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〔拾壱〕門松って、竹が主役だと思う。

「立花君。先に釘を刺しておきますが」

 美咲先生、改まった()()で咳払い。幾分、頬が紅潮している。

「本堂でのことは―――」

「他言無用に、でしょ? 大丈夫。誰にも話したりしませんよ」

 舞台は再び、床の間である。

 日傘が能力を揮う時。あれは即興で詠むのだろうか。

 であれば、抜きん出た才と言ってもよかろう。

 意味こそ理解には及ばぬが、またも、風に舞い上がる花弁の詩。

 つまり、先ほど詠んだ二の句である。

 言霊が長ければ長いほど―――なわけだから、余計な問答をして

いられるほど、そこに悠長な時間はなかった。

 蝋燭の灯る薄暗い中で、美咲先生と六人は黙して僕に背を向けて

座し、果たして丸裸だった僕は急いで衣服を―――ま、女の子じゃ

あるまいし、見られても大して気にはしないがな―――身に纏い、

観音扉の前に立った。

 本堂を封印している結界の御札を指で剥がし、美咲先生を外へ。

 次いで再び御札を貼り付け、美咲先生が外から扉を開けた隙に、

僕も本堂から脱け出した。

 数百年も前。機械はおろか、ろくな道具もなかったであろうに、

人の手で掘られたという坑道の坂を駆け登り、用を足して床の間に

戻ったあたりで時間切れ。すべての言霊が砕け散った。

 もしかしたら、案外もう平気じゃないのか? などと淡い期待を

していたのだが、途端、またもや酷い痺れに蝕まれ…。

 であるからして、こんな会話をしている構図も、それほど大きく

変わっちゃいない。

 ただ、残念なのは、美咲先生が隣で添い寝をしていないことか。

 むろん、誰も裸ではないし、ここには布団も敷かれちゃいない。

 畳の上に横たわる僕。それを囲むように座して見守る美咲先生と

例の六人。きっと僕が思うより、ものすごく間抜けな絵面だろう。

「第一、誰かに話したところで、誰に何の得がありますか?」

「…と。得がない。誰も…」

「へ?」

「わたくしが、あれほどまで。あんなに死ぬほど恥ずかしい思いを

したというのに…」

「あ。いや。してますしてます」

 女性の心理は謎が深い。

「僕は。僕は得していますから。とっても素敵な色っぽい匂いで、

今も余韻で頭をくらくら―――」

「おかしなことを言わないでっ!」

 どっちなんだよ。

「馬鹿を言うだけの余裕があるなら、もう面倒を見ませんよ?」

 と言われましてもね。

「…すみません。それにしても、しかし…」

「何です?」

 言ったところで詮無きことだし、こうした非常識なことだって、

それなりに経験済みである。

 が、だからちゅうて、そいつを何事もなかったように見て見ない

振りをし、このまま黙って受け入れてしまうというのは、少し違う

ように思うのだ。

 と言うのも、本来であれば、とっぷりと日が暮れ、開け放たれた

障子戸の向こうには、夜の帳が下りていなければおかしいわけで、

なのに、どうしたことか、先ほど部屋を出たときに、本堂へ向かう

ときに見上げた太陽の位置が、殆ど変わっていないではないか。

 然らば、それは僕という人間が、現実世界の時間から完全に隔絶

されていたということであり、美咲先生の異世界発言を真っ向から

否定した僕は、挑戦状を突きつけられたようなものである。

「いや。随分、日が伸びたなと思いまして」

 そんな皮肉に美咲先生は、正面―――っちゅうか、仰向けに寝か

されている僕の足元で、夕暮れ前の庭先を眺めながら苦笑した。

「それともまさか、僕が気づいてないだけで、じつは丸一日経って

いるとか、そういう下げではありますまい?」

 こうして説明を求められるであろうことは、当然、想定していた

ようだ。美咲先生は背筋を伸ばすと、厳かな口調で言い切った。

「あの壁の向こう側。あの本堂は、時間の流れが違うのです」

「それって、つまりは?」

「異世界」

「やれやれ。…そう。その異世界ってやつですが…」

「信じられませんか?」

「その。何と言ったら良いのかな。認めたくないとか、意地になる

つもりはないですよ? ただ、正直に言わせて頂けるのであれば、

不自然―――というのが、忌憚のない率直な意見ではあります」

