125 変な兄弟
インチキ占い師への苦情を飲み込んだ私は、結局イブの力に頼ることにした。瞳を閉じて、意識を集中させれば、瞼の裏に彼女の視界が投影される。
目線を上にやればソフィーさんが優雅に、下へと向ければキラが能天気に、それぞれ笑顔を見せてきた。緩んだ口元をギュッと引き締め、肩の上に乗ったイブを操作する。
数えきれない露店が無秩序に立ち並ぶマーケットをぐるりと確認させると、小川沿いで光を放っている店が目についた。光の色は濃紫色。キラの魔力色だ。
両目を開き、振り返って背後を確認する。ハチ事件の大騒ぎでゆっくりと眺めていられなかったが、小川に架けられた小さな橋が、このマーケットの出入り口になっている。そこまで戻り、川を少し下った先に目的の露店があった。
「見つけました」
「はや! すごいな、タルは!」
大げさに賞賛してくれたキラの頭に手を置く。柔らかく透けるような金色の髪は、ほのかに暖かかった。
「ありがとう」
褒められたらお礼を言う。当たり前のことだが、これも教育の一環だ。
「行きましょう」
声かけをしたのはソフィーさんだった。相変わらず彼女は先導まではしてくれなかった。
小川のせせらぎが心地よい、なだらかな道を歩いていると、得も言われぬ香ばしい匂いと、瓜のような瑞々しい香りが混ざり合って漂ってきた。
「魚だ!」
食い気の強いキラが駆けて行ったのは魚屋だった。目的の店はその隣。急いでいるわけではないので、まぁいいかと、私はソフィーさんと顔を見合わせ、苦笑してからその背中を追いかけた。
「らっしゃい! 新鮮な魚はいかがかな?」
丸坊主に無精ひげ、がっしりとした体格をした大将の明るい声が私たちを迎える。
この川で獲れたものだろうか。魚籠に入れられた大ぶりなものから、ザルに並べられた小さなものまで、様々なサイズの魚が銀色に輝いている。
私は一番近場にあったブリのような大きな魚のお腹を、キラが指で押そうとするのを背後からそっと止めた。
「おお、美人ぞろいで! サービスするよ? どれがいいかな?」
「調理されたものは、置いてあるんですか?」
キラもそうなのだろうが、私が一番気になっていたのは、焼き魚特有の芳醇な香りだった。焼きたてがあるのなら、三人で分け合って食べたい。しかし、杉やヒノキを思わせる煙がうっすらと立ち込めているものの、肝心の商品が見当たらなかった。
「ほいほいほい! 裏で焼いてんだよ、魚は。猫ちゃんに食べさせてやろうと思って! サービスするって言った手前、焼いてやらなきゃ男が廃るなァ! ほい、弟! 弟ォ!!」
異様に濃い素の顔を見せてきた大将は、隣の店へと声をかけた。そこは本来の目的地である、杖が置かれている店でもあった。
「あいあい。どしたぁ、兄さぁん?」
姿を現したのは、威勢のいい大将とは正反対の、疲れ切った表情をさせた細身の男だった。
「ほい、弟ォ! おがくずと薪をくれ! この方たちに魚を焼いてやりたいんだ、この俺は!」
「あぁ……わかったぁ」
弟は私たちを一瞥すると、すぐさま袋いっぱいのおがくずと縛られた薪を大将に持っていく。役目を終えた彼は、音もなく隣の店へと姿を消していった。
「木材屋で!」
こちらに向かって目を見開きながら、短く告げる大将。弟の店のことなのだろう、私は愛想笑いを返した。
「杖を探してるんでぃ!」
脈絡なく、まったく似ていない大将の口真似をしながら、キラが切り込んでしまう。これが功を奏した。
「杖? そう言えば、今朝がた、見たことねぇ杖みたいなのが混じってるって、騒いでたなぁ……ほい、弟! 弟ォ!!」
自分の店に姿を消していた弟を再び呼び寄せる大将。今度登場した弟は、なぜかその手にミニバナナの房を握っていた。
「あいあい。どしたぁ?」
「この方たち、杖を探してるんだってよ! それなら、やった方がいいんじゃないか? 今朝の杖を、お前は!」
「あぁ……」
また私たちを見回した弟は、これもまたまったく理由がわからないが、持っていたバナナをキラへと手渡してから自分の店に戻っていった。バナナを一本だけもぎったキラは、房を私に寄こして、甘い果実を楽しみ始めた。
「あいあいあい……お待たせ。欲しいなら、あげるよ。うちの商品じゃないんだ、これ」
戻ってきた弟が手にしていたのは、今朝ソフィーさんが持っていたキラの杖に他ならなかった。これでいいのかと思うほど、トントン拍子で目的の物にたどり着いてしまった。
こんな時、どうしても私はソフィーさんの顔色を窺ってしまう。彼女はやはり、余裕の表情を浮かべているだけだった。
「えーっとぉ?」
弟は困惑しながら、私たち三人の前で杖の柄をグルグルと回す。
「お嬢ちゃんが欲しいんだとよ?」
「あいあい、あいよ。どうぞ」
キラはもごもごと口を動かしながら、欲していた杖を雑に受け取った。そんな彼女に、弟は薄く笑いかけた。
「美味しいかい?」
「うん!」
「じゃあ、サービスでバナナもあげる」
「ありがとう!」
天真爛漫なキラに対し、弟は目の横に深くシワを刻みながら表情を緩ませた。
「ほいほいほい! こっちもサービスだよ! 裏に回ってくれ! 栄養満点! 焼きたて! エハドの新鮮な魚たちを、とくと味わってくれ!」
もはや何が何やらさっぱりわからないが、この兄弟はとにかくいい人たちらしい。身軽な二人を尻目に、私だけがミニバナナの房を抱えながら、露店の裏へと回ることになった。




