147 視て知る熱砂
夜の世界を超えた先に待っていたのは、カンカンに照りつける太陽が支配する砂漠だった。猛烈な日差しによって吹き出た汗は即座に乾き、残った塩が肌をひりつかせる。この過酷な環境に最初に音を上げたのは、私たちではなく、馬車を引き続けていたウマだった。
「屋根よし!」
キラの朗らかな声が、砂の大海に吸い込まれていく。彼女によって打ち込まれた最後の杭が、タープをピンと張らせる。真下に出来上がった休憩スペースは、馬車を丸ごと収めても余裕のある、広いものだった。
息をついて休憩したくなるところだが、まだ完成ではない。遮光性が高すぎるのか、放っておくとシート自体が熱くなりすぎてしまう。このままだと、せっかく作り上げた日除けの空間に熱がこもり、かえって暑くなる。
「ピィ!」
指先から水流を放射して、シートにたっぷりと水分を含ませたのはピィちゃんだ。屋根と側面、両方のシートに対して、これを行うことによって完璧な避暑地が維持できる。
人型軟体生物である彼も、熱さには弱い。しかし、彼は賢かった。ひも付きのタライに水を張った、簡易プールに浸り続け、この暑さでも活動可能な体温と潤いをキープしていた。
「ありがとう、ピィちゃん」
「ピ!」
感謝の言葉しか言えない私に、ピィちゃんは小さな手を上げて応えてくれた。
「キュオーン!」
「ピィ?」
颯爽と横から入ってきたサラマンダー君が、素早くひもをくわえ、タライごとピィちゃんを安全な休憩所にまで引っ張っていった。それを見届けた私は、強い日差しにじっと耐え続けているウマに近づいた。
「おいで?」
夜の移動に備え、御者のアシハラは大賢者と共に仮眠中だ。本来なら頼れる男たちの言うことを聞きたいのだろうが、それでもウマは甲斐甲斐しく私の声に従ってくれた。そのまま、馬車の近くにたっぷりと敷いた藁にまで近づくと、そこにはキラの姿があった。
「ウマはかわいいなぁ……えいっ!」
彼女は感情の赴くままにウマを抱きしめた。見るだけで暑苦しい光景だったが、不思議なことに、ウマは藁の上に寝転がってまどろみ始めた。
「おやすみ……かぁっ!? ぺっ、ぺっ!」
歪めた顔を地面に向けて、キラが唾を吐く。それを見た私は、おなじみの忠告を口にした。
「ちゃんとベールをしなさい」
「ヤダ。あれすると、苦しいから」
彼女から返ってくる言葉もまた、おなじみのものだった。
呆れと諦め、双方の意味を込めた笑みを返し、キラと一緒に日陰の中心に戻る。木材や袋などを椅子代わりに並べたその休憩所には、先に戻っていたピィちゃんと忠犬サラマンダー君、そして、ベールの隙間から真っ白な肌を覗かせるソフィーさんが待っていた。
「タルちゃん、ほら」
戻ってくるなり、彼女は少し遠くにある岩場の隅を指差した。何かしらの亡骸を発見しては、いの一番に私に報告してくる。砂漠ではお決まりの、彼女の謎の習性もまた、この旅路ではしっかり役立ってくれた。
「……動物の骨、ですかね?」
正直言って「またか」とは思ったが、この環境においては動物の骨も大事な資源になる。このタープを張るための杭も、道中で拾った骨を使っている。だが骨というのは案外脆く、替えはいくつあってもいい。
私は座ることなく、ピィちゃんに体を向けて両腕を開いた。
「ピ」
ミスト状のシャワーがふわりと全身を包み込む。時計を外し忘れたことに気づき、慌てて霧の範囲から腕を出す。柔らかくて温かいものが手首に触れた。キラだった。
「任せとけ」
彼女はパッと腕時計を取り外してくれた。笑みを返し、水の粒子を全身に含ませ、暑さ対策を完了させる。
「ん」
「ありがとう」
続けざまに、キラが杖を手渡してきた。私は目を閉じて、右肩へと意識を集中させた。
キラとピィちゃんがこちらを見上げ、そのすぐそばではサラマンダー君とソフィーさんが座って砂漠を眺めている。奥にある馬車の傍らでは、寝転んだウマがゆったりとしたリズムで首を揺らしていた。肩に乗った使い魔が見る光景は、私の視点と何ら変わりのないものだった。
杖を持つ手に力を込めて、『視』えるものを変えてみる。たちまち周囲は紺や青といった、涼し気な色に染められた。
熱の可視化。大賢者が口にした、魔法エネルギーの正負の話を自分なりにかみ砕き、ふと思いついたこの応用法は、砂漠に潜む目には見えない危険を前もって知らせてくれる。
踵を返して砂原を『視』る。烈日に晒された砂の海は、空まで真っ白に染め上げられていた。ソフィーさんが指し示した、骨のある場所にたどり着くまで色の変化はない。ただ、その反対方向にある砂丘の手前に、緑と水色がまだらに混じる、不気味な渦が浮かび上がっている。湿気をたっぷり含んだ、低温の流砂だ。
異常はそれだけで、他には生物の気配すらない。安全確認を終えた私は目を開いた。
流砂は目標とは関係のない、離れた場所にあった。今回は起伏に足を取られないよう、気をつけるだけだ。キラに杖を返し、肌が出ていないか、速やかに全身のチェックを済ます。
「……行ってきます。サラマンダー君、またお願いね」
「キューン!」
心強い相棒を横に据え、灼熱の砂漠地帯へと足を踏み出した。




