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大賢者の秘書官イシュタル ~何者でもない魔女の一生……になるはずだった~  作者: ふるみ あまた
5章 ゲームの章

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102 女神の加護【レオナルドファミリーお伽班の場合】後編

 

 三人がたどり着いた先は、港町イルハレバナより北西沖に浮かぶ孤島。本土の浜辺とは打って変わっての厳しい岩礁地帯。ここでは時折、突風が吹き抜ける。その風の強さたるや、島に打ち上げられていた海藻が舞い上がり、ピィちゃん殿の顔にへばりつくほどであった。


「ピピッ!?」


 視界を奪われた小さな両手が宙を舞う。アシハラは何も言わず、見た目よりも複雑に絡んでいた海藻を優しく取り除いた。


「ピィッ!」

「あいよ」


 見知らぬ土地でも、いつも通りのやり取りを交わす二人。


「ようこそ、私たちの島へ!」


 そんな二人に背中を、あるいは甲羅を預けて先導していたのはマイムだった。彼女はアシハラたちに振り返ると、恥ずかしげもなく両手を広げて故郷を誇った。


「私たち……って、うん……」


 そのわりに誰もいない。というか、何もない。それはいいとして、言動のおかしな娘に慣れているアシハラでも、さすがに言わずにはいられないことがあった。


「あなた、ささっと泳いで先に行っちゃったじゃない? 追いかけるの、大変だったんですけど?」


 もしもピィちゃん殿がいなかったら、遠泳する羽目になっていたかもしれない。それくらいの異常な潮流だった。


「そうだよねぇ?」

「ピィッ!」


 水の魔法ならば、大がつくほど得意なピィちゃん殿。彼のおかげで、波乗りを決められたからこそ、ここまで無事にたどり着けた。次にマイムが話し出すまで、アシハラはそう思っていた。


「あはは! またまた~。水の加護をお持ちなのですから、そんなのは、へっちゃらじゃないですか!」


 水の加護とは何だ。


「ピィ?」

「あぁ、ありがとうありがとう……」


 ピィちゃん殿に差し出された火を受けてニコチンを摂取したアシハラは、すっきりとした頭で考える。



 ――まさか。



 吸い始めたばかりの煙草を放り、新しい煙草をくわえる。そして今度は、自分の魔術で煙草の先を燃え上がらせようと試みる。



 ――あ、そういうことね。



 幾千と行ってきた動作が、ここでは何も起こらず。


 基本である火の魔術が全く扱えない。それどころか、完全なる魔封状態。一般的な魔法族からすれば、絶望するにはそれだけで十分といえる。


 しかしアシハラは取り乱すことなく、淡々と別のことを考えていた。



 ――ピィちゃん殿は何で使えたわけ?



 オジサンにゲームの知識はない。その代わりに詰まっている他の理論を駆使し、素早く真実を導き出す。



 ――さっきの光るサザエか。



 それしか考えられなかった。遠く離れた海岸へと目を向けるアシハラ。その場所は先ほどまでいた、楽園のようなあの浜辺だった。


「……なるほど、ね」

「ピ!」


 視線を戻すと、ピィちゃん殿が「点けてやる」と火打ち石を構えていた。


「ありがとう」


 遠慮なく火を貰い受けたアシハラは、煙をくゆらす。


 思い返せば、例のアレは、ピィちゃん殿の魔力とまったく同じ色をしていた。『加護』というのはつまり、各個人の力を『限界解除』をさせるための『触媒』のようなものか。


 郷に入っては郷に従え。制作者によって無理やりぶち込まれたにすぎないが、達観したアシハラはここでのルールをまたしても何となく、しかし誰よりも早く理解し始めていた。


「それで、次の『加護』はどちらに?」


 天下無双。常勝無敗。余裕を浮かべ煙を吐き出すその顔は、世界一頼れる侍のものに他ならなかった。


「はい! まずは乱暴者の『ギャメラ』を倒してもらいます!」

「……うーん?」


 と思ったら、すぐさま頓珍漢なオジサンのそれに戻る。


「ギャメラって、映画の、あの、アレだよね?」



『でっけぇカメ! ムガだったら、これに勝てるか!?』

『無理じゃない? さすがにデカすぎるもの』

『うふふ。そんなこと言って。アシハラさんなら、できるでしょう?』

『まぁまぁまぁ……』

『なんだ!? ソフィーにだけ、そうやって!!』

『まぁまぁまぁ……』

『子ども扱いするなぁ!! ギャメラと戦え!!』

『無茶なお願いだねぇ。でも、もしそうなったら、オジサンが戦ってる間に逃げるんだよ?』

『うるせぇ!! 勝て!!』

『うふふふふ』



 つい最近行われた、団らんの場での出来事が脳裏によみがえった。


「はい! 一族もろとも、すべてギャメラに飲み込まれてしまったので、ここにはもう誰もいないんですよ!」

「辛い過去を背負ってるはずなのに、ずいぶんと明るいねぇ? 気丈な娘さんだと、無理やりそういう風に解釈させてもらうと、退治してあげたいところだけど、さすがにそれは無理だよ?」

