16. 預言の意味
「あの、人手が足りないとおっしゃいましたが……聖女様に頼めばすぐに王都中の浄化が済むのではないのですか?」
おずおずと手を挙げて意見を述べたのは、リアムの弟、ノア様だ。
リアムとは十歳も離れていて、まだ幼さを残す顔立ちの少年である。
ノア様の質問に答えたのは、アレクサンダー殿下だった。
「実は、聖女は今、王都を離れているんだ。辺境伯領で大きな瘴気溜まりが発生する予兆が観測されて、二日前に王都を出立したところだよ」
「そんな……」
ノア様はうなだれた。確かに、強い光の加護を持つ聖女様だったら、この事態もあっという間に収束できたのだろう。
私も協力できたら良かったのだが、あいにく私の光魔法はとても弱い。花束ひとつに魔法を込めただけで、その日はもう使い物にならなくなるのだから、浄化の手伝いに行けたとしても一箇所程度――、
「……あ」
私はあることに気がついてしまい、思わず声を上げてしまった。
全員の視線がこちらを向く。
「殿下、中央配水塔から各配水塔に流れた瘴気は、ごく微量とおっしゃいましたわね?」
「うん。ルミナス公爵家の者なら、詠唱不要ですぐに浄化できる程度だ、とシェイド公爵は言っていたよ」
「それなら――私の、『光の花』でも浄化できるでしょうか?」
「……!」
私の言葉を聞いて、アレクサンダー殿下の瞳に希望が宿る。
「駄目だ、オーロラ」
しかし、それを良しとしなかったのは、リアムだった。
「瘴気の量が微量とはいえ、王都中の配水塔に浄化を施さなくてはならないんだぞ? もし配水塔一基につき花一輪、あるいは花弁一枚で済んだとしても、間違いなく大量の花が必要になる。そうしたら、君は――」
「でも、非常事態なのよ。瘴気病の恐ろしさは、リアムもよく知っているでしょう?」
「……しかし……!」
私は、リアムの前に歩み寄り、その手を取った。彼の手は、いつもはすごく温かいのに、今は手袋越しにも分かるくらい冷え切っている。
リアムの手を暖めるように包み込み、青灰色の瞳をじっと覗き込んだ。その目には心配の色がありありと浮かんでいる。
「あのね、リアム」
私は、彼の不安を和らげるように、ふわりと微笑んだ。リアムの瞳が、室内灯の光を反射して揺れる。
「陛下に複合魔法のことを尋ねられたとき、リアムが心配してくれて、守ってくれて、私、すごく嬉しかった。私が苦しまないように、身を削ることがないようにって、リアムが真剣に私のことを考えてくれているのも、ちゃんと分かってるわ」
誰よりも優しい彼にとっては、目の前で親しい人間が苦しむのを見るのが、何よりも辛いことなのだ。
だから、本当の意味でシャーロット様のためにならないと理解しながらも、彼は七年前に失われた空間を作り出し、彼女をずっとその箱庭に閉じ込めていた。
シャーロット様が、これ以上、目の前で傷つくことがないように。
そして、今回もそう。
彼は決して、身内以外に冷たい人間というわけでもないし、事態の緊迫性が理解できないほど暗愚なわけでもない。
むしろ、事態の収拾を図るために必要な魔力量を素早く計算した上で、反対している。
「けれど……ううん、だからこそ、私は、この事態の収拾に協力したいと思うの」
「オーロラ……だが、それでは……」
「困難から闇雲に逃げ続けていたら、いつか袋小路に入ってしまうでしょう? そういう癖をそのままにするのは、私にとっても、あなたにとっても良くないことだわ」
「……っ」
問題を見えないようにすることと、問題を根本的になくすことは、全く違うことだ。
もちろん、彼がそのことを理解していないはずはない。
けれど――どうにも、彼は、自分以外の身内が傷つくことに弱いようだ。
眉をぎゅっと寄せているリアムの肩に、アレクサンダー殿下がポンと手を置いた。
「リアム。私だって、オーロラ一人に何とかしてもらうつもりはないよ。ルミナス公爵家の手が回らない、王都郊外にある配水塔にだけでも、光の花を届けられれば良いんだから。花という実体があれば、手の空いている者なら誰でも、同時に別の場所に運ぶことができるからね」
「ええ。殿下のおっしゃる通りよ。あ、それに――今日のは当てつけってわけじゃないから、倒れるほど無理をするつもりはないわよ?」
殿下を横目にちらりと見ながら最後に一言付け足し、リアムの手を離す。それと同時にアレクサンダー殿下もリアムの肩から手を外し、私の方を向いてぱちぱちと瞬きをした。
「……え? 当てつけってなに?」
「なんでもありませんわ」
唇に人差し指を当てて意味深に微笑むと、殿下は不可解そうに首を傾げる。
リアムは額に手を当て、盛大にため息をついて「わかった」と呟いた。
「アレク。俺と父上の魔法は、日付が変わる頃までなら継続可能だ。それまでにルミナス公爵家だけでは手が回らないであろう、郊外の配水塔と配水池にのみ、光の花を届ける。それ以上の働きは、オーロラの婚約者として許可できない」
「ああ。充分だよ。ありがとう、リアム、オーロラ」
私とリアムと殿下は三人で頷き合った。
「では、早速、騎士を手配してくるよ」
「ええ。配水塔に光の花を捧げて、清らかな水を取り戻しましょう」
「――っ」
私が何気なく言った一言に、アレクサンダー殿下はなぜか突然固まった。
「――水を蘇らせる、光に咲く花……清らかな水……」
殿下のこぼした呟きに、リアムがハッとしたように目をみはる。
「まさか、あの預言……?」
リアムの問いかけに、殿下は頷いた。
「うーん。私としたことが、また読み違えていたとはね」
「……いや。あながち間違ってもいないと思うぞ。二つの意味があったのではないか?」
「そうか……そうかもね」
大精霊のお心は、やはり人間にはわからないものだ――殿下はそう独りごちて、リアムと私にふっと笑いかけた。
私は、二人が言っていることの意味が全くわからなくて首を傾げる。
「ふふ。今日のことを考えると……もしかしたら、その前の預言も、意味は一つではなかったのかもしれないな。――さて、今はそれより、急いで騎士を手配しないとな」
殿下はそう言って、控え室を後にしたのだった。




