14. 新年の大夜会
新年の大夜会では、爵位順に王族の方々へ新年の挨拶に伺うことになっている。
同爵位では、歴史の長さや前年度の功績、王家への縁の深さなどを鑑みて、順番が決められていることが多い。
公爵家は、王妃様の出身であるルミナス公爵家が先で、その後に宰相の生家であるシェイド公爵家。
侯爵家は、王太子妃様の出身であるシルフィード侯爵家が一番で、騎士団長を輩出したボルカノン侯爵家が二番目。
タイタノス侯爵家とオケアーノ侯爵家は、特に目立った功績も瑕疵もなく、王家との縁も深くないため、例年交互に順番が回ってくるという。
オケアーノ侯爵家は昨年三番目だったため、今年は四番目に決まったようだ。
挨拶が終わった後は帰るも残るも自由だが、遅刻はあまり良いとされない。
そのため、順番が回ってくるまでの時間は、お酒や軽食を摘みながら、家族やパートナー、友人たちと談笑しながら待機するのが一般的だ。
——私とリアムが会場入りした瞬間から、私たちに視線が刺さるのが肌で感じられた。
好奇と侮蔑のこもった目が向けられ、扇で隠された口元からは、ひそひそ声と嘲笑が漏れ聞こえてくる。
だが、正体はわからないが、今日はそれ以外の言葉や興奮のようなものも入り混じっているような気がした。
「……やはり社交の場は好かんな」
「ふふ。注目されてるわね、私たち」
エスコートをしてくれているリアムの腕に添えた指に、わずかに力が入る。
淑女の微笑みは、絶対に崩さない。
「まあ、そうだな」
婚約者と一緒に夜会に出るのは初めてのことだし、私のパートナーは、偽りだったとはいえ悪評のあるリアムだ。
リアムはそうでもないようだが、私はやはり、少しだけ緊張していた。
「なら、いっそ見せつけてやればいいか」
リアムは、くすりと笑って私の耳元に唇を寄せ囁くと、そのまま耳に口づけを落とした。
「りっ、リアム! 何もそこまで」
私は、頬を真っ赤に染めて彼の方を仰ぎ見た。
思ったよりも近い位置に美しいかんばせがあって、息が止まる。
私と目が合うと、リアムは更に口角を上げて、艶やかに微笑んだ。
きゃあ、という小さな悲鳴が遠くで聞こえる。
「……っ、もう」
私は無理矢理リアムから視線を外して、プイッと顔を背けた。
「やりすぎよ」
「すまない。嫌だったか?」
少し遠ざかった呟き声に、私は、リアムの方へ向き直った。
リアムは姿勢を正して微笑んでいたが、青灰色の瞳は不安そうに揺れていた。
「……嫌じゃないわ。恥ずかしかっただけ」
そう答えてリアムの目を見つめ返せば、彼は安心したように小さく息をついた。
「本当に? 俺に触れられるのは、嫌じゃないか?」
「ええ。本当よ、リアム」
私が頷いてようやく、彼は納得したように柔らかく目を細めた。
私たちがそんなやり取りをしている間に、会場のざわめきと注目は、一斉に別の方へ移っていた。
皆が見ているのは、会場入り口の方だ。
「父上たちだな」
リアムは、そちらを一瞥もせずにそう呟くと、通りがかった給仕の男性から発泡酒のグラスをもらって、私に手渡した。
「ありがとう」
「どういたしまして」
会場の視線が、また私たちの方へちらつく。リアムはなんてことない様子でそれを流し、私とグラスを合わせた。
お酒で唇を湿らせると、私は入り口の方を見て、周りに聞こえるように、声のトーンをわずかに上げた。
「ねえ、リアム。見て、お義父様たちよ」
「ん? ああ、そうだな」
リアムは今気がついたかのように頷いて、会場入り口側に顔を向けた。
オケアーノ侯爵夫妻とノア様に続いて、シャーロット様とケヴィンさんが肩を寄せ合って歩いている。
「あ、シャーロット様もいらっしゃるわね。まあ、こちらに気がついたわ」
シャーロット様がこちらに小さく手を振ってきたので、私も淑やかに手を振りかえした。
隣を歩くケヴィンさんが会釈をして、リアムはそれに応えるように頷く。
シャーロット様は、ケヴィンさんのエスコートに幸せいっぱいという表情を浮かべている。
ここまで来ると、周囲もざわめきを隠そうともしない。
「シャーロット嬢は病弱で、七年間社交にも出てこなかったはずだが」
「隣にいる黒髪の美男子は誰? オケアーノ侯爵令息様は、義妹さんを愛していたのではなかったの?」
「リアム殿は王太子命令で婚約を結び、シャーロット嬢を泣く泣く諦めたと聞いていたが……本当にそうなのか?」
「さっき言ったでしょ? 僕が先日、王宮でオーロラ嬢をお姫様抱っこしたリアムさんを見たって」
「ええ、それ、見間違いじゃなかったの?」
「いや、それなら、俺も見たぞ。思わず二度見した。リアムが鬼気迫る顔をしていたから話しかけなかったが」
「ね? やっぱりリアムさんとオーロラ嬢は、実は仲良しで、双方納得の上の婚約なんだよ。今もオーロラ嬢はシャーロット嬢にちゃんと手を振り返してたし」
会場の噂話が、想定通り良い方向に広がりを見せてくれたことに、私はホッと胸を撫で下ろす。
……私の痴態を複数人に見られていたという、聞きたくなかった情報まで聞こえてきてしまったが。
リアムの方を仰ぎ見ると、彼も私を見ていたようで、目が合って嬉しそうに微笑んだのだった。
こうして、気がかりだったことの一つも、無事に解決。
ただ、問題はもう一つある——シャーロット様が、どうして今になって社交界に復帰できるほどに回復したのか、という件の説明だ。
シャーロット様を診たことのあるルミナス公爵家には、私が関与していることは伝えてある。
公爵家側も、自身の権威を貶めたくはないため、口外するつもりはないだろう。
だが、他の貴族にどう説明するべきか、皆、決めかねている。
理由は、私の力が広く知られてしまったら、私に複合魔法の使用を強いる者が現れると予想されるからだ。
シャーロット様も、まだ完治していない。
魔法を使うたびに毎回ひどいめまいに襲われ、食欲も落ちてやつれてしまい、家族やリアム、殿下にまで心配をかけてしまった。
これだけ苦しんでもまだ、たった一人の瘴気病をも癒しきれていないのだから、他の人からの依頼に手が回るはずがないのである。
結局は、ひとまず、症状が回復した理由は濁しておくということになるだろう。
というわけで、その二つ目の問題は置いておいて。
あとは陛下や王族の方々と挨拶をして、『病み上がりのシャーロット様に無理をさせられないから』という理由で早めに会場を辞するだけの予定だった。
——だが。
誰もまだ、気がついてはいなかったのだ。
大きな危機が、足音もなく王都へと忍び寄っていたことに——。




