6. 魔法の副作用
それから、リアム様と一緒に応接室に戻った私は、シャーロット様のためにお見舞いの花束を用意した。
花魔法で生み出したデイジーの花に、前回同様、丁寧に祈りを込める。ただし、祈る内容は少しだけ違う。
「シャーロット様を蝕む瘴気が浄化され、病が少しずつ改善しますように」
祈りを込め終わると、あたりを漂っていた白い光が、デイジーの花びらにきらきらと収束していく。
急激に襲ってきためまいをどうにか我慢して、私はリアム様に花束を差し出した。
「……お待たせしました。これを、シャーロット様に」
「ありがとう、オーロラ嬢。あなたには、これを」
リアム様は花束を受け取ると、かわりに私の目の前に、革製の袋を置いた。
「俺の作った氷菓子だ。氷の箱の中に入れたから、今晩までは保つだろう」
「まあ、ありがとうございます」
「馬車まで送ろう。さあ、お手を」
リアム様は立ち上がると、私に向かって手を差し出した。
しかし、今、私はその手を取ることができない。激しいめまいに襲われているからだ。
「いいえ、結構ですわ。それより、お花をシャーロット様に届けて差し上げてくださいませ」
私は気を張って微笑みを浮かべ、丁重に申し出を断った。
しかしリアム様は、差し出した手を引っ込めようとはしない。
「あの……リアム様?」
「……そういう訳にもいかないのだ。さきほど、礼節を欠くなと怒られたばかりなのでな」
「あ……」
――そういえば、屋敷を来訪したときに、執事が『若様を叱っておく』的なことを言っていたっけ。
それなのに早速私を軽んじるようなことをしたら、また、リアム様は怒られてしまうだろう。
「わかりました。でしたら、シャーロット様にお花を届けてお戻りになるまで、ここにおります。どうぞ、行ってらしてください」
「……そうか。なら、その言葉に甘えよう。気遣いに感謝する。すぐ戻るよ」
リアム様は納得してくれたようで、部屋から出て行った。
私は深く息を吐き、ソファーに背をもたれさせる。
「失礼いたします。紅茶のおかわりを……、っ、もしやフローレンス様、お加減が悪いのでは……!?」
ティーワゴンを押して部屋に入ってきたメイドが、大慌てで執事を呼んだ。
執事はちょうど近くにいたらしく、すぐに部屋に入ってきて、私のところへ駆け寄る。
「フローレンス様、お顔色が」
「平気ですわ、お気になさらないで。少し休めば落ち着きますから」
「しかし……! 急いで若様を――」
「だめよ! お願い、リアム様には言わないで……お願いします」
慌てる執事とメイドを押しとどめ、私はそう懇願した。
「私が勝手に魔法を使って、勝手に体調不良に陥っているだけですから。ですから、どうかリアム様を心配させるようなことはなさらないで」
「フローレンス様……」
「あの優しい方に、これ以上背負わせてはなりませんわ。お願いです」
「……あなた様がそうおっしゃるのなら」
私が何度も繰り返しお願いすると、執事は心配そうにしながらも、渋々引き下がってくれた。
しばらくしてリアム様が離れから戻ってくる頃には、私のめまいも落ち着き、どうにか馬車まで歩くことができた。
立ち上がる瞬間に少しふらついてしまい、リアム様に怪訝な顔をされたものの、「ずっと座っていたから、立ちくらみがしただけですわ」と言えば、ひとまずは納得してくれたようだった。
「では、また」
「ええ。会えない時も、お見舞いのお花をお送りさせていただいてもよろしいですか?」
「ああ。嬉しい気遣いをありがとう。先ほどの花束、シャーロットも喜んでいたよ」
「それは良かったですわ。では、失礼いたします」
私が微笑めば、リアム様も口角をゆるく上げてくれた。
出会ってからそう時が経ったわけではないにもかかわらず、随分柔らかな表情を見せてくれるようになったものだ。
馬車の扉が閉じられ、ゆっくりと伯爵邸へ向けて動き始める。
「ふふ。共犯関係になったおかげ、かしらね」
私は独りごちて、笑う。
殿下に紹介されたときは氷柱のような人だと思ったけれど、その本質は、まるで澄んだ小川の水。
「――でも」
窓に映る私の笑顔は、自嘲的なものに変わっていく。
それを見ている者はいないけれど——もしも見られていたら、こんな私を一体どう思うのだろう。
「もしも私の献身に気づいたところで、それが全部アレクお従兄様のため……いいえ、アレクお従兄様への当てつけなんだって知ったら……あなたは、私を軽蔑するかしら」
窓の外は、夕焼け色に染まっていた。
私の目に、オレンジ色の光を反射して燃えるように美しく色づく、王宮の白壁が映る。
けれど、私の心に浮かぶのは、残酷で美しいアレクサンダー殿下のかんばせではない。青い髪と灰青色の瞳を持つ、冷涼で端正な顔立ちだった。
「……優しいあなたに軽蔑されるのは、少しだけ、嫌かも」
リアム様が別れ際に見せてくれた、柔らかな微笑み。
今よりもっと彼に近づいたら、その顔が軽蔑に歪むのを見るのは、ちょっと耐えがたくなってしまいそうだな……と、私は思ったのだった。




