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【第一部完結】病弱な義妹を愛する人と婚約を結ぶことになりました〜初恋に別れを告げる時間です〜  作者: 矢口愛留


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20/22

20. 婚約者だから


 リアムは数回まばたきをして、心底不思議そうに私に尋ねた。


「俺に……幸せに? どうして?」

「リアムは、私と似ていると思ったから」


 従兄(あに)と慕うアレクサンダー殿下に、叶わぬ想いを抱き続けてきた私。

 大切な義妹であるシャーロット様に、尽くし続けてきたリアム。


 殿下はもう結婚していて、お世継ぎも生まれているから、私の想いが報われることは絶対になかった。

 けれどリアムは、私が力を尽くせば、シャーロット様から気持ちを返してもらえる日が来るかもしれなかった。


 私は、リアムに私自身を重ねていたのだ。

 彼と会った最初のそのときから、きっと。


 だから、私はリアムに幸せを掴んでほしかったのだろう。――私自身のかわりに。


「あとは、あなたの置かれていた状況や、シャーロット様の病に、同情した……というのもあるけれど」


 二回目に渡した花束――オケアーノ侯爵邸で『光の花』を作ったときは、同情心が強かったことも覚えている。

 ただ、それ以上に。


「共犯関係、っていう言葉が、なんだかすごくしっくりきて。私、自分と似たあなたが、私を信頼してそれを提案してくれたっていうことが、嬉しかったんだと思うの」

「……嬉しかった? 共犯関係が?」

「うん。……あ、今はもちろん違うわよ? 今は、リアムは共犯関係じゃなくて、ちゃんと婚約者だもの」

「……ふ。『ちゃんと』婚約者、か」


 リアムは、私の言葉に、楽しそうに笑いをこぼした。

 出会った当初は、彼がこんな笑い方をすることも知らなかったな、と少し感慨深くなる。


「――オーロラ。俺があのとき……俺とあなたが共犯関係だと言ったときに、あなたに惚れたのかもしれないと言ったら、どう思う?」

「……え?」

「何というのだろうな。あの一瞬で、オーロラから何故だか目が離せなくなって――何か、足りなかった何かが繋がったみたいな、不思議な感覚というか。あなたのことを、ただ――美しいと思った」


 私の目を覗き込んでそんな風に微笑むリアムの方こそ、誰よりも美しいと感じてしまうのだが。

 今は、それよりも――。


「……私に、惚れた? あのときに?」

「ああ。俺が自分の気持ちにはっきり気がついたのは、もっと後のことだったが。今なら、断言できる」


 リアムは、私の手を取って姿勢を直した。

 私の喉が、続く言葉を期待して、こくりと鳴る。

 頬が熱くなり、鼓動が早くなっていく。


「――オーロラ。俺は、あなたが好きだ」


 期待した通りの言葉が、柔らかに弧を描く唇から発せられて、私の瞳が潤んでいく。

 綺麗な灰青色(ブルーグレイ)にとらわれ、身体の芯が痺れて、目が離せなくなる。


 ――ああ、そうか。

 共犯関係と言われたときに感じたあの強烈な感覚は、歓喜、ではなく。


「リアム」


 口に出すだけで、幸せを感じる音がある。


 私はそのことを、今になって改めて知って、少しだけ驚いた。


 ……いや、違う。

 前の恋では切ない気持ちの方が大きかったから、ただ純粋に幸せと思うのは、もしかしたら初めてかもしれない。


「私も、リアムのことが好きみたい」


 囁くように、けれどはっきりそう告げて。

 私は、彼の手を握り直した。

 リアムの微笑みが、途端に、とろけるように甘くなる。


「……オーロラ。あなたの望みは叶ったようだぞ。――俺は、今、とても幸せだ」


 歓びに満ちたリアムのかんばせが、近づいてくる。

 私が目を閉じると、柔らかな感触が頬にそっと触れて、すぐに離れていった。


「ふふ。リアムはやっぱり、優しいのね」


 目を開けて微笑むと、リアムは耳を赤く染めて、自らの唇を指さした。


「こちらは、結婚式まで取っておきたいと言ったら……変か?」

「ううん。ロマンチックで素敵よ。それに、私を大切に想ってくれてることがわかって嬉しい」


 本当はちょっとだけ寂しいような気がしなくもない。

 けれど彼はきっと私に、本意ではないのに流されてキスをしてしまったなどと、少しでも思わせたくないのだろう。


「でも――お返し」


 だから。

 私も、少し勇気を出して、リアムの頬にちょん、と唇で触れた。


 リアムは私のように目を閉じることなく、驚いたように私の行動を見ていた。


「オーロラ」


 彼はすぐに嬉しそうに破顔して、私をそっと抱き寄せる。

 私も、彼の背中に腕を回した。


「――返ってくるというのは、良いものだな」

「ふふ。私も同じこと思ってた」


 しみじみと言うリアムに、同意しかない。

 与えた想いが返ってくることなんて、これまで一度もなかったのだ。

 それを期待して想いを注いでいたわけでもないのだが、やはり気持ちが返ってくるのは、とても……とても嬉しくて、安心感があった。


 リアムと一緒なら、私はきっと、しっかり立っていられる。

 ふらついて倒れそうになったら、彼が支えてくれると信じられるから。


「リアム。私も、幸せよ」

「当然だ。だって、あなたは俺の――」


「「婚約者だから」」


 声が重なる。

 視線が重なる。

 想いが重なる。


 私たちはもう、共犯関係ではなくて、ちゃんと婚約者になったのだ。


「——さて。そろそろ時間だな。行こうか」


 しばらく見つめ合ったのち、リアムは公園の時計をちらりと見て立ち上がった。

 自然と差し出された彼の手に、指先をのせる。


「ええ。ありがとう」


 こうしてリアムにエスコートしてもらうのも、随分慣れたと思っていた。

 けれど今は、いつもよりずっと胸が高鳴っている。


「どういたしまして」


 私の差し出した手を、ひとまわり大きなてのひらで、きゅっと優しく包まれる。

 それだけで、外の寒さなんて一切気にならなくなってしまうぐらい、心からぽかぽかと温まってくるような心地がした。



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