3. 共犯関係
後日、リアム様と手紙で約束をして、オケアーノ侯爵家のタウンハウスへ訪問することになった。
オケアーノ侯爵邸では、リアム様ではなく、執事が出迎えてくれた。
リアム様はシャーロット様の住む離れに行っているらしい。
予想はしていたが、やはり婚約者よりも病弱な義妹の方が優先、ということのようだ。
「フローレンス様……誠に申し訳ございません」
リアム様の代わりに、侯爵家の執事が深く腰を折り、頭を下げる。
「いいえ、構いませんわ。わかっておりますから」
「しかし……」
私は謝罪する執事を手で制したが、彼はなおも食い下がった。
私は「ふふ」と小さく自嘲して続ける。
「本当に良いのです。巷で流行っている恋愛小説のように、想い想われる関係であれば素敵なのでしょうけれど、あくまでもこれは王太子命令。王国と、精霊たちのために結ばれた婚約ですから」
ここグランエレメンツ王国は、精霊に守られた国である。
精霊はそれぞれ異なる地域を住処とし、各精霊の守護する土地を守るために存在しているのが、各貴族家だ。
グランエレメンツ王家を筆頭に、光と闇の二大公爵家、地水火風の四大侯爵家、その下に伯爵家、子爵家、男爵家と、精霊の力の強さを基準に爵位が定められている。
貴族家に生まれた子どもたちは、魔力の器が安定するまで精霊の住処がある領地で暮らし、精霊像に祈りを捧げることで魔力を高め、精霊の力と馴染んでいく。
そのため、生まれたときにはまだどの精霊とも馴染んでいないのだが、魔力の器は血によって継承される場合が多く、魔力の器が大きい貴族は貴族同士で結婚することが推奨されていた。
「ここ数年は政略結婚よりも恋愛結婚が主流になって参りましたけれど、それではままならないこともございますもの。私は、受け入れておりますわ」
この婚約を継続するかどうか、結婚まで至るかどうかは別として。
アレクサンダー殿下からの命令なのだから、どれだけ辛い想いをしようとも、私には断るという選択肢はない。
「それでも、礼を欠いて良いということにはなりません。若様にはわたくしから申し上げておきます。このたびは、誠に申し訳ございません」
「……わかりました。謝罪を受け入れますわ」
「ありがとう存じます」
頑なに頭を下げる執事は、どうやらリアム様と違って、私を軽んじるつもりは一切ないらしい。
苦労が絶えないだろうなと思いながら、私は眉尻を下げて微笑んだ。
*
リアム様が応接室にやってきたのは、私が紅茶を二杯ほどおかわりした頃だった。
「すまない。待たせてしまった」
「いいえ、構いませんわ」
一応は急いでくれたらしく、髪が風で少し乱れていた。
「シャーロット様のお加減はいかがですか?」
「……変わらず、だ。七年前からずっと、変わらない」
リアム様は重いため息をついて、私の向かい側のソファに腰掛けた。
「あの……シャーロット様は、どのようなご病気なのでしょうか」
「……何故そんなことを訊く」
私が問いかけると、リアム様は眉間に深い皺を刻み、冷たい拒絶を示した。
私は慌てて質問を撤回した。
「いえ、深い理由は……。ご不快にさせてしまったのなら、申し訳ございません。軽率でした」
オケアーノ侯爵家ほどの名家なら、高名な医者を呼ぶこともできるだろうし、治癒や浄化を得意とする光魔法のルミナス公爵家への伝手もあるはずだ。
それなのに、シャーロット様は七年前から変わらず、侯爵邸の離れで療養を続けている。彼女の病は、現在の医術や魔法技術では治せないほど重いものなのだろうか。
私がうつむいていると、リアム様は深いため息をつき、低い声で呟いた。
「……君が誰にも言わないというのなら、教えても良いが」
「それは……もちろん、個人的な事柄ですから、誰にも言ったりいたしませんけれど。リアム様が秘密になさりたいのなら、ご無理なさらなくても結構ですわ」
「そう……か。そうだよな」
私が戸惑いながらそう返答すると、リアム様ははっとしたような表情をして、長い指を顎に当てた。
少しだけ考えに耽ってから、リアム様は私の目をじっと見て、口を開く。
先ほどまでの冷たい拒絶はもうなくなっていて、灰青色の瞳には、かわりに不安や迷いのようなものが浮かんでいた。
「俺は……どうやら、君に秘密を共有したいと思っているようだ。オーロラ嬢と俺は、苦しみを分かち合う共犯関係……だろう?」
「……共犯」
口に出してみれば、それは思ったよりも危険で甘美な響きだった。
私は口元を綻ばせ、目をすうっと細めてリアム様を見つめる。
視線が交われば、不思議な痺れが背筋を走って、動けなくなる。
「ふふ、共犯とは、言い得て妙ですわね。私は、リアム様の大切なシャーロット様の秘密を知る。リアム様は、私がアレクお従兄様に抱く秘密の気持ちを知っている。互いに弱みを握り合えば、裏切れなくなる」
リアム様は目を見開き、呆気にとられたようにこちらを見ている。
彼の瞳に映る私は、蛇のように妖艶な笑みを浮かべていた。
「――構いませんわ。お互いにお互いを愛せず、尊重できなかったとしても、秘密の共有は、私たちが離れることを阻む枷となります。安全装置として非常に合理的ですものね」
「あ……ああ」
リアム様は、こくりと喉を鳴らして頷いた。
私は彼から視線を外して、紅茶を口元に運ぶ。
それと同時に、リアム様はふっと緊張を緩めて、小さく息をついていた。
「……シャーロットの病状は……そうだな。見てもらった方が早い。ついて来てくれるか」
「よろしいんですの?」
「ああ。こちらへ」
リアム様はそう言ってソファから立ち上がると、私の前へ手を差し出した。どうやら、私をエスコートしてくれるらしい。
私は彼にそのつもりがあったことに少しだけ驚きつつ、お礼を言って彼の手をとる。
「ありがとうございます」
「いいや。君……、いいや、あなたは、共犯関係だからな」
そう言って含むように笑うリアム様の手のひらは、涼やかな表情とは対照的に、温かかった。




