104 初めての食事
下に降りると、例の男性店主がにこやかに出迎えてきた。私は少し身構えたが、彼は昼間の揉め事などなかったように、私たち六人と一匹を窓際にある一番大きな円卓へと案内しただけだった。
吹き抜けになった一階は、酒場を兼ねた食事処といった形態がとられているらしい。客が少ないからか、とても静かでゆっくりとした時間が流れていた。
「少々お待ちください」
てんでバラバラな私たちの注文を見事に受けきった店主は、カウンターの奥へと下がっていった。
暖炉の中では折れた薪がパチパチと乾いた音を弾ませ、その前に立つ吟遊詩人が今日町で起こったニュースを奏でる。
《絶海に吹き抜ける黄金色の風、荒れたイルハレバナの海域に平和が戻る♪ その名もケブラ、高潔なる戦士の一族♪ ああ、リシオンに栄光あれ♪》
調べが終わると、テーブルにいた他の客たちからまばらに拍手が起きる。私は複雑な思いでケブラを名乗っている大賢者を見た。
「気をつけろ、アシハラ。いつもの癖で突っ込むと、簡単にこういうケガをするぞ。しかも、治らねぇ」
「いやぁ……ホント、まだ慣れませんよ」
肝心の本人は英雄譚に興味を示すこともなく、目の前の現実を確かめていた。
互いに、その体に刻まれた傷跡を撫でながら語り合う大賢者とアシハラ。上半身が生傷だらけになった大賢者だけでなく、よく見るとアシハラもうっすらと細い切り傷を頬に残していることに私は気づいた。
「痛くないんですか?」
見るだけで暗い記憶が蘇りそうになる。はやく服を着てほしい。私が叶わぬ願いを抱えるほど、特に大賢者の見た目は酷い状態にあった。
「痛いことは痛いが、まぁ見ての通りだな」
「オジサンの場合、ほっぺだけだしねぇ」
私の目から見れば重症。大賢者の言い草ではかすり傷。ゲームの世界であっても、彼らとの間に生じる歪みは健在だった。
「寝れば傷は治るわよ?」
このゲームの制作者であるソフィーさんが、またひとつ世界観を明かす。
「そういうものなんですか?」
ゲームに明るくない私は、困惑しつつもそれを受け入れるしかなかった。
「ええ。それと、回復アイテムなんかも用意しているわ。焼き芋とか」
「戦闘中にイモなんか食ってられるか!」
「ははははは!」
大賢者のもっともな言い分に、珍しくアシハラが腹を抱えて笑う。一方で私は神経だけがすり減るようなこの世界に、果たして慣れることができるのか不安に思った。
「戦いが終わってから食べればいいじゃない」
「……まぁ、それもそうだな」
激しい戦闘後、すぐに食事がとれるのも才能のひとつだ。私にはない才だが、大賢者とアシハラ――
「おっ、来た来たぁ!!」
そして今しがた届けられた料理に歓喜の声を上げたキラなんかは、その才に恵まれていると言える。
「それでは、ごゆっくりお楽しみください」
店主が下がり、大賢者の「いただきます」の号令が響く。この世界で初めての食事にとりかかる。
並べられた料理は端的に言って、あまり美味しそうではなかった。土地柄もあるのだろう、魚のシチューの入れられた大鍋が食卓の中心に据えられ、その脇には真っ黒に焦げた干物と、見ただけでもう固いとわかる重量感のある黒パン。肉料理はジャーキーのような干し肉があるのみで、辛うじて、貝の蒸し焼きなんかは酒に合いそうに見えた。
「かってぇ! しょっぺぇ! まっじぃ!」
「ビィッ!」
アシハラの美味しい料理で口を慣らされた子供たちからは、正直な感想が出る。
「お前、なんでこんな、料理だけは時代考証がしっかりしてんだよ!?」
ジャーキーにかぶりつきながら、大賢者がソフィーさんを責める。
「ん? だって、ここはハズレの宿だから」
大賢者の苦痛の表情を、ソフィーさんは心底嬉しそうに眺めながら種明かしをした。
「宿にそんなもんがあるのか? だったら、もっと早く教えろ、このバカ!」
直接的な侮辱の言葉に、ソフィーさんは不貞腐れたように返す。
「だって、そういうの、タルちゃんに任せたんだもん」
「え?」
突然やり玉にあげられた私は素っ頓狂な声を出した。
「あの……どういう意味ですか?」
全員の視線が集まる中、私はその裏にある意図を明らかにするよう、彼女に求めた。
