもので当たりを引いていた。私には餅の乗せられた大皿が、もはや宇宙に見えてきた。
「ピィ!!」
ピィちゃんは好物の塩昆布を当てていた。こうなると、私も自分の好みに合ったものを引かなければという思いが生まれたが、ほとんど丸々一個残っていた牛丼餅が、どっしりと手元でその存在を示していた。
「タル、牛丼くれ。甘過ぎて死ぬ。その代わり、こっちやるから」
すでに一個完食していた大賢者が大皿から新たなお餅を雑に選び、私の牛丼餅と強引に交換した。渡されたお餅を軽く押してみると、さっき持っていたものよりもごつごつとした、不穏な手触りがした。
なんだ、この感触は。規則性のない硬いこの感じ、下手すりゃ石。いや、さすがにそれはないか。他に食べられる物だとしてなんだ。
「それかぁ!! それだったら、そんなに心配しなくても大丈夫!」
私を見つめるキラの瞳が、夜空に瞬く星のように輝いていた。まさにきらきら星。彼女のエルフ名、そのものだった。
私は大賢者の秘書官イシュタル。私は大賢者の秘書官イシュタル。私は大賢者の秘書官イシュタル。
「……よしっ」
覚悟を決めた私は大きく口を開けて、半分程いってやった。
「……ん?」
具の硬さは表面だけだった。そこからは馴染みがあって、どこか懐かしい気持ちになる食感へと変化していった。
「だから言ったでしょ!? タルの好きな唐揚げ、入れといた!!」
「キラ……」
生姜とニンニクの香りが迸り、溢れる肉汁がたまらない、その食感はまさしく唐揚げ。私の大好物でもあるが、彼女たちと出会う少し前に大賢者によってもたらされた、衝撃の日本メシ……。
「これこれ、この味。やっぱ日本メシは最高だな。思い出さねぇか、タ……」
唐揚げと牛丼。大賢者とピィちゃんと私、あの夜行列車の光景が目に浮かぶ。あそこから再開した旅。あそこから崩壊した人生。そして、あそこからすべてがはじまった。
「……さて!! 時間が無くなっちゃったので、大会はここで中止にします!! 皆の者、速やかに後片付けと、出発の準備に取り掛かれ!!」
「えええぇぇぇ!?」
涙が溢れて止まらなくなった理由が、自分でもよくわからなかった。全員が後片付けの作業へと移行していく中、大賢者が近づいてきて、私の耳元で囁いてきた。
「……たかが数か月前のことなのに、もう懐かしいな?」
「……はい」
私のお気持ち、どんなお気持ち。美味しいお餅は食べられたが、餅王は決められず。手に入れたのは旅の再開にあまりにもふさわしい、数奇な偶然。
次のギリシャでは一体何が待ち受けているのだろう。大賢者がいる限り、ろくでもないことになるのは間違いない。それでも私はついてゆく。あの頃の抜け殻になっていた私に居場所を与えてくれた、大切な人の旅路なのだから。
********機密情報********
――以下、極秘資料につき持ち出し厳禁――
皆さんが旅立ってからも、わたくしは管理人の仕事を頑張っております。
お家の裏に柿の木が生えているのを、さっそく見つけました。
実がついていないか確認するために登ってみたら、枝が折れました。
とてもあぶなかったです。
もし、あの木に柿がたくさんなったら、干し柿を作りに来てください。
管理人として、たくさんの干し柿を食べたいです。
少し前に天神皇の御子様もやってきて、旦那様のお父様にお線香をあげてくださいました。
御子様は、わたくしにとても優しくしてくれましたが、干し柿はくれませんでした。
干し柿をくれる皆さんと、早く会いたいです。
ポコ蔵




