21. 赦された罪
事情により(主に心が折れていたため)一旦完結マークをつけさせていただいてたのですが、気力と体力がちょっぴり戻ってきたのでこっそり連載に戻しました。
とはいえ、次話で第一部が完結となりますので、また長い(そして期間未定の)休載期間をいただきます。
ご迷惑をおかけして本当にすみません…。
リアムと共に向かった先は、大神殿だった。
訪れた者を魅了する荘厳な正面入り口でもなく、聖職者たちが出入りする通用口でもなく、左手に建つ修道院の塔でもなく――私たちの目的地は、さらにその奥に位置する、二階建ての小さな別棟。大神殿に併設されている、治療院だ。
治療院は、ルミナス公爵家の光魔法が必要な患者に治療を施す施設で、部屋数は多くはないが入院施設も備わっている。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
事前に日付と時間を指定して面会の約束をしていたため、私たちはすぐに中へ入れてもらうことができた。
私たちが案内された部屋は、二階にある小さな個室の一室だった。
案内された個室は、ベッドだけで三分の一を占めてしまうような狭い部屋だ。
けれど、テーブルと椅子とミニキッチンが備わっており、人一人が数日間滞在する程度なら、特に不自由はなさそうだった。
「ごきげんよう! 今日はいいお天気ね!」
室内に入るなり、鈴の鳴るような可愛らしい声の挨拶が響く。
丁寧に編み込まれて黒いリボンで纏められている、雪のように真っ白な髪。
青緑色の澄み切った瞳はきらきらと輝き、白い頬は血色も良くほんのりと朱が差している。
数日ぶりに再会したシャーロット様は、ベッドからしっかり立ち上がって、スカートの裾を摘まんで膝を軽く曲げる簡易な礼で出迎えてくれた。
途端に、リアムの緊張がほどけたのがわかった。
私も、彼女の朗らかな笑顔につられるように微笑む。
「ごきげんよう、シャーロット様」
「シャーロット、元気そうだな」
私たちが挨拶を返すと、シャーロット様は「もちろん元気よ!」と楽しそうに笑った。
――地下水脈に瘴気溜まりが発生したあの日。
シャーロット様の部屋に飾られていた、最も新しい『光の花』は、騎士によって全て回収され、浄化が間に合わないと思われた配水塔に捧げられた。
そのおかげで瘴気の浄化は全て完了したのだが、眠っている間に『光の花』の浄化魔法の照射を受けられなかったシャーロット様の体調には、明らかな変化が現れていた。
ベッドに入ってから半日が経っても、シャーロット様は深く眠ったまま、目覚めなかったのだ。
普段目覚める時間になっても、昼を過ぎても、私たちが王宮から戻ってきてもなお、彼女はこんこんと眠り続けていた。
オケアーノ侯爵邸から『シャーロット様が目覚めない』という知らせが届いた時、配水塔の浄化から戻ってきて王宮に滞在していた私のお母様に協力を仰いで、一緒にシャーロット様の眠る離れについてきてもらった。
お母様は疲れているであろうにも関わらず、嫌な顔ひとつせずに私に付き合ってくれた。
そして、離れのベッドで眠るシャーロット様を診て、お母様はこう言ったのだ。
『大丈夫よ。今は、残っている瘴気の根に侵されないよう、記憶と心の一番深いところに自分自身で鍵をかけているような状態ね。現在のこの子であれば、心を壊すことなく、わたくしの光魔法で一気に完治させられるけれど……どうする?』
その言葉に、私はもちろん、リアムもケヴィンさんもオケアーノ侯爵夫妻もノア様も、全員目を丸くしたものだ。
お母様の魔力に余裕があるのならばと、私たちは満場一致でシャーロット様の治療を決めた。
シャーロット様は『症状が悪化したら』もう治療をやめてほしいと言ったのだ。
悪化していないのだから、このまま治療を選ぶべきだろう。
完治してしまえば、これ以上シャーロット様が『迷惑をかけたくない』とか『優しくされるのが辛い』『覚えていられないことが苦しい』と感じる必要もなくなるのだから。
そうして、お母様の光魔法で、シャーロット様の瘴気病は、呆気なく完治してしまったのである。
「それで、あれから体調はどうだ? 後遺症はないか?」
リアムがそう切り出して、物思いに耽っていた私は現実に引き戻された。
「平気よ。オーロラさんのお母様に光魔法をかけてもらってから、頭のもやもやが綺麗さっぱりなくなったの」
「そうか。では、記憶の方も?」
「うん。寝て起きても、昨日のこと、一昨日のこと、きちんと覚えてる。前は眠りに入るのが怖かったけど、今は思う存分ぐっすり眠れるのよ!」
シャーロット様は、そう言って嬉しそうに笑った。
「これも全部、リアムお義兄様やオーロラさんのおかげね。本当に、本当にありがとう」
「いや、俺は何も。感謝するなら、オーロラと義母上に――」
「もう、リアムお義兄様ったら、忘れちゃったの? 後遺症の経過観察と再発防止のためにここに入院した日に、院長先生から説明されたこと」
シャーロット様は、口元に手を当てて、大袈裟な仕草でそう言った。
「……忘れてないさ」
リアムはシャーロット様から顔を背けて、窓の外を眺めるふりをした。
耳が赤くなっているところを見ると、照れているのだろう。
「病気になったその時は、わたしの心は治療に耐えられないぐらい弱かった。でも、こうして光魔法の治療に耐える心の体力がついたのは、お義兄様たちがずっと愛情や優しさを注いでくれていたからなんだよ」
「……ああ」
シャーロット様の入院に際して、リアムは院長先生に質問をしていた。
以前は治療をすることができないと言われていたのに、どうして、今になって治療が可能になったのかと。
返ってきた答えは、こうだった。
『長い時間をかけて丁寧に紡がれてきた愛情や優しさは、心の中に、記憶の奥底に、ちゃんと降り積もって残っていたのです。それが彼女を強くして、治療に耐えられる心を作ってくれたのですよ』
――と。
「リアムお義兄様は、院長先生にそう言われても、あんまりピンとこなかったんでしょ? それよりも、わたしがあの夜に言ったこと……優しくされるのが辛かった、っていう言葉の方が重くて、棘になって刺さっていたんだよね」
リアムは窓の外に顔を向けたまま、小さく細く息をつく。シャーロット様は構わず続けた。
「でもね。責任感からだったんだろうけど、リアムお義兄様はわたしのことをずっと見捨てないで、こんなに長い間、一緒にいて励ましてくれたでしょ。その事実が、わたしの心の中に、『リアムお義兄様はわたしを見捨てない』っていう安心感として、少しずつ蓄えられていったんだと思う。その安心感が、わたしの心を強くしていったんだよ、きっと」
リアムは答えない。じっと動かず、ただ、窓の外を眺め続けている。
「だから、リアムお義兄様。もう……自分のことを許してあげて」
「……っ」
そこでようやく。リアムは、肩を震わせ、息を詰めた。
「――ありがとう。わたしはもう、救われたよ」
シャーロット様は明るく澄んだ声で、そう言った。
「……そう、か」
とうとう、リアムの目元に、きらりと光るものが見えたのだった。




