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〔廿弐〕我が子に助平と名付ける親はいるだろうか。

「百合寧さんっ! 今ですっ!」

 こんな化け物に間合いを詰められ、それを黙って見ているわけが

ない。百合寧さんも動きに合わせて後退し、また、先ほどのような

不意打ちを警戒してか、妖鬼も一度には大きく詰めず。なもんで、

これまでよりも寧ろ間合いは広く大きくなっていた。

「糞野郎っ! こっちを向けっ!」

 そこへ遅ればせながらも馳せ参じた僕は、妖鬼を袈裟斬りにして

やるくらいのつもりで、松風を大上段に振り被る。

「ああっ! 立花さんっ! 鞘っ! 鞘っ!」

「死ねいっ!」

 で、いとも簡単に掴まれた。羽子板くらいある大きな手で。

 首尾上々。歯が立たない―――ちゅうか、()()()()()()ことは、

()()から織り込み済みである。妖鬼は鞘を掴まされた状態でぴくり

とも動く様子はない。当然、瞬きの一つすらも。

「やるじゃないかさ」

「やるわね」

「やるの」

「立花さん、見直しました」

「…いや。なれども、相手が相手にござるぞ…?」

 一人だけ懐疑的に言うのを聞きながら僕は、妖鬼に鞘を掴ませた

まま、一気に松風の刀身を引き抜いた。

 この()()い腕と手指で本体を掴まれたなら、押しても引いても、

にっちもさっちも行かんだろう。故に鞘ごと打ったのだ。

 僕は引き抜いた返す刀で、妖鬼のことを突きに掛かる。

 その硬さは、先の戦いで思い知った。ならば、最も軟いところを

攻めりゃ良い。

「なるほど。これこそが真の狙いでござったか…」

 そういうこと。こうしてせっかく動かずにいてくれているんだ。

この貴重な十数秒を無駄にはしない。少しでも優位に立てるよう、

息の根までは止められずとも、深手の一つや二つは負ってもらう。

「なっ! 嘘だろ、おいっ!」 

 けれど、そうそう思惑どおりに運ばないのが世の常だ。

 本気で思う。もしかしたら爆弾で吹き飛ばしても死なないんじゃ

なかろうかと。

「…何て野郎だ。目玉も鋼鉄(はがね)の硬さ―――いや。それ以上か…?」

 そう。穿とうと眼球に突き立てた切っ先は、その()()()()()()()

弾かれた。

「立花殿。見事な計略でござったが、何せ相手が相手にござる…」

「小僧。これ以上は諦めい。無駄じゃ。それよりも先にすることが

あるじゃろ。()()が動き始める前にの」

「天松くん?」

「あ。はい…」

 僕は百合寧さんから例の品々を急いで受け取ると、膝下まで届く

愛着のある外套を捲り、腰裏に姐御の鉄砲を差し込んだ。

「ここからは僕が。百合寧さんは美咲先生のことをお願いします」

「God damn! 正一の助平!」

 合点、承知の助と言ったのだろうか。百合寧さんの場合、それが

洒落なのか本気なのかが今一つ曖昧なので、どう対応したものかと

困りもするが、ともかく、百合寧さんが百合寧さんらしい出鱈目な

返事と共に踵を返し、この場を離れたところで丁度、妖鬼も身体の

自由を取り戻した。時間切れである。

 まあいい。百合寧さんを無事に妖鬼から引き離し、退治に必要な

物もすべて揃った。本来の目的は果たしている。

 たしかに、動けない敵を目の前に置きながらも、傷一つ付けられ

なかったことは口惜しいが、本番はこれからだ。欲を張っても仕方

あるまい。

 一時は本当に駄目かと思ったし、何だかんだ、ざんざ()()()らせ

られもしたが、今度はこちらが―――なぬぅ…?

 妖鬼は掴んでいた鞘を一瞥してから放り投げると、すぐ目の前に

いる僕のことなんざ知らん顔。百合寧さん達のいるほうに向けて、

ゆらりと静かに歩き出した。

 美咲先生が言うには、僕に施した結界も既に効力を失ったとか。

 実際、先ほどの打ち込みにも反応したしな。

 ならば、何故に無視を。それとも、まだ完全じゃないってのか?

「この野郎っ!」

 もう丸腰ではない。()()()武器を手にしているのだ。僕は自信を

持って振り被り、今度こそ本気で袈裟懸けに斬り伏せてやろうと、

渾身、明後日のほうを向いた妖鬼の背中に襲い掛かる。

 ところがしかし、妖鬼は軽く腰を沈めた途端、僕の振り下ろした

刃が届くよりも早く、百合寧さん目掛けて一直線。脇目も振らずに

駆け出した。

 その妖鬼が、散らばった美咲先生の装束を拾い集めている百合寧

さんへと到達するのに、おそらく二秒も掛かっていないだろう。

 あまりにも突然の出来事に僕は声を上げる暇もなく、刀を空振り

した体勢のまま、ただ唖然と瞠るばかり。そこへ―――。

「何ぃっ!」 

 手拭いを適当に丸めたような、白くて小さな塊である。

 突如、それが妖鬼の足下から蹴鞠(けまり)のように跳ね上がり、その顔面に

張り付いた。

 おお。どうやら、いきなり視界を遮られると、さすがの妖鬼でも

怯むらしい。大きく仰け反り、一歩二歩と後退る。

 が、それも束の間だ。妖鬼のほうだって黙っちゃいない。得体の

知れない何かを引き剥がすべく、魔の手が慌てて掴みに掛かる。

「ああっ! 駄目だっ!」

 牙と呼ぶには頼りなく、か細く小さい花の棘みたいな爪でしがみ

付く()()に、僕は堪らず、腹の底から声を張った。

「逃げろぉぉぉぉぉおっ!」

 それが合図になったのか、即座に妖鬼の足元へと飛び降りる。

「もういいっ! そこから離れろっ!」

 叫び、慌てて駆け出した僕の傍らを伴走しながら、日傘が怪訝な

声で言う。

「おかげで時間は稼げたけれど、一体、どういうことですの?」

 妖鬼に敵意剥き出しの威嚇をしているところへ、僕は大刀を振り

上げながら割って入った。

「みけっ!」

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