140 露天風呂
四人だけでワイワイとテーブルを囲んでいると、ピィちゃんとソフィーさん、そして最後にサラマンダー君が合流してきた。三人とも、この夜の街での目覚めに、気だるげな表情を浮かべていた。
誰かが起きてくる度に、アシハラがテキパキと饅頭を温め直す。その様子を眺めながら、こんな状況でもいつも通り動ける彼と大賢者だけが異常なのだと、私は心の中で再確認した。
大賢者は不自然な沈黙を貫いていた。この時点で少し嫌な予感はしていたが、その予感は見事に的中する。全員が食器を置いた瞬間、彼は待っていましたとばかりに口を開いた。
「まったく、お前らは。揃いも揃って、どうしてこうも簡単に、環境に支配されちまうんだか……」
また始まった。そう思った私は、一人一人の反応を窺った。
アシハラが苦笑を浮かべる横で、キラはただ、ぼーっと宙を眺めていた。私の隣に座るピィちゃんは、所在なげにこちらを仰ぎ、ソフィーさんに至っては完全に目を閉じて聞き流している。彼女の傍らにいるサラマンダー君は、後ろ足で顔を掻き、足先に残った匂いを嗅ぎ始めたところだった。
「聞いてんのか、お前ら?」
言わずもがな、ほとんど誰も聞いていなかった。もっとも、すべてを聞かずとも、彼の言いたいことの核心はわかる。
「乱れた体内時計を整える方法が、何かあるんですね?」
「すぐ要約するな、お前は。まあ、要約すると……」
矛盾に首を傾げる暇もなく、彼は続けた。
「メシ、風呂、それから運動が重要になってくる」
底なしの魔力で貪る大量の食事。カラスも長湯になる極短時間の入浴。軍人も裸足で逃げ出す常軌を逸した運動量。これらは大賢者レオナルド・セプティム・アレキサンダーの三大名物である。
食事と入浴に関しては、諸手を挙げて賛成できる。しかし、運動については、彼によって根深いものを植え付けられている私は、想像するだけで脂汗が浮かんだ。
どうか考え直してほしい。無駄かもしれないが、切に願った。
「というわけで! 今日は全員で街に繰り出そう! その前に温泉だ! 宿の地下には露天風呂がある! まずはそこに向かうぞ! はい、全員準備!」
願いも虚しく、ざわざわと周囲が動き出す。私は渋々立ち上がって、自分の部屋に向かった。
「サラマンダー君を、女湯に連れてってもいいか?」
「股を見ろ」
「……ついてる! え!? ……やっぱ、ついてる!!」
「まあ、そういうことだ」
どうして二回も確認したのだろう。見ずともわかる、キラと大賢者のくだらないやり取りが、背後で響いていた。
粘り気がある肌触りが特徴的な乳白色の湯。時折湯けむりが運んでくる、柔らかく甘いほのかな香りの正体は、湯船に浮かびながらピンク色に発光する、あのハスのような花の成分だろうか。
天を仰げば、無限に広がる星空がこの谷底を照らしている。重々しく流れ落ちる湯滝の音に耳を傾け、目をつむれば、あっという間に別世界へと陶酔できる。
「ソフィーの乳首は、あの強いコインくらいあるな。私のは、一番弱いコインより小さい。いいなぁ……」
百リーブか、千リーブか。いずれにせよ、キラがすべてを台無しにしてくれた。
「気にすることないわ。五百円玉よりは大きい方がいいって、レオは言ってたけど」
余計生々しい、現実世界の日本の通貨まで持ち出して、深掘りしたのはソフィーさんだった。どうやらあの男は、プライベートでもそんなしょうもないことしか言っていないらしい。
最低最悪の会話に我慢できず、目を開く。そこには直視するのも躊躇われる、大妖精とエルフの美しい親子が湯船に並んで浸かっていた。
キラは私に視線をぶつけてくるなり、ジャブンと水しぶきを上げて立ち上がった。
「なあ、タル。もう足洗っても、いいか?」
「臭いが取れないから、もう少し温めてからじゃないとダメ。熱いなら、足だけ浸けておきなさい」
「わかった!」
体が小さい分、熱がこもりやすいのだろう。彼女はジャバジャバとお湯をかき分けて移動すると、湯船の縁にちょこんと腰かけた。
視界の端で金色のものが揺れ動くのを感じた。見ると、ソフィーさんがくすくすと笑っていた。
「可愛いわね。それにしても、どうしてタルちゃんにばかり甘えるのかしら?」
「そうですね……」
ねっとりとした湯を手に絡ませながら、正解の言葉を探る。
自分で言うのもなんだが、私はかなり口うるさい方だ。表面的に見れば、キラのように自由奔放な子が懐く理由はない。しかしその裏には、言葉にはしきれない、確かなものがあった。
「ああ見えて、深く考えている、強い子ですからね。多少私が厳しく言っても、自分なりに意味を理解して、ついて来ようとしてくれている……からじゃないでしょうか?」
うまく、まとめられない。少し気恥ずかしくなって視線を落とすと、ソフィーさんが優しく吐息を漏らしてくれた。
今度、あの日の手紙を、ソフィーさんに見せよう。そうすれば、私の言いたいことのひとかけらくらいは、わかってくれるはず。
そう思いながら、私は家族のありがたみをしみじみと感じた。
「フハハハハ!! お前、近けぇって、アシハラ!! 顔につきそうになったぞ!?」
「面目ございません。そのぉ……こういった遊びというのは、初めてなものでして」
「でも、楽しいだろ!? よし、次はゼノ!! レッツ、肛門カーリング!!」
「ピィ!」
薄壁一枚で隔てられた向こう側から、最悪のワードが響いてきた。しっとりとした気持ちになるのを絶対に許してくれない大賢者が繰り広げているのは、いったいどんな下劣の極みなのか。
「ビ、ビィィィ!?」
「あ、あぁ!? あっはっはっはっは!!」
「フハハハハ!! 入っちゃうだろ、バーカ!! なんでそんなに石鹸を効かせたんだ、お前は!!」
「ピィ! ピピィ!!」
「はい、次! サラマンダー君!」
「キュオーン!」
なおも男湯から聞こえてくるバカ騒ぎに、キラが耳を澄ませながら近づいてきた。
「なんか楽しそうだなぁ……ソフィー、タル、私たちも」
「やりません!!」
「ブフッ!」
こんなにも綺麗なのに、実は男たちによる汚れ芸が大好きなソフィーさんは、堪えきれずに吹き出していた。