 ちゅうても、僕の言わんとする()()()の真意を、美咲先生が理解

するはずもないのだが。

「立花君。あなたが只者でないことは判っています」

「…あの。そのことですが」

 由良のやつ。やはり、何か余計なことを喋りやがったか。

「それは、どういった根拠で言っているのです…?」

「この屋敷の周辺一帯は、ある意味、強力な結界が張り巡らされた

のと同じ状態にあります。ひっそり地底に横たわる、少女が異能で

覆った鍾乳洞は、こうしている今現在も、その石化の効力を失って

いないから。つまり、あなたが何も知らずに踏み入った、この屋敷

へと続く一本道は、常人であれば気づくことのない景色なのです。

その瞳に映るのは、ただ漠然とした石壁だけ。見たとしても無関心

無干渉。誰も気に留める者はありません。それが只者であれば」

 その理屈だと、あの場に居合わせた三矢―――はともかく、天吹

さんまで、只者ではないということになるが。

「たまに、年に何度かは、うっかり敷地内に迷い込んでしまう者も

います。しかし、その誰もが彼女達を認識することはなく、歩いて

いるうちに、いつの間にか自然と元いた場所まで戻っている。迷い

込んだという記憶もなしに。ここは、そういう場所なのです」

「なるほど…。だから、あんなに愕いていたのですね。僕が唐突に

声を掛けたから」

 右肩のあたりに()()っている三つ編みは、少し申し訳なさそうな

表情を浮かべると、その長い黒髪を大きく揺らして頷いた。

「はい。誰か入って来たのは判っていましたが、いつものことだと

思っていたし。それよりも、竹の様子が心配で」

「たけ?」

「はい。先週の頭くらいから、徐々に竹の穂が膨らみ始めて。開花

するのも、もう時間の問題でしたから」

 そうか。竹か。小鳥を眺めていたんじゃなかったのね。

「咲くんですか? 花が? 竹に?」

「ふん。何じゃ、小僧。そんなことも知らぬのか。情けないのう」

 あのな。普通は知らないし、そんなに蔑まれるようなことか?

「まあ、無理もないさね。何せ、竹が花を咲かすのは百年に一度。

世紀の椿事って話じゃないかさ」

「左様。じつは拙者も知らなかったでござるよ、恥ずかしながら」

 いや。恥じ入ることではないと思うけど。

「で? 竹の花が何か?」

「あ。はい。あれは、その辺に自生しているような、普通の竹とは

違いますので」

「珍しい種類ってことですか?」

 と首を傾げたところで化学が、鈍いわね…、と呆れた表情で口を

開いた。

「彼女の昔話にも出てきたでしょう」

「まさか」

「それよ」

 僕は、横並びに()()る化学と美咲先生の目を、まじまじと見た。

「何?」

「何です?」

 じつに真剣な眼差しである。どうやら、僕を担ごうってわけでも

なさそうだ。

「あ。いや。べつに疑ったわけではないのですが…」

 まったく愕きである。五百年以上も昔の―――いや。世界には、

樹齢二千年以上の巨木だってあるわけだから、その辺りのことは、

ちっとも不思議ではないのだが、あの出鱈目な昔話の一本竹が現存

していると聞かされたのだ。そりゃ、誰だって愕くだろ。

「立花君。一応、言っておきますが、花といっても、非常に小さな

ものですよ?」

 そうなの?

「竹という植物は、花を咲かせたら最期。枯れてしまうのが普通。

しかも、すべてが地下茎で繋がっていますからね。その竹林ごと。

ですが、あの竹に限っては違います。何度でも、まるで妖鬼と呼応

するかのように、出現する前触れの如く花を咲かせ、その後も朽ち

果てることがない。そういう不思議な竹なのです」

 で、開花目前の警戒中に、ひょっこり訪れちまったのか、僕は。

「だけど、一本じゃなかったですよね。たしか、七、八本はあった

ような」

「全部で六本。どういう気まぐれなのでしょうね。たまに、新たな

幹が伸びてくるのです」

 たまに(・・・)じゃないでしょ。五百年で六本は。

「とっても不思議な竹なのです」

 ふうん。そりゃ、たしかに不思議な竹である。

 しかし、花を咲かせたら最期、枯れてしまうってな普通の竹も、

僕にしてみりゃ不思議だがな。 

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