20. 婚約者だから
リアムは数回まばたきをして、心底不思議そうに私に尋ねた。
「俺に……幸せに? どうして?」
「リアムは、私と似ていると思ったから」
従兄と慕うアレクサンダー殿下に、叶わぬ想いを抱き続けてきた私。
大切な義妹であるシャーロット様に、尽くし続けてきたリアム。
殿下はもう結婚していて、お世継ぎも生まれているから、私の想いが報われることは絶対になかった。
けれどリアムは、私が力を尽くせば、シャーロット様から気持ちを返してもらえる日が来るかもしれなかった。
私は、リアムに私自身を重ねていたのだ。
彼と会った最初のそのときから、きっと。
だから、私はリアムに幸せを掴んでほしかったのだろう。――私自身のかわりに。
「あとは、あなたの置かれていた状況や、シャーロット様の病に、同情した……というのもあるけれど」
二回目に渡した花束――オケアーノ侯爵邸で『光の花』を作ったときは、同情心が強かったことも覚えている。
ただ、それ以上に。
「共犯関係、っていう言葉が、なんだかすごくしっくりきて。私、自分と似たあなたが、私を信頼してそれを提案してくれたっていうことが、嬉しかったんだと思うの」
「……嬉しかった? 共犯関係が?」
「うん。……あ、今はもちろん違うわよ? 今は、リアムは共犯関係じゃなくて、ちゃんと婚約者だもの」
「……ふ。『ちゃんと』婚約者、か」
リアムは、私の言葉に、楽しそうに笑いをこぼした。
出会った当初は、彼がこんな笑い方をすることも知らなかったな、と少し感慨深くなる。
「――オーロラ。俺があのとき……俺とあなたが共犯関係だと言ったときに、あなたに惚れたのかもしれないと言ったら、どう思う?」
「……え?」
「何というのだろうな。あの一瞬で、オーロラから何故だか目が離せなくなって――何か、足りなかった何かが繋がったみたいな、不思議な感覚というか。あなたのことを、ただ――美しいと思った」
私の目を覗き込んでそんな風に微笑むリアムの方こそ、誰よりも美しいと感じてしまうのだが。
今は、それよりも――。
「……私に、惚れた? あのときに?」
「ああ。俺が自分の気持ちにはっきり気がついたのは、もっと後のことだったが。今なら、断言できる」
リアムは、私の手を取って姿勢を直した。
私の喉が、続く言葉を期待して、こくりと鳴る。
頬が熱くなり、鼓動が早くなっていく。
「――オーロラ。俺は、あなたが好きだ」
期待した通りの言葉が、柔らかに弧を描く唇から発せられて、私の瞳が潤んでいく。
綺麗な灰青色にとらわれ、身体の芯が痺れて、目が離せなくなる。
――ああ、そうか。
共犯関係と言われたときに感じたあの強烈な感覚は、歓喜、ではなく。
「リアム」
口に出すだけで、幸せを感じる音がある。
私はそのことを、今になって改めて知って、少しだけ驚いた。
……いや、違う。
前の恋では切ない気持ちの方が大きかったから、ただ純粋に幸せと思うのは、もしかしたら初めてかもしれない。
「私も、リアムのことが好きみたい」
囁くように、けれどはっきりそう告げて。
私は、彼の手を握り直した。
リアムの微笑みが、途端に、とろけるように甘くなる。
「……オーロラ。あなたの望みは叶ったようだぞ。――俺は、今、とても幸せだ」
歓びに満ちたリアムのかんばせが、近づいてくる。
私が目を閉じると、柔らかな感触が頬にそっと触れて、すぐに離れていった。
「ふふ。リアムはやっぱり、優しいのね」
目を開けて微笑むと、リアムは耳を赤く染めて、自らの唇を指さした。
「こちらは、結婚式まで取っておきたいと言ったら……変か?」
「ううん。ロマンチックで素敵よ。それに、私を大切に想ってくれてることがわかって嬉しい」
本当はちょっとだけ寂しいような気がしなくもない。
けれど彼はきっと私に、本意ではないのに流されてキスをしてしまったなどと、少しでも思わせたくないのだろう。
「でも――お返し」
だから。
私も、少し勇気を出して、リアムの頬にちょん、と唇で触れた。
リアムは私のように目を閉じることなく、驚いたように私の行動を見ていた。
「オーロラ」
彼はすぐに嬉しそうに破顔して、私をそっと抱き寄せる。
私も、彼の背中に腕を回した。
「――返ってくるというのは、良いものだな」
「ふふ。私も同じこと思ってた」
しみじみと言うリアムに、同意しかない。
与えた想いが返ってくることなんて、これまで一度もなかったのだ。
それを期待して想いを注いでいたわけでもないのだが、やはり気持ちが返ってくるのは、とても……とても嬉しくて、安心感があった。
リアムと一緒なら、私はきっと、しっかり立っていられる。
ふらついて倒れそうになったら、彼が支えてくれると信じられるから。
「リアム。私も、幸せよ」
「当然だ。だって、あなたは俺の――」
「「婚約者だから」」
声が重なる。
視線が重なる。
想いが重なる。
私たちはもう、共犯関係ではなくて、ちゃんと婚約者になったのだ。
「——さて。そろそろ時間だな。行こうか」
しばらく見つめ合ったのち、リアムは公園の時計をちらりと見て立ち上がった。
自然と差し出された彼の手に、指先をのせる。
「ええ。ありがとう」
こうしてリアムにエスコートしてもらうのも、随分慣れたと思っていた。
けれど今は、いつもよりずっと胸が高鳴っている。
「どういたしまして」
私の差し出した手を、ひとまわり大きなてのひらで、きゅっと優しく包まれる。
それだけで、外の寒さなんて一切気にならなくなってしまうぐらい、心からぽかぽかと温まってくるような心地がした。




