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「……てことは、ママが心配して、親戚のいるこの学校へ進学を勧めたってこと?」
昼休み。
教室から中庭に場所を移して、宵と瑞葉は二人でお弁当を広げた。
お手伝いさんが作ってくれた小さなお弁当はほんの少し物足りない。
「……うん。わたし、知らなかったの。この学校が親戚の運営だって。入学パーティーのときにはじめて聞かされて」
「そっか……。ママのことで、それどころじゃなかったよね」
宵はこくりと頷いた。
冬に母が亡くなったばかりなこと、母が母自身のいなくなったあとの宵のことを考えて高校を変えようと提案したこと、それを知っている鷹宮暁が気にかけてくれていること――をかいつまんで、瑞葉に説明した。
瑞葉は神妙な面持ちで、宵のたどたどしい説明を黙って聞いてくれた。
「ごめんね、宵ちゃん。そんな事情も知らずに、最初の日、私勝手なこと言っちゃったよね。自分の学校なのに自分で決めてないの、なんて」
「いいの、そこは瑞葉ちゃんの言う通りだから。ママはいつも、わたしがママの言うことを聞くって思ってたんだと思う。実際に、いつもママに従ってたし」
中庭のベンチに二人で並んで座っている。
膝の上には、すでに空っぽの宵のランチボックスと、まだ色とりどりのおかずの残った瑞葉のお弁当。
春風は随分あたたかく、頭上の木が木陰を作ってくれなければ暑いくらいの陽気だった。
「……自分で作ったの? お弁当」
「ううん。これは住み込みのお手伝いさんが」
そう言って宵が指先で口を塞ぐ。
「えっと。うちは、ママがいるときからお手伝いさんがご飯とか作ってくれてて。その」
「大丈夫、わかってるから」
普通の家庭とは違うかな、という宵の心配を読んで瑞葉が苦笑する。
「本当のことを言うと。宵ちゃんがいいとこのお嬢さんだっていうのは、初日に見てわかってたよ。パーティーの入場順でも一番最後だったし。でも、まさかあの鷹宮先輩の親戚なんて夢にも思わなかったっていうか。思ってたより、雲の上の人で驚いたっていうか……」
「ごめん」
「ううん。私の方こそ、ごめんね」
真面目に謝り合うのが照れ臭く、二人は顔を見合わせて笑い合った。
「いいなぁ、お手伝いさん」
「瑞葉ちゃんのは、お母さんが?」
「うん。いいでしょ」
「うん。いいなぁ、ママの手作り。うらやましい」
うちのママは、お料理はからっきしだったから。
そう言って俯いた宵の頭を瑞葉がそっと撫でてくれた。宵の空っぽのお弁当箱に、ぱたりとひとつ、涙が落ちた。
宵の涙がおさまった頃、校舎と生徒会室がある棟を繋ぐ渡り廊下を複数人の女生徒が通りかかった。
その集団が通り過ぎたと思ったら、バタバタと足音をさせて引き返してきたため、二人は何だろうとそちらを向いた。
その集団がなぜか近付いてくる。
「やっと見つけました!」
その中の一人にそう叫ばれて、宵と瑞葉が顔を見合わせる。
「あなたが白鷺さんね? 1年B組の」
長い髪を緩くウェーブに巻き、カチューシャを付けた、いかにもお嬢さん風の女生徒が宵に向かってそう言った。
フランス人形のような可愛らしい相貌に制服がよく似合っている。
「はい……? そうですが……」
「白鷺さん、生徒会の役員になるんですって?」
カチューシャの女生徒の後ろに、ずらりと他の女子たちが並ぶ。
一人ひとり見ればなんてことはないが、囲まれると威圧感がある。
瑞葉が自然と宵の前に出た。
「急になんですか? 近衛先輩たち。そんなふうに囲まれると、怖いんですけど」
瑞葉がそう言って、宵は彼女たちが先輩だということを知る。
「質問に答えて。生徒会の役員になりたい人間はこの学園にたくさんいるのに、どうして急にあなたが役員に選ばれたの? ぜひ教えていただきたくて」
「そんなこと、先輩たちには関係ないでしょ? 気になるんだったら鷹宮副会長に直接聞きに行ったらいいじゃないですか。生徒会室はすぐそこですよ」
「き、聞けたら苦労しません!」
赤くなった麗香に、瑞葉が横を向いて悪態をつく。
「そんな先輩の事情は、宵ちゃんには関係ないってば」
「ま! なんて礼儀のなってない……あなた、どちらのクラス?」
「知りたいならまずは自分が名乗ってくださいよ、名乗りもしないで礼儀がないのはどちらですか?」
「み、瑞葉ちゃん……!」
なかなかに火力の強い応戦をする瑞葉に宵の方が怯んでしまう。
この状況は自分が原因のようだし、瑞葉の後ろに隠れているわけにはいかない。
とは言っても、彼女たちが納得するような切り返しは宵には思いつかない。
白鷺だからです、だなんて問題外だし、瑞葉にしたような個人的な話をこの人たちにしてやる義理もない。
したくない。
瑞葉と言い合っていても埒が明かないと思ったのか、カチューシャの、もとい近衛先輩の矛先が改めて宵に向いた。
「あなたに聞いてるんじゃないのよ。白鷺さんに聞いているの」
じり、と近衛先輩が一歩にじり寄ってくるにつれ、囲まれている円が小さくなっていく。
「別に、怖がらせようとしているんじゃないのよ。ただ私たちは、あなたがどういう手を使って生徒会の方たちに取り入……いえ、あなたに生徒会で役立つどんな力があるのか、が知りたいだけなの」
取り入ってなんかいないってば!
心の中で叫んだけれど、それを実際に口にすることはできず、小心者の自分を恨んだ。
凄んでくる近衛先輩と、その後ろの女生徒たち。
さすがに乱暴まではされなくても、大人数で迫られると、怖い。自然と背筋が冷える。
……どうしよう。
不意に、宵の頭に母の声がこだまする。
――いい、宵ちゃん。絶対にこの力は使ってはだめ――。
でも、ママ。ほんの一瞬。この人たちから逃げる間の時間くらいなら。
瑞葉をちらと見上げる。
小さい頃、ひとりでだったら使ったことのあった、宵の能力。
瑞葉と一緒でも、二人くらいなら大丈夫なはず。
……でも。
瑞葉に気味悪がられたら? せっかく仲良くなれたのに、怖がられてしまったら。
ただでさえ、ちょっと変な子、と思われている自覚はある。
今は瑞葉も笑ってくれているけれど、今度こそ、やっぱり仲良くなれないと思われてしまうかも。
でも、宵のせいで面倒に巻き込まれているのに。
ママと約束した、あの日の記憶が宵の脳裏によみがえる。
――使ってはだめ。あなたの力は――。
「なんとか言いなさいよ!」
後ろの一人がとうとう大きな声を出して、宵の方に手を伸ばした。
咄嗟に、瑞葉がそれを庇おうとする。宵は驚いて目を瞑った。
――ええい!
宵が瑞葉の手をぎゅっと掴んだ。
瑞葉が宵を振り返る。耳の奥で、騒がしい鳥の鳴き声がした。
宵が目を閉じると、体に触れている空気の圧力が軽くなる。
木々のざわめきが遠のいて。目を開けると、口々に宵を呼んでいた女子生徒たちの声が一瞬、紗のヴェールに遮られたように途切れた。
瑞葉の目がゆっくりと見開いて。
そのとき。
「あらぁ?皆さんおそろいで」
のんびりした声が頭上から降ってきた。




