144 熱を求めて
翌日からは旅の準備に追われた。防塵ゴーグルに、フェイススカーフはもちろん、厳しい乾燥地帯に突入することを想定して、ウマや馬車の装備も併せて大荷物になった。
ところが、必須である薪の工面だけはできていなかった。エシュ・ヤハムの街では、燃料として蒸気が使われているために、どれだけ市場を探しても木材の一片すら見当たらなかった。
「どうしましょう?」
滞在三日目。その日も、大賢者と二人一組で市場を回っていた私はついに音を上げて、彼を頼った。
「困ったなぁ……」
言葉通り、彼は困った表情を作って私を見下ろしていた。その顔におふざけの色はなかったものの、それこそがおふざけの証拠でもあった。さらには、抑揚のない声色を使っていることからも、彼がとぼけていることはすぐにわかった。
「……知っているなら、早く教えてください。こっちは真剣に探してるんですから」
怒りの力を何倍にも高めて、彼を睨み据える。そこまでしてやっと、この男は動いてくれた。
「そんな顔するなって。落ち着いて、思い出してみろよ。蒸気だけでは足りないエネルギーを使っていそうな産業が、この街にはあるだろう?」
大賢者がニヤリと笑った瞬間、滞在中に何度も浴びてきた、湯けむり混じりの風が吹いた。チリン、という涼しげな音色があちこちで鳴り響く。その音が、狭まっていた私の視野を正常に戻した。
「行きましょう」
彼の分厚い胸板に一発かまし、私は一路、フルーツパーラーを目指すことにした。背後からは聞き慣れた、鼻で笑う声が追いかけてきた。
客足こそ少ないものの、満天の星空を望める広いオープンスペースは今日も健在。フルーツパーラーは営業中だった。カウンターでは、着物姿が麗しい女性店員と工芸家の若い男が、顔を向かい合わせている。
「ダリアちゃん! この皿を使ってくれでやんす!」
「こんな大きい皿、一体、何に使えって言うんだい?」
「オルセメスサボテンのジャンボパフェでやんす! 『新メニューを考えたけど、それにふさわしい食器がない』って、ダリアちゃん、言ってたでやんす! だから、オイラが試作品を作ってみたでやんす! どうでやんすか?」
「トト坊……」
二十年越しの大恋愛を叶えた年の差カップルは、その日も熱いやり取りを交わしていた。
間に入るのは忍びなかったが、こちらも引くに引けない事情がある。意を決して、私は二人のもとに歩み寄った。
「お邪魔してすみません」
「あっ」
「いらっしゃい、今日はどうしたんだい?」
こちらの存在に気づいたトト坊は顔を赤らめ、ダリアは凛とした商売モードの顔に切り替えた。対比の効いている二人を微笑ましく思って、私はつい表情を緩めた。
「よう。ジャンボパフェ食わしてくれ」
後ろから悠々とついてきた大賢者が茶々を入れてくる。
「違います。今日は、トトさんに聞きたいことがありまして」
私は即座に訂正を入れた。
「あはは、相変わらずだねぇ」
「オイラに? 何の用でやんすか?」
顔見知りのため、話が早くて助かる。私は本題を切り出した。
「トトさんは、陶器を作っていらっしゃるんですよね?」
カウンターの上へと視線を運ぶ。そこには歪みもなく、厚さが均一に保たれた大皿があった。これを作るのに、どれくらいの期間がかかるのか。そんなことも、素人の私には推し量ることができなかった。
「あっ」
ふいに伸びてきた手に力作をひょいと持ち上げられ、トト坊が焦ったような声を出した。
「……いい腕前だな?」
皿の重さを確かめるように、手を上下させたのは大賢者だった。その言動から、トト坊の技術力の高さが何となくうかがい知れた。
「そ、そうでやんすか?」
職人として認められ、嬉しそうに頭を掻く彼の様子を見届けてから、私は話題を戻した。
「……ところで、窯の燃料には何を使っているんでしょうか?」
街中の至る所に吊り下げられている陶器の風鈴は彼が作ったものだ。大賢者の言っていた『産業』とは、すなわち陶工。そのことにピンときた私は、ここへやってきた。
私の問いかけに、トト坊は丸い目を何度か瞬かせると、今度は誇らしげに胸を張った。
「よくぞ聞いてくれたでやんす! この街で採れる泥炭だけでもそこそこの熱は出るでやんすが、ぶっちゃけ、それだけじゃ、陶器を焼き締めるには温度が全然足りないんでやんす。だからオイラは、泥炭にオルセメスの家畜の糞を混ぜて乾燥させた、特注の燃料を使っているでやんす!」
「……ふ、糞?」
大賢者やキラの喜びそうなワードが飛び出し、私は思わず声を裏返らせた。しかし、トト坊の目は真剣そのものだった。
「そうでやんす! それで、窯の温度が一気にぶち上がるでやんす! ちと値段は張るでやんすが、あの風鈴も、その皿も、納得できる仕上がりにできたのは、全部その燃料のおかげでやんす!」
「……喋りすぎだよ、トト坊。これでも飲んで、少し落ち着きな」
苦笑を浮かべたダリアが、横から飲み物を滑らせる。トト坊は短く声を上げて、顔を紅潮させながらグラスを傾けた。
「なるほどな。この見事な陶器を焼き上げていたのは、伝統的な固形燃料だったわけか」
大賢者は満足そうに頷くと、持っていた大皿をそっとカウンターに戻した。彼はその目を怪しく、そして楽しげに輝かせながら、促すようにこちらの顔を覗き込んできた。悩むまでもなく、次にすべきことは決まっていた。
フルーツパーラーを後にし、袋いっぱいに詰められた特製燃料を両手に抱えながら、私は隣を歩く大賢者を見上げた。
「……これ、本当に薪の代わりになるんですよね?」
彼の言葉を待つわずかな間も、手元のニオイをついつい確かめてしまう。袋からはスモーキーで土っぽい、お香のような匂いが微かに漂うだけだった。
「代わりどころか、想像以上の火力が出るぞ? 何せ、人類数万年の歴史が詰まってるエネルギーだからな。薪を探し回るより、よっぽど効率がいいってもんだ」
詳しくはわからないが、その口ぶりから、質のいい燃料を手に入れることができたらしい。私は胸をなでおろして、視線を前に戻した。
瞬間、温かく大きなものが、後頭部を包み込んだ。驚いて足を止める。
頭の後ろにくっついて離れない気配の正体を確かめようと、視線を走らせた。その先では、私の横に立つ男がヘラヘラと笑っていた。
「……何のつもりですか?」
怒りと呆れ、そして若干のイラつき。それらの思いをすべて込めた、冷ややかな一瞥をくれてやる。すると彼は、企てが成功した子どものように笑い、私の頭につけていた手をパッと離した。
「驚いたか? 余計なものを排せば、触られる前に気づけるかもな?」
「……もっと頭を冷やせ、と?」
「一長一短だな」
いつものように、彼はズボンから煙草を取り出し、口にくわえた。その手が着火作業に入る前に、私は鋭く言ってやった。
「そんなことしてる暇があったら、荷物持ってくださいよ」
「フハハハハ! やっと気づいたか!」




