9. リアム視点
リアム視点です。
「――『異質なる二つの光、融合せし時、新たなる輝きが生まれるであろう』」
アレクは目を閉じ、預言の内容をそらんじる。
「あの日、ルミナス公爵家に向かう前に、私にもたらされた大精霊の言葉だ。それが何を意味するのか、私にも他の王族にも、誰にもわからなかった。光と花の二つの加護を宿す、オーロラに出会うまではね」
アレクはゆっくりと瞼を持ち上げる。その金色の瞳には翳りが落ちて揺らいでいた。
「……でもさ、正直、あの預言がオーロラのことを示していたのかもわかんないんだよね。私は、預言の直後にオーロラに出会って、『ああ、このことだったのか』って思っちゃったけど。もしかしたら、違ったのかも」
実際、その預言の直後、闇を司るシェイド公爵家の筆頭分家であるムーン侯爵家の令嬢と、光を司るルミナス公爵家の令息が、授かり婚をしたという電撃的なニュースがもたらされた。
二人の間に生まれた娘はとても大きな魔力の器を持って生まれ、十歳を過ぎた頃から聖女と呼ばれるほどの強力な魔法を操るようになった。
特に広範囲の瘴気を浄化する魔法が得意で、近年は彼女のおかげで、魔獣の発生がかなり抑えられていると聞く。
「つまり預言の『二つの光』はムーンとルミナス、『新たなる輝き』は聖女のことだったと?」
「その可能性が高いと、今は思っているよ。大精霊の言葉は端的で、理解が難しいからね。でも、私がその預言をオーロラに安易に伝えてしまったせいで、あの子は苦難の道を選んでしまった……いや、私が選ばせてしまったんだ」
アレクは重たいため息をついて、口角だけをゆるりと上げた。
金色の光には、慚愧の想いが宿っている。――こんなところまで、俺と同じだ。
「オーロラ嬢には、預言の真の意味を伝えたのか?」
「いいや、伝えていないよ。預言の意味が理解できたのは、聖女が成長して頭角を表し始めてからだったし。今更蒸し返してそんなことを言ったら、あの子の血の滲むような努力が無駄だったって言ってるようなものじゃないか。そんな残酷なことができるわけ……」
アレクは突然、はっと息を呑んで言葉を切った。
「いや、残酷、か。ふふ……むしろその通りだったな」
「……アレク?」
俺は眉を顰めて、アレクが自嘲するのを眺めた。こいつがこんな表情をするのは、珍しい。
「オーロラに言われたんだよ。私は残酷だってね。それから……どうして好きになってしまったんだろう、って。そう言い残して、オーロラは私の所から去って行った」
「……っ」
――それが、オーロラ嬢が泣いていた理由か。俺は、ようやく得心した。
「うっすらと、感じてはいた。オーロラが私を慕ってくれている感情の中に、従兄としてではないものが含まれているかもしれないって。でも、私は認めたくなかったんだ。あの子には……従順で可愛い従妹でいてほしかったから。私は自分勝手で……残酷だ」
ふふっと小さく笑って、アレクは俺の目をまっすぐに見た。
同じ男から見ても、色気があって罪な顔立ちだ。何故だろう、これまではそんなことなかったのに、今は少しイラッとする。
「リアム。君は、間違えないでね」
「……馬鹿だな。俺も、とっくに間違えてるさ」
幼馴染で、義妹となったシャーロットを、愛しているかと聞かれたら、もちろん、と答える。
けれどそれは、義兄として。一つ年上の幼馴染みとして。分家を守るべき本家の嫡男として、だ。
周りの人間は、仲の良い俺たちを見て、いずれシャーロットを本家の嫁にと勝手に考えていた。
そして俺も、周りに流されて、いずれシャーロットが妻になるのだろうと考えるようになったし、そういう……いずれはパートナーとなる相手として、それらしい振る舞いをしようと心がけるようになった。
けれど、結局シャーロットはいつまで経っても、俺の中ではかけがえのない妹に過ぎなかったのだ。
そう気がついたのは、取り返しがつかない状況になってしまった後だった。
俺には、シャーロットに消えない疵を負わせてしまった罪がある。
罪の代償として、責任がある。
俺は、咎人として、最後まで責任を果たすつもりだったのだ。
咎人である俺には、人を幸せにすることなどできない。
人を幸せにできない俺には、人を愛する資格などない。
オケアーノ侯爵家には、王都における水回りの環境を維持管理するという大切な仕事もある。
俺は王都での仕事を引き継ぎ、領地の方、つまり次の侯爵位は、年の離れた弟に継がせれば良いと……結婚などしなくても良いと、本気でそう思っていた。
——王太子命令が下りるまでは。彼女に、出会うまでは。
「だが、アレク」
俺は、取るべき責任の形すらも、間違っていたのかもしれない。
シャーロットの時が止まっていたとしても、俺もシャーロットも年を取るし、容貌も状況も変化していく。
今ですら、俺を見る度に「背が伸びた?」と訝しんでいるのだ。
年齢を重ね、彼女が俺を俺だと認識できなくなる時が、いつ来るかもわからない。
だから。
シャーロットが傷つかないように、箱庭で永遠に守り抜くことではなく。
レイン子爵家のことも、あの日の悲劇のことも、全部「なかったこと」にするのではなく。
俺も、シャーロットも、現実に向き合うべき時が来たのかもしれない。
「――これから取り返すことは、できると思うか?」
俺は、アレクの瞳を真正面から見返した。
「ああ。君なら、できるよ」
アレクは、安心したように、ふっと相好を崩した。
「『水を蘇らせるは、光に咲く花。花を咲かせるは、清らかなる水』――オーロラの幸せを咲かせられるのは、リアム、君だけだ。今度こそ解釈に間違いはないと思うよ」
「アレク、それは……預言か?」
アレクは目を細めて、満足そうに頷いた。
瞳の奥には寂しさが揺れているが、それよりも強く、信頼の色が輝いている。
「それを伝えたくて君を呼んだんだ。さあ、行ってやりなよ」
「――ああ。失礼する」
俺はアレクに強く頷き返すと、ソファーから立ち上がり王太子執務室を後にしたのだった。