「加護、渡したでしょう? アシハラさんは刀で、ゼノは水。タルちゃんは視ることができるようになったわ」
「……視る?」
加護については確かに彼女から直接もらった、というより額に押し付けられたのだが、具体的にそれによってもたらされたものがわからない。特に視界が変わったという認識もなかった。
「……タル、イブちゃんを出せ」
「でも、魔法は使えないんじゃ?」
「いいから、やれ」
言葉が足りないソフィーさんの説明の意味を、誰よりも早く解明したのは大賢者だった。彼に言われるがまま、私は手のひらを上に向け、そこへ意識を集中させた。
「……出た」
体長十センチ。単眼の人型魔法生物イブが私の手の中に、何の苦労もなく出現した。
「それで、イブをどうすれば?」
「リンクさせるんだよ」
大賢者は片眼を閉じて、私が次にすべきことをアクションで伝えてきた。私は両眼を閉じ、いつものようにイブとの視界の共有を試みた。
瞼の裏に、酷い料理が並べられたテーブルの周りをぐるりと囲むファミリーの姿が映る。その中でアシハラとピィちゃんだけが、それぞれの魔力色に対応した光を帯びていた。
「な、なんですか、これ?」
また勝手に、今度はソフィーさんの手によって改造されてしまったのか。
ここにはない心が、ドクドクと脈打つ。
「それがタルちゃんの力」
ソフィーさんの短い説明ではよくわからないが、これが加護の正体なのだろうか。現実世界のイブにはない、透視のような能力を授けられたらしい。
イブを振り返らせれば、もちろん私の姿もある。彼女を通して視る私の体は、淡い白色を帯びていた。
「要するに、加護を手にした人は色がついて視えるということですね?」
「そう」
ようやく私は、アシハラたちと彼が発していた謎のワードである『ギャメラ』の関係を察した。
「それで……宿のハズレというのは、どの辺で判断すれば?」
ハズレメシを引かないための力。とりあえずのところ、この能力の価値をそう決定づけ、私にとってはとても重要であるこの力の正しい使い方を仰ぐ。
「お店の人を視て?」
イブを動かし、鼻の下にヒゲを蓄えた例の店主を視させる。すると、彼の頭上には黒星が五つ、その下には中身のない枠組みだけの星が五つ、そして一番下に八リーブと描かれていた。
数字については宿泊料なのだと理解できる。問題は星の価値についてだった。これについては、さすがに開発者に聞かないとわからない。
「星の並びと色の価値は、どうなっているんですか?」
「黒星が一点。色のない星はゼロで、最高が五点満点。宿の場合、一番上が部屋のレベルで、その下が料理の美味しさ」
部屋は満点で料理は零点。確かに、この宿をよく表している。
「宿の場合、ってことは他のお店でも応用が?」
「そうね。その都度、教えてあげる」
もしかして――。
そう思いながら、もう一度一家全員へと視線を走らせてみたが、特に生命力や魔力を推し量るものは表示されていなかった。まぁ、そんなものは視えずとも、私は彼らのことをよくわかっているつもりだ。
「いいなぁ、タルだけ」
両眼を開き、少しだけ疲労を伝えてきた脳に深く取り込んだ酸素を送り込むと、キラから羨む声をかけられた。
なんとなく、私はアシハラを頼りたくなり、彼に視線を送ってしまった。それが間違いだった。
「あのねぇ……なんか変な人が現れるから、その人についていくと、力がもらえるかも」
誘拐を助長しかねない、最悪な発言が飛び出す。私は鋭く言葉を尖らせた。
「アシハラさん?」
「すいません……吉良殿、今のは忘れて?」
「忘れるもんか!」
「うふふ。焦らなくて大丈夫よ。タルちゃんにはもう説明したけど、加護については、全員に専用のイベントを用意してあるから」
「おいおい、あんまり真面目に攻略しようとするな!! 楽しくなくなるだろうが!! とりあえず、今日のところは食って飲むぞ!? タル、ジョッキを貸せ!!」
「えぇ!?」
「ほら、念願の酒だぞ?」
「……いただきます」
大賢者が並々と注ぎ込んで渡してきたのは、ビールともいえない、非常に濃度の高いアルコール飲料だった。その味わいは苦み一色で塗りつぶされたもので、やたら喉と胃袋に焼きついて残った。