「ありがとうございます! お侍様なら、そう言ってくれると信じてました!」

「あれぇ? 聞こえてる? 断ってるのよ? 無理なの! む・り! こっちはステゴロだし」

「はい! よろしくお願いします!」


 話を聞かない人が作ったゲームの登場人物は、やはり話を聞かない。アシハラに用意された専用イベントは、やたらと酷なものだった。


 それでもと、ここまで来てしまった手前、アシハラは大怪獣ギャメラと対峙した自分を思い描く。



 回転しながら空を飛ぶ獰猛な大亀。その口から吐かれる炎は、この島はおろか海の向こうの町まで焼き尽くす。それに対し、ただ殴りかかるだけの自分――。



 どう考えても勝ち目がない。マイムには悪いが立ち去ろう。アシハラが決意しかけた、その時――。


「地の加護をどうぞ! これを使って、どうか討伐を頑張ってくださいね!」


 マイムが差し出したのは、淡い鈍色の光を放つ水晶のような物体だった。


 マイムの手のひらに乗せられた水晶は、アシハラの心を惹きつけて離さない、確かな魔力を帯びていた。彼はソレが自分のために用意された『触媒』であることを即座に看破する。


「……それ、もっと早く言ってよ」


 苦言を呈しながらも、アシハラはその物体に手を伸ばしていた。





 全長六十メートル。大怪獣ギャメラは甲羅に手足を入れ、高速で回転しながら孤島の上空に迫る。


 静かに迎え討つは――


「……ご先祖様も、こんな感じだったのかな?」


 葦原家十四代目当主、葦原無我。その手に握られているのは『無銘破天魔』。初代葦原が第六魔王を討伐した際に用いた妖刀である。


 女神の加護を受けたアシハラに宿ったのは、現実世界でも滅多に振るうことのない、強力な愛刀の発現能力だった。


「ピィ!」

「頑張ってくださーい!」


 地上に残してきた二つの影が声援を飛ばしてくる。


「ははは、あいよ!」


 アシハラはしっかりと手を振ってそれに応えた。


 こうして空に出たのは、いつ以来だろうか。空腹で死にかけたカナダの大空か。なんとか助かったと思ったら、その後すぐ、イシュタル殿に生き埋めにされそうになったんだっけ。「常識が」とか、「コンプライアンスが」とか、いつもいろいろ言っているようだけど、あの人も大概だよ、ホント……。


 恨み節に近い回顧をしている間も、ギャメラは猛烈な勢いでアシハラへと迫っていた。


 甲羅のまわりの空間は引き裂かれ、聞けば耳に痛いほどの音の波が伝わってくる。


「上等……」


 迫る脅威に対し、アシハラはゆっくりと刀身を引き抜き、鞘を腰へと落ち着かせた。太陽の光すら吸い込む、美しい姿を上天に向けられた破天魔は主へとその身を委ねる。



 空を滑り、真正面から突っ込むアシハラ。


 轟音をまき散らし、海鳥たちを墜としながら進む大怪獣ギャメラ。


 生物としてまるで規格の違う、二つのシルエットが重なった。



 ――轟音が鳴りやむ。



 真っ二つにされたギャメラが絶海へと墜ちてゆく。アシハラは顔色一つ変えず、頬にできた裂傷を肩で拭った。


「……お疲れさん」


 音も残さなければ、使い手に感触すらも残さぬ、破天魔の一太刀。アシハラはぬらぬらと光を放つ愛刀に一瞥をくれると、これ以上外気に晒さぬよう、刀身を鞘の奥底へと深く鎮めた。


「なんだ、これは?」

「一体……何が起こったんだ?」

「マイム? 俺たちを助けてくれたのは、あの人なのか?」

「そうですよ! 皆さん、おかえりなさい! すごいすごい! さすがはお侍様です!」

「ピュピィ!」


 増えた影たちで徐々に沸き立つ地上。それを見たアシハラは、硬かった表情を綻ばせる。


「ははははは! よかったよかった!」


 その笑い声も、いつものおとぼけオジサンにきっちりと戻っていた。

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